限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【座右之銘・116】『ギリシャの六然訓』

2018-07-22 21:22:45 | 日記
世の中のビジネスパーソンの間では「六然訓」(りくぜんくん)というのがよく知られている(らしい)。明の崔後渠(本名:崔銑)という人が世の中での身の処し方を述べたものだが、儒者の割には、荘子の雰囲気が濃厚に感じられる句である。
自処超然 (自らに関することは、平然と見る)
処人藹然 (人に関することは、大目に見る)
有事斬然 (事がおこれば、断固処置する)
無事澄然 (用事がないなら、何もせず)
得意澹然 (良い時にも、のぼせず)
失意泰然 (悪い時にも、くさらず)


私が、この句を知ったのは、40年ほど前に社会人となってからだ。当時、会社員・社会人として、どのように生きるべきかを模索していたが、たまたま本屋で、安岡正篤氏の本を手にした時に、この句が目に留まったのである。安岡氏は古典の造詣が深く、この句以外にも、佐藤一斉の『言志四録』の有名な句
少而学、則壮而有為。
壮而学、則老而不衰。
老而学、則死而不朽

など、簡にして的確、かつ記憶に残りやすい銘句を教えられた。

私は、当時、史記や資治通鑑を原文で読み始めていたころなので、リズム感ある漢文の句には惹かれるところがあった。(補足すると、学生時代には、中国のものは大抵現代日本語訳で読んでいたが、会社員になる直前に大著・資治通鑑を入手したことがきっかけで、句点付きの漢文に熱中したことは『本当に残酷な中国史』にも書いた。)

さて、その後、安岡氏の本は、相当数多く読んだ。当時はその学識の広さに感心するところが多く、非常に刺激を受けたが、最近それらの本のいくつかを再読すると、物足りなさを感じるようになった。詳細は端折って、結論だけ言えば、安岡氏の知識や思想、とりわけ陽明学では、現在のグローバル社会には対応できないということが分かったということだ。(これに関連しては本稿末のブログリストを参照のこと)



安岡氏への批判はさておき、この「六然訓」の最後の2句「得意憺然(とくい たんぜん)、失意泰然(しつい たいぜん) 」は何も中国の専売特許ではない。紀元前のギリシャの哲人・クレオブゥロス(Cleobulus)もほとんど同じ内容のことを述べているので紹介しよう。(『デイオゲネス・ラエルティオス』 巻1-6, 93)。

【原文】(『デイオゲネス・ラエルティオス』 巻1-6, 93)

【試訳】幸運な時も傲慢にならず、困窮に陥っても卑屈にならず。
【英訳】Do not be arrogant in prosperity; if you fall into poverty,do not humble yourself.
【独訳】Im Glück nicht stolz, im Unglück nicht niedrig sein.
【仏訳】Ne vous laissez ni enorgueillir par le succès ni abattre par l'adversité.

先に、安岡氏の知識そのままでは現在のグローバル社会に対応できないと述べた。その理由は、現在と過去とは、日本の置かれている立ち位置が異なるからだ。陽明学や安岡氏の考えを再度、現代のグローバル視点で見直す必要があるということだ。この点について、以前のブログでは次のように述べた。
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否が応でもグローバル社会に暮らす現代の我々にとっては、中国や日本だけで通用する価値観だけで言動の良し悪し(善悪)を決めるのは、あたかもイスラム国の指導者たちが、彼らのコーラン解釈を青年たちに強要している姿にも等しい。我々の伝統的な叡智は、一度、現代風にアレンジしてグローバル社会に相応しい価値観に作り直す必要があると私は考える。
 +++++++++++++++++++++++++++

さて、崔後渠は「六然訓」を挙げたが、クレオブゥロスはこの2句を含み、合計で「四然訓」を挙げているに過ぎないので、本当はこのブログのタイトルは『ギリシャの四然訓』なのである。

【参照ブログ】
百論簇出:(第43回目)『陽明学を実践する前にすべきこと』
百論簇出:(第120回目)『陽明学を実践する前にすべきこと(続編)』
百論簇出:(第165回目)『陽明学と朱子学の差を料理で喩えると』
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