テレビ、本、講演と忙しい「早坂雅晶」さま、千山閣に来ていただいて光栄でございます。
仙台泉区でラーメン「五福星」(うーふーしん)を経営している「早坂雅晶」さま、
ラーメン協会の理事もしてらっしゃる偉い方です。
製麺の機械に右腕を巻き込まれて、右腕をなくされた「早坂」さまは、
「正常な時よりも、今の方がいい!障害があるから、痛みがわかったし、
私でなければ出来ないこともあるよ!マイナスだけじゃない!障害はプラスだった!」
と、話してくれた「早坂」さま。
多くの方に「早坂雅晶」を知っていただきたくて、「致知」の本に載ったのを、書かせていただきました。
かけたほうにも魔法がかかる「義」のラーメン。早坂雅晶
「ぼくは常々、ラーメンは『魔法の食べ物』だと思っているんです」
そう話すのは、ラーメン屋のオヤジ「早坂雅晶(はやさか・まさあき)」さん。
もともとは、ペンションか喫茶店を経営したいと思って洋食屋で修行をしていたという早坂さん。ところが、親戚のやっているラーメン屋に遊びに行った時、ラーメンの魔法をかけられてしまう。
そのオヤジは、「ラーメンは鍋、釜、ドンブリの3つさえあれば、どこでもできる」と言った。「洗い物なんてドンブリだけだぜ」。
その言葉に「心がグラっと揺れた」という早坂さん、グラっときたまま、ラーメンの道にドンドンはまり込んでいくことになる。
◎一流
ラーメンのどこに惹かれたのか、と問えば、「答えが全然見えないところ」と早坂さんは答える。
「たとえば、パスタなら、ここは一流だという店にいけば『答え』はあるんですが、ラーメンには『答えがない』。進化し続けるラーメンもあれば、ノスタルジックに戻っていくラーメンもあって、どっちも繁盛する」
それでも、「答え」を模索し続けたという早坂さん。
ある時ふと、「答え」はラーメンの中にではなく、「人」にあるのではないかと気づいた。
それは、ラーメン屋を始めてから20年も経った時のことだった。
もともと、彼は「一流」を目指していた。
彼の言う「一流」とは、「一番」とは違う。「一番は都会に出て目立てばなれるけど、必ず落ちていく。でも一流は別です」。
一流の人間は「時流や場所」に左右されることはない。なにせ、彼らは自らが「流れ」であり、自らが「場所」である。だから、どんな田舎にいても繁盛店になる。そして、もし請われれば、帝国ホテルでもビビらずに堂々とラーメンをつくることもできるのだ。
「一番なんて、つまらないぞ。一流になれ」
この言葉は、早坂さんがある超一流経営者に言われた言葉であり、その話を聞いて以来、早坂さんは仙台という都会に出るのをやめて、自分の店を繁華街から郊外に移してしまった。
「一流なら、ここに人を呼べなきゃ意味がないだろう」

◎魔
一流のラーメン屋のオヤジとして、みるみる頭角を現した早坂さん。
その大繁盛ぶりを見たある地主が、「一緒に商売をやろう」と声をかけてきた。それまでも、東京進出やフランチャイズの話はずいぶんとあったが、一流を目指していた早坂さんは、そのすべてを断っていた。
しかし、この時ばかりは「魔が差した」。のちの早坂さんが「有頂天になっていた自分のアホらしさ」を思い知らされたという大転落は、ここから始まることとなる。
場所は東北随一の歓楽街「仙台・国分町」。香港の財界人も巻き込んだ大プロジェクトとなり、オープンの時にはテレビ局もやって来た。
「これは絶対、成功間違いなしだ」と早坂さんは目論んでいた…。
ところが、商売に「絶対」はなかった。
3ヶ月を待たずして、借金が5,000万円まで膨れ上がり、それが全て早坂さんに押し付けられた。店を出すために借りていた別の費用5,000万円も合わせると、合計一億円の大借金。
「人生終わったな…」
◎隻腕
それでも、「死ぬ気でもう一度やってみよう」と早坂さんは、ふたたびラーメンで立ち上がろうとしていた。
そして、なんとか先が見えてきたその時、とんでもない事故が起きてしまう。
その朝、いつものように製麺機を動かしていた早坂さんの右腕が、機械に挟まれてしまったのだ。
そのままジリジリと機械に持っていかれる右腕。そして、上腕二頭筋のあたりから腕が千切れてしまった。
「死にかけました(笑)」
腕をもがれても、意識はしっかりしていた早坂さん。
テキパキと店のスタッフに指示して、もげた腕をクーラーボックスに詰めさせ、呼び寄せた救急車には自分で乗り込んだ。
「救急隊員の人がビックリしていました(笑)」
◎オヤジを助けろ!
「オヤジ、どうした?」
救急車で運ばれた先の病院では、昔よく店に来ていた東北大学の学生たちが、立派な医者になってズラっと並んでいた。
「なんとか、オヤジの腕を繋がなければ…!」
かつてのラーメンの恩になんとか報いんとばかりに、かつての学生たちは必死にもげた腕を縫い合わせようとしてくれた。16時間を超える格闘…、しかし結局ダメだった。
一流の右腕は失われてしまった…。
早坂さんのほかに、麺をつくれる奴も、餃子をつくれる奴も店にはいない。ただただ莫大な借金ばかりが残されている。
「オヤジが帰ってくるまで、ここ(店)は僕らが守ります!」
心あるスタッフたちは、そう言ってくれた。しかし正直、早坂さんは「たぶん持たないだろうな…」と思っていた。
◎義
ところがなんと、店はもった。
スタッフたちの心意気に打ち震えた早坂さん、「これはまだリタイヤできねぇな…」と腹を括り直す。
隻腕となった早坂さんは重度障碍者。
「自分たちのことだけを考えていたら、やめてまた別の商売でも始めたほうが合理的です。損得で考えたらそうなるんです」
しかし、ラーメンというのは「魔法の食べ物」。ラーメンは、人の人生に勝手に入り込んでくる。オヤジのラーメンは、医者になった学生、そして店のスタッフたちの人生にすっかり入り込んでいた。
「ずっと食いに行ってました」「高校の時、オヤジさんに説教されたんですよ」
そんな昔のことを言われても、早坂さんは全然覚えていない。それでも、オヤジのラーメンは彼らの心の中の一角を占め続けていたのである。
そんなラーメンを、早坂さんは「義」という言葉で表現する。
「義」は損得で考えることも、合理的に考えることも許さない。
その対極に位置するのが「欲」であり、これは合理的に損か得かを追い求める「利」が元になっている。その利がもたらすものは、「一過性の幸せでしかなく、手に入れた瞬間から、また別の新しいものを手に入れたくなる」。つまり、利を求める限り、それは無限に欲を増幅させ、結局は自らのクビを締めていくのである。
◎不思議
「売れるものをつくりたいのか? それとも、自分の生き様を表していきたいのか?」
もはや、早坂さんが損得を押し潰してでも、ラーメン屋を再開する理由は明白であった。
「義」に生きることを心に定めた早坂さん。
すると、不思議なことが起こった。仙台のテレビ局が企画した「東北らーめんランキング」で、突然「ナンバーワン」に選ばれたのである。
その朗報を、早坂さんが真っ先に知らせたいと思ったのが、腕を必死に繋いでくれようとした医者たちのいる病院。
「障碍を負ったり、腕を失ったりしても、人間はここまでしぶとく生きられるんだ、というのを見せたかったんです」と早坂さん。当然、病院では大歓迎。
「片腕がなくなっても、それで人間の営みが半分になるわけじゃない。できなくなったのは、拍手と…、あとは神社に行ってもお願いができなくなったことくらいですかね。それは神仏に頼らず、自分で何とかしろってことじゃないですか(笑)」

◎憤
2011年3月11日、東北地方は未曾有の災害に襲われた。
幸いにも、直接の被害は避けられた早坂さん。しかし、安穏と座しているわけにはいかなかった。
安否が気になっていた気仙沼のお客さんと電話で話をすると、その惨状に愕然とするしかない。避難所で水を分けてもらえず追い返されたと、その人は電話口で泣き始めた。泣く泣く、藻で緑色になったプールの水を沸かして家族と飲んでいるというのである。
「いい加減にしろよ!」と憤りを感じ、即座に大量のおにぎりと唐揚げをしょって気仙沼に駆けつける早坂さん。
「想像を絶する世界でした…。これはヤバイなと…。自分の無力さ、微力さ、一人で何をやったところで、焼け石に水を一滴垂らすにも及ばないような…、そんな悲惨な状況でした…」
それでも、何かやらなきゃしょうがない。500食分くらいの豚汁を用意して避難所に振舞った。しかし、やはり焼け石に水。個人の力には限界がある。
そこで県の防災課に走った早坂さん。支援のための便宜を要請した。
しかし悲しいかな、「一個人のラーメン屋に何ができる」と門前払い。
カッと火のついたラーメン屋のオヤジ・早坂さん。「ラーメン屋をナメんなよ!」と必死で考えた末、今度は日本ラーメン協会を頼って、全国のラーメン屋に援助を要請するFAXを流してもらった。
すると嬉しいかな、わずか一週間後には、日本中のラーメン屋が雪崩を打って被災地に集結してきた。現場まで来れないラーメン屋も、ドカドカとラーメンを送ってよこす。現金までも送ってよこす。
その流れは地元の商店街をも巻き込み、饅頭屋さんも、お味噌屋さんも、お米屋さんも「ぜひ、あんたに使って欲しい」と続々名乗りを上げてきた。

◎魔法
「義」の心を持つ、心優しき全国のラーメン屋のオヤジたち。
「ラーメンは魔法の食べ物だと思っていましたが、被災地で改めてそれを確信しました。食べると笑顔になるし、幸せな気分になる」
絶望していた被災者たちに魔法をかけたラーメン。その魔法は必死でラーメンをつくっていたオヤジたちにもかけられた。
「皆さん食べ終わると、使い終わった割り箸なんかをゴミ入れにキチンと綺麗に重ねて、お地蔵さんを拝むように手を合わせて帰って行かれるんです。その様子を見て、背筋がシャンとしましたね」
「おいしい」って喜んでもらった上に、「ありがとう」と言われる商売。
それがラーメン屋。彼らオヤジたちは損得に生きているわけではない。
損得は世界を小さくしてしまうが、ラーメンの世界はどこまでも広がり続けている。
そんな「魔法の力」を持つラーメン。
隻腕のオヤジのラーメンは、今も人の心を満たしながら、勝手にその心に居座っていることだろう…。

出典・参考:致知2012年12月号
「生きている間がチャンスゾーン 早坂雅晶(五福星代表)」
私はこの記事を読んで、涙が出ました。
・・・人生には一生の間に出会わなければならない人には、必ず出会うことができる。
しかも一瞬とも早すぎもせず、遅すぎもせず・・・
「鷹之巣」の松浦さんが引き合わせてくれて、感謝しております。
「出会いが人生をつくる」この出会いを大切にしていきたいと思います。
「早坂雅晶」さま、ありがとうございます。