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SHOじいの独り言

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犬派? 猫派?

2010-06-30 10:57:43 | 日記・エッセイ・コラム

世の中ペットブームである。初対面の人からもあいさつ代わりに「犬派ですか?猫派ですか?」と聞かれることがある。基本的にペットは飼わないが答えは”猫派”である。理由は簡単、犬が大嫌いだから・・・。

保育園から小学校5年生まで京都で育った。鴨川にかかる三条大橋、京阪三条駅の近くだった。京都特有の通りに面した両側に大きな住居や店が並び、それらの間に細い路地があってその奥に小さな住居が長屋状にひしめいていた。わが家はその奥の”どん詰まり“に位置していた。

小学校低学年の頃、路地の中間あたりの家が犬を飼い始め、よく吠える犬で怖かった。犬は繋がれてはいたが、ある日下校時にあろうことか紐が解けていてとっさに逃げたが尻をガブリ。この事件がトラウマとなり犬は天敵になった。つい最近家内と散歩中、チワワ風の犬と出合い頭に飛び退いてしまい、人生最大の弱み?を握られてしまった。

姫路文学館 文章講座課題3:嫌いなもの


甘酒の味はおふくろの味

2010-06-28 11:31:30 | 日記・エッセイ・コラム

本誌夕刊に猪名川の酒蔵で、昔ながらの手法を生かした地酒の初絞り作業が始まった、との記事がありました。読んでいて、15年前に他界したおふくろの甘酒作りを思い出しました。

今頃かもう少しあとの、いずれにしても寒い季節でした。麹を買ってきて、もち米を炊いて麹と混ぜ、水かお湯を瓶(かめ)に入れて、上からこたつ布団で覆っていました。

温度計などもちろん無く、温度コントロールはおふくろの経験と勘だけ、布団をはだけて風を通したり、時にはうちわで扇いだりしていました。また、寒い日には今は懐かしい豆炭行火(あんか)を入れて、温度調節をしていたように記憶しています。

おやつなどあまりなかった時代なので、子供にとっては欠かせないおやつでした。自家製のため一般の甘酒とは違い、度数は不明でしたが少し酔っぱらったように思います。私の耐アルコール性はこの時に培われたのかも・・・。

毎年味が異なっており、たまに文句を言ったりしましたが今思えばそれがおふくろの味だったのです。でも、あの頃の味は残念ながら思い出せません。

2001年 神戸新聞に掲載


思い込み

2010-06-25 14:10:44 | 日記・エッセイ・コラム

東大卒で日本人歌手として数少ないニューヨークのブルーノートに出演経験のあるジャズ歌手の鈴木重子さん。今(2001年当時)、ブレイクしていますよね!

 先日、CDショップで「鈴木重子さんのアルバムお願いします」と若い店員に言ったら「はい」と言って奥に引っ込み、しばらくたってから「えーっと、演歌ですよね」とのたまった。     おいおい、五十路のおじさんイコール演歌と連想したのかな?

私にジャズは似合わない? 複雑な気分の一日でした。

2001年 コープの新聞(?)に投稿


日本の映画料金について

2010-06-24 16:35:27 | 日記・エッセイ・コラム

なぜ映画館の料金が洋画・邦画とも出来・不出来(善し悪し?)を問わず全国均一料金なのか疑問です。

アメリカではもっと安く、かつ土地または映画館によって違うので料金による選択も可能です。最近は少し古い映画ならビデオで手軽にみることができます。しかし映画はやはり劇場で大画面・大音響でないと臨場感は得られません。だから私は月に1回は劇場に足を運びます。というか、経済上の理由により1800円では月1回が限度です。

各業界で価格破壊が進む中、映画業界も何とかしないと客足は遠のきます。月1回程度の 1000円の日には観客数が格段に多くなる一方、平日はガラガラですがたとえ観客は一人でも上映されますので料金を安くして一人でも多く入れることが得策ではないでしょうか?

また安いとリピーターも増えますし私など料金が仮に1000円なら月に2回劇場に行けます。あの淀長(淀川長治)さんも著書「生死半々」の中で、映画活性化のためには絶対に料金を安くすべきだと述べられています。

**2010年6月24日追記                                       今日も姫路に映画を観に行かせてもらいました。今は毎回シニア料金1000円で見るこ       とができるので、個人的には文句はありません。ちなみに、台湾でも土地や映画館によって料金はまちまちでした。

1999年 神戸新聞に掲載


英語教育について

2010-06-22 09:37:08 | 日記・エッセイ・コラム

幼児期からの英語教育が試行されている。早くから英語に慣れさせて、受験英語ではないオーラルイングリッシュつまり「話せる英語」を身につけさせる目的らしい。

しかし、私は英語教育は現状どおり中学から始めることで良いと思う。日本語をマスターしてから英語を学ぶようにしないと表現方法などがあいまいになってしまうのでは・・・。それでなくても日本語の乱れがよく指摘されるこの頃である。語学習得ではなく早くから異文化を体験、理解させるということならもろ手を上げて賛成したい。

話は変わるが先日、映画字幕翻訳者の戸田奈津子さんが講演会で「良き翻訳者はネイティブでかつボキャブラリーの豊富な人でないとだめ」と話していたし、あるテレビのCNNの同時通訳者も「通訳者を目指す若者は多いが、日本語がまずできていない」と嘆いていた。

まず、日本語ありきではないだろうか?日本語でのボキャ貧は、英語においてもボキャ貧である。

1999年 神戸新聞に掲載