大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 51

2014年05月17日 | 浜の七福神
 欄間などを彫る時は、絵師の下絵を元にするが、それをそのまま彫ったのでは、彫り物に動きが出ない。下絵の何処に厚みを持たせ、何処を薄く彫り上げるか、それを考えるのも大切な事だと説く。
 真剣に目を輝かせる円徹。
 「絵師ってえのは、どうにもよ、のっぺりとした物しか、描けなくていけねえ。てんから厚みや、手前にあるもんと奥を描き分けてくれりゃあ、こっちも手間が省けるってもんよ」。
 部屋の中で、優雅に筆を動かしているだけで、全く持って良い商売だと続く。今さっきまで身を乗り出して聞き入っていた事が、少しばかり馬鹿らしく思えた円徹だった。
 甚五郎の愚痴が、終わろうとした丁度その時、襖の向こうに人の気配が。
 すわ刺客かと、身構える甚五郎に文次郎。
 「甚五郎親方。お客はんどす」。
 「客、あっしにかい。いってえ何処のどいつでい。面倒な客なら、いねえと言ってくんな」。
 「それが、鴻池の旦那はんどして。大坂からお見えにならはりました」。
 鴻池と耳にし、甚五郎の眉が上がる。
 「鴻池の旦那なら、会わねえ訳にはいかねえな」。
 江戸から三河までは、初代鴻池善右衛門所有の菱垣廻船に乗っての旅。こちらから挨拶へと向かわねばならぬところであった。
 「こちらにお泊まりやないかと思いまして」。
 木彫りの鼠騒ぎを聞き付け、これは甚五郎絡みに違いないと、鴻池善右衛門は大松屋を訪ねたと言う。
 「良くお分かりで」。
 「へえ、水仙や」。
 以前から大松屋の大黒柱に生けられた、竹で造られた水仙の花と花立を見て、甚五郎の定宿に違いないと善右衛門。
 「この水仙を売って欲しいなあて、なんぼ頼みましても、女将が首を縦に振らしまへんのや」。
 「当たりめえさな。ただの水仙じゃねえ。あっしが造ったのは蕾だぜ。ぜってえに水を切らさなければ花が咲くと伝えたのさ」。
 「そやさけ、うっとこにも造って貰えまへんか」。
 腕を組み、うむと考え出した甚五郎ではあるが、やはり答えは決まっていた。




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