大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 56

2014年05月22日 | 浜の七福神
 「親方、未だ京に用がありなさるんですかい」。
 播磨、大坂への街道筋には向かわず、伏見へと向かった甚五郎だった。
 「ああ。通り道だ。手間は取らせねえよ」。
 「伏見と言やあ、酒ですかい」。
 甚五郎であれば、然もありなんと、文次郎。
 「馬鹿言ってるんじゃねえ。あっしだって、挨拶しとかなくちゃならねえ所くれえあるのさ」。
 それは、甚五郎が十三歳にして弟子入りした、伏見禁裏大工棟梁の遊左法橋与平次だった。
 「代替わりはしちゃいるが、親方は未だ未だ息災だ」。
 確かこの辺りだったと、五郎太町のお花畑山荘の脇を通り掛った折りだった。
 「こりゃまた、小気味の良い音がしてるじゃねえかい」。
 折しも、徳川家御殿のひとつである、山荘の普請の真っ最中。徳川家の御殿とあれば、遊左法橋も関わりありと、足を忍ばせる甚五郎であった。
 「親方。幾ら何でも、こちとら徳川様から逃げている身ですぜ」。
 「なあに、京の役人なんぞが、あっしの顔を知っちゃいねえさ」。
 見れば、谷空木、唐種招霊、黄素馨などの咲き乱れる中、紺の腰切半纏に股引姿の職人が山荘に手を加え、庵へと設えを変えている真っ最中。
 「あれま、随分と手際の良い、鉋の掛け方じゃねえか」。
 やはり、遊左法橋の身内の者かと、よくよく見れば、半纏の背には丸に大の字が白く染め抜かれている。思わず歓喜の声を上げる甚五郎だった。
 「おう、清兵衛。清兵衛じゃねえかい」。
 どうりで手慣れた筈だと、駆け寄るのだった。
 「甚五郎兄さん」。
 突然の来訪者に目を丸くする清兵衛。こちらは、甚五郎のひとつ下の弟弟子の大森清兵衛であった。
 「久し振りじゃねえかい。それにしても、如何しておめえが京の普請なんかしているんだい」。
 「久し振りじゃないですよ、兄さん。兄さんこそ、御手配中じゃないんですか」。
 どうやら、甚五郎が幕府に狙われ、亡命している事は、先刻承知の様子。へへへと、照れ笑いをした甚五郎を、親方の家で待っていて欲しいと、山荘の門から押し出した清兵衛であった。





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