大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 39

2014年05月05日 | 浜の七福神
 「どうしたい、文次郎の弟子の円徹さんよ」。
 「文次郎兄さんの親方、さっきの風で龍が飛んだのではないかと、探しているところです」。
 「どうにも疑り深けえ男だね」。
 掌で己の額を、ぽんと叩いた甚五郎。
 「見付かったかい」。
 首を横に振る円徹。 
 「まあ良いだろうってんだ。そろそろ最期の水浴びも、済んだだろうさ」。
 畑が荒されぬ内に呼び戻すとするかと、甚五郎は空に向かい、大きな叫びを上げるのだった。
 「龍や。もう気が済んだだろう。百姓衆に迷惑を掛けねえうちに、戻って来てくんな。おめえが大人しくしてねえと、あっしが百姓衆に合わせる顔がありゃしねえ」。
 すると、月明かりの中、静かに一本の筋が空から地へと舞い降りた。今度は砂埃の風も暗雲の中の稲妻もなく、静かなにたなびく筋は、閼伽井屋の格子戸の上へすっと消えるとそのまま丸まり、ぴたりと収まるのであった。
 円徹の団栗のような眼を見て、にやりと片唇を上げた甚五郎。
 「さて、文次郎の弟子の円徹さんよ、初仕事だぜ。龍の目玉に釘を打ちな」。
 すっと円徹に、五寸釘と金槌を手渡す甚五郎。金槌のずしりとした重みは、そのまま心の重さとなった。
 「出来ません」。
 「どうして出来ねえんだい」。
 「幾ら彫り物でも、目のある物には魂が宿っています。その目を打ち据えるなんて出来ません」。
 「さすが、坊さんだっただけあらあな。その通りだぜ。目のある物には魂が宿る。だからよ目を封じて、動きを止めなくちゃならねえのさ」。
 甚五郎曰く、縛り付けたり繋いだりで留まるのは、体のみ。身動きが取れぬまま捨て置かれるのと、心も封じ込められ、何も考えずに静かに過ごすのと、どちらが苦じゃないのか。






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