限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第52回目)『中国四千年の策略大全(その52 )』

2024-03-24 13:58:05 | 日記
前回

春夏の甲子園では、高校球児たちの熱い戦いが繰り広げられるが、しばしば優勝の筆頭チームが名もない学校に敗れるときがある。実力では、勝っているにしても、気分の上で相手を見くびっていると思わぬ敗北を喫すことがある。野球だとまだ命がとられることはないが、戦争ともなると大勢の命が懸かってくる。こういった心理を適用して大勝利を収めた将軍がいた。

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 馮夢龍『智嚢』【巻23 / 850 / 狄青】(私訳・原文)

北宋の武将、狄青が延州の指揮使となった。当時、タングート族(党項)がしばしば国境を荒らした。それで、新たに兵を募集し「万勝軍」と名付けたが、訓練不足で、敵と遭遇するたびに敗れていた。狄青の配下には訓練の行き届いた「虎翼軍」と呼ばれる精鋭の軍隊がいた。ある時、狄青は「虎翼軍」に「万勝旗」の旗を持たせて出陣させた。タングート族は「万勝旗」をみて、「こいつは頂き!」と侮って打ちかかってきたが、逆に大敗してしまった。

狄青為延州指揮使、党項犯塞。時新募万勝軍未習戦陣、遇寇多北。青一日尽将万勝旗号付虎翼軍、使之出戦。〔辺批:陸抗破楊肇之計類此。〕虎望其旗、易之。全軍径趨、為虎翼所破。
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「万勝軍」は名前こそ勇ましいものの、きわめて脆弱な中国の宋の軍隊であった。党項の軍は、何度も「万勝軍」に出会い、その弱さを熟知して、侮りの気分に満ちていたのであろう、旗だけは「万勝軍」であるものの、実態は、宋では最強軍である「虎翼軍」に出会い、たちまちのうちに敗れ去ってしまった。中国の歴史を読んでいると、よく出会うのが、ちょっかいをしかけてわざと負けたふりをして、敗走して、敵の軍隊がばらばらで追いかけてくるのを、待ち構えたいた兵士で取り囲んで、個別に殲滅する方法である。狄青の場合も、このような方法でやっつけたのではないかと私は想像する。



現在の戦争では、赤外線やレーダーを使うため、夜昼関係なく視界は極めて良好だが、かつては夜ともなると、月明りか、たいまつしか光がなかった。それで、戦力をカモフラージュしたり、孫臏が龐涓を大弩で射貫いたような策略もあった。(参照:『史記』巻65《孫子・呉子列伝》)次の話は、張斉賢が夜にたいまつを使って敵を陥れた策略だ。

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 馮夢龍『智嚢』【巻23 / 852 / 張斉賢】(私訳・原文)

北宋の張斉賢が代州の知事となった時に契丹が侵攻してきた。張斉賢は味方の潘美に使者を送って、協同で契丹軍に当たろうとした。ところが、使者が契丹に捕まってしまった。しかし、この時、潘美から使者がやってきていうには「潘美公は軍を率いて柏井まで来たのですが、そこで皇帝からの密書を受け取り、契丹との戦争はするなとの命令を受け取りました。それで、やむなく引き返しました。」普通の人ならしょげ返るところだが、張斉賢は張り切って「敵は潘美が出陣したのは知っているが、引き返さないといけなくなったという事情は知らないはずだ。」といって、次のような策略を実行した。夜に兵士200人にそれぞれ、一本の旗を背負わせ、手には一束の松明を持たせて州の西南地方に延々20キロメートルにも及ぶ長い松明の列を作らせた。契丹兵たちは遠くからこの火の列と旗を見て、てっきり潘美の軍が到着して合同で進軍してくるものだと思い、先を争って逃げた。張斉賢はあらかじめ敵の逃げ道に2000人もの兵士を道路の両側に忍ばせておいて、挟撃し、大いに討ち破った。

斉賢知代州、契丹入寇。斉賢遣使期潘美以並師来会戦。使為契丹所執、俄而美使至云:「師出至柏井、得密詔、不許出戦、已還州矣。」斉賢曰:「敵知美之来、而不知美之退。」乃夜発兵二百人、人持一幟、負一束芻、距州西南三十里、列熾燃芻、契丹兵遙見火光中有旗幟、意謂並師至、駭而北走。斉賢先伏卒二千於土鐙砦、掩撃、大破之。
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「一犬虚吠ゆれば万犬実を伝う」という言葉がある。出典は後漢の王符の《潜夫論》で、本来は「一犬吠形、百犬吠声」と表現されている。情景としては、寝静まった夜中に、物陰が動いているのをみて一匹のイヌが吠えると、その声を聴いたイヌたちは、物を見てはいないが、吠えたてるという。

張斉賢が敵を破ったのも将にそれと同じ要領で、多数のたいまつを見て敵の兵士の数人が動揺すると、その動揺が軍全体に波及して、全軍が浮足たってしまって、収集がつかなくなったということだ。

続く。。。
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