「小野派一刀流の流れを汲む井崎館で、塾頭を倒した、未だ十になるかならないかの門弟の事で」。
気のせいか、円徹のうなじは、朱を帯びているかのように見えなくもないが、顔を伏せ、握った拳が小刻みに震えている。
「清兵衛、そりゃあ、あっしの彫り物と同じで、逸話ってもんだろう」。
小さな話が流れ流れて、大きくなるのは世情の常。増してや房州の話が近江の清兵衛へ届くまでには、尾ひれが付こうというものだと、甚五郎。
「如何してそれが円徹なんでい。そんなおかしな話に、あっしの弟子を巻き込まねえでくんな」。
「顔が…、生き写し…。いや、他人の空似か」。
これ以上は何も言うなと、甚五郎は釘を刺す。その鋭い瞳に事を察した清兵衛も、余りに面構えの良い子だったので、つい軽口が過ぎたと、円徹に詫びるのだった。
「それで、甚五郎兄さん。この円徹の腕はどうなんですか」。
「おう。そりゃあよ、おめえんとこの慎之介にゃ負けねえぜ」。
まあ、円徹の方が上だがなと付け加えたもので、清兵衛も負けじと、慎之介の素養を語り尽くす。双方酔いも手伝い引く気配はない。
「円徹、慎之介さん。もう朝まで終わらねえ。あっしらは、先に寝ようぜ」。
呆れて腰を上げたのは文次郎だった。
「円徹、気に病むんじゃねえぜ。大森の親方は、あっしの事も、上野の悪平太なんぞ言い放った事があるくれえだ」。
「悪平太ですか」。
「そうさ、入門した時分に、利かねえがきだったからよ」。
「それなら、私は山上の龍神と言われています」。
「山上だって」。
山上藩家臣だと告げる慎之介の言葉に、顔を曇らせる円徹。
「まあ、久し振りに清兵衛にも会えたし。良しとするか」。
何やら明け方まで、熱く語り合っていた、甚五郎と清兵衛。未だ未だ頭の中では、酒が渦巻いている。
「親方、おかしかねえですかい」。
「如何してだい、文次郎」。
浜の小天狗が逸話にしろ、実存するにしろ、房州だけで、それを円徹と決め付けた清兵衛に訝しさを抱いていた。
「しかもですぜ、江戸にいるあっしらも知らねえのに、如何して近江の山上城下の清兵衛親方が、房州の事なんぞを知ってなさるんですかい」。
その思いは甚五郎も同じだった。だが、その事に触れたら、円徹が消えていなくなるのではないかといった、一抹の不安も事実。
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「清兵衛、そりゃあ、あっしの彫り物と同じで、逸話ってもんだろう」。
小さな話が流れ流れて、大きくなるのは世情の常。増してや房州の話が近江の清兵衛へ届くまでには、尾ひれが付こうというものだと、甚五郎。
「如何してそれが円徹なんでい。そんなおかしな話に、あっしの弟子を巻き込まねえでくんな」。
「顔が…、生き写し…。いや、他人の空似か」。
これ以上は何も言うなと、甚五郎は釘を刺す。その鋭い瞳に事を察した清兵衛も、余りに面構えの良い子だったので、つい軽口が過ぎたと、円徹に詫びるのだった。
「それで、甚五郎兄さん。この円徹の腕はどうなんですか」。
「おう。そりゃあよ、おめえんとこの慎之介にゃ負けねえぜ」。
まあ、円徹の方が上だがなと付け加えたもので、清兵衛も負けじと、慎之介の素養を語り尽くす。双方酔いも手伝い引く気配はない。
「円徹、慎之介さん。もう朝まで終わらねえ。あっしらは、先に寝ようぜ」。
呆れて腰を上げたのは文次郎だった。
「円徹、気に病むんじゃねえぜ。大森の親方は、あっしの事も、上野の悪平太なんぞ言い放った事があるくれえだ」。
「悪平太ですか」。
「そうさ、入門した時分に、利かねえがきだったからよ」。
「それなら、私は山上の龍神と言われています」。
「山上だって」。
山上藩家臣だと告げる慎之介の言葉に、顔を曇らせる円徹。
「まあ、久し振りに清兵衛にも会えたし。良しとするか」。
何やら明け方まで、熱く語り合っていた、甚五郎と清兵衛。未だ未だ頭の中では、酒が渦巻いている。
「親方、おかしかねえですかい」。
「如何してだい、文次郎」。
浜の小天狗が逸話にしろ、実存するにしろ、房州だけで、それを円徹と決め付けた清兵衛に訝しさを抱いていた。
「しかもですぜ、江戸にいるあっしらも知らねえのに、如何して近江の山上城下の清兵衛親方が、房州の事なんぞを知ってなさるんですかい」。
その思いは甚五郎も同じだった。だが、その事に触れたら、円徹が消えていなくなるのではないかといった、一抹の不安も事実。
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