SHOじいの独り言

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今年・来年

2011-12-28 09:32:50 | インポート

 このところ、文章講座では酷評されるし、新聞に投稿するもすべてボツで投降(?)だめで状態。それに、英語紙への英作文投稿もだめで、スランプ状態だった。

 だから、このところは自分では書かずに、エッセイストクラブ発行のエッセイ集をひたすら読んでいる。

 来年になれば、状況も変わることを願って・・・。

 来年と言えば、じいじは 「アラ高」(アラウンド高齢者)で年金がフル支給になり、ばあばも還暦で年金の一部支給が受けられる。年金環境はあまり芳しくないけれど。

 体の動くうちに小旅行に行って、趣味や勉強、それにチョボラ(ちょっとボランティア)をやって、「2病息災」をキープできたらいいかなと思っている。 <3(横向きのハートにみえるかな?)

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終い、仕舞い

2011-12-24 11:39:06 | 日記・エッセイ・コラム

 今年最後の映画を観てきた、33本目である。それも、黒沢明映画の3本立てである。

 「どの映画が一番良かったですか?」とよく聞かれるが、それぞれ良い所があるので「生身の人間が演じて、心にしみ込んで、後に感動が残るものです」と答えている。

 これまで日本映画はあまり観なかったが、最近よく観るようになった。ハリウッド映画に良いものが少なくなったからだ。アメリカ映画はヒーローがいて、シンプルな感動ものが多い。一方良い邦画は心に沁みて、深く感動できる。やはり日本人には邦画が最適だと、この年になって思うようになった。

 これまでは英語の勉強にと洋画を観ていたが、良いものは ”日本語吹き替え版” で、じっくり楽しみたいと思う。

 

 

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じじばばのちょっと話

2011-12-22 16:25:06 | 日記・エッセイ・コラム

 先日あった、じじばばのエピソード(?)を二つ。

1.珍しくばあばが外出、じいじが留守番をすることに。ばあばが出かける寸前、「お世話に  なりました」と言ったように、じいじには聞こえたので、一瞬絶句した。あとでばあばに聞くと、ただ「行ってきます」と言っただけとのことだった。

 なぜそう聞こえたのかは定かではないが、心の片隅に何がしかの不安要素があったのかもしれない。

2.京都東寺の「終い弘法」(毎月開催される市で、今年最後のもの)に行った帰り、加古川で  時間があったので、ばあばは駅外に買い物に行くことになった。

 駅のアナウンスで、電車大幅遅延の放送があったので、それを伝えるために改札口まで追いかけて行った。後ろ姿が見えたので、「ひろこ」と呼ぼうとして思いとどまり、次に「おい!」と言おうとしてもう呼ぶのを止めた。(普段は、”ひろばあば”とか”おかあさん” としか呼んでいないので公衆の面前では、恥ずかしさもあった)

 その時、ばあばが突然振り返り戻ってきた。「あっ!」とか「うっ!」とか言う、じいじの声が聞こえたのだというではないか。 「すごい、37年間連れ添うと ”あうん”の呼吸みたいやな」と思った。

 で、あとで思ったのだが、これが逆の立場だったら、ばあばの声が認識できるだろうか、と。多分、いや絶対無理、これだけは自信を持って(???)言える。

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WTC

2011-12-15 09:54:22 | 日記・エッセイ・コラム

 大阪府庁候補のそれではなく、本家本元ニューヨークのワールド・トレード・センターである。

2001年9月11日のテロから今年で10年になった。

 その前年2000年には、出張でニューヨークのグランドセントラル駅近くのアパートに滞在しており、その時はまだWTCのツインビルはさっそうとマンハッタンにそびえ立っていた。 

 跡地は、グラウンド・ゼロと呼ばれてモニュメントや新しいビルが建つらしい。ただし、WTCビルの跡地には何も建てないとのこと。

 ビル群のうち、No.1ビルの高さは104階建て1776フィート(541m)とのことだ。1776?そう、これはアメリカが独立した年である。いかにもアメリカらしい決め方だと思う。

 一方日本では、東京スカイツリーの高さは634mで昔の地名への語呂合わせである。こちらも日本らしいと言えば、日本らしい。

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突然の帰国

2011-12-14 13:51:13 | 日記・エッセイ・コラム

 お母さんの容態急変で、浅田真央ちゃんがカナダから急きょ帰国のニュースを見て、思い出した。

 平成8年11月7日(日本時間)、私自身が父親の死によって、急きょ出張先のニューヨークから急きょ帰国したのだ。

 当時、ニューヨークに長期滞在しており、マンハッタンのアパート(厨房付きホテル)に住んでいた。11月6日の深夜(日本は7日の昼間)、突然家内から電話がかかり「おじいちゃんの人工呼吸器、もう外してもいい?」との問い合わせだった。OKの返事をして、次の朝一番機で帰国することに決めた。

 翌早朝、会社の事務所に立ち寄り上司に書き置きをしてから、タクシーを呼んだが早朝のことでもありつかまらない。たまたま、事務所に日本人女性社員が出勤しており、車で飛行場まで送ってくれて何とかJALの便に飛び乗ることができた。その女性のおかげで、ぎりぎり通夜に間に合った。

 翌日の葬儀には、その当時の上司(部長)が参列してくれていた。

 その上司は、その後とんとん拍子に出世して社長・会長を歴任し、現在はK市の商工会議所会頭の地位にある。

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