労働者のこだま(国内政治)

政治・経済問題を扱っています。筆者は主に横井邦彦です。

ロシア・マフィアとプーチン政権

2006-12-08 01:33:53 | 政治
 世にも不思議な事件か事故か自殺である。
 
 最初、死亡したリトビネンコ氏はタリウムによる毒殺とされたが、その後、毒物はポロニウムに変更された。
 
 ポロニウムの半減期は135日と短いし、その微細な成分を調べればどこの原子炉で生成したものであるのかということはほぼ特定できる。だからロシアの原子力庁はこのポロニウムが最近ロシアのある原子炉で作られたものであることをしぶしぶ認めている。
 
 そこで問題が起こる。誰が何のためにやったのかと。
 
 しかしこういう問題に答えることは今の段階では非常に難しいが、凶器が放射性物質であることからあちこちでポロニウムの痕跡が動かぬ証拠として点々と残っている。(これはこの事件の不思議な点であるが、あちこちで、たとえば飛行機のなかとか、サッカー場とかでポロニウムが検出されるということは、そこにたとえ微量であろうともポロニウムという物質が存在しているということであり、こうした事実は「服毒」ということを否定しているように思われる。たとえばリトビネンコ氏がポロニウムを含んだ寿司を食べてしまった場合、ポロニウムは彼の体内にとどまるのであり、彼が何かに接触したからといってその接触したものにポロニウムが付着することはない。尿から出るぐらいだから汗や唾液の飛沫としても体内のポロニウムは出るのではないかという見解もあるが専門家はそれを明確に否定している。したがってリトビネンコ氏と接触した人物にポロニウムが付着したということは、ポロニウムがリトビネンコ氏の体内ではなく体外にあったという単純な事実を示しているが、どういうわけかイギリスの警察はこのような単純な事実を否定している。)
 
 また点と点を結べば「点と線」になるのではないかというが、点(ポロニウムの検出された場所)のいくつかはイギリスの捜査当局によって隠されている。そこで事件はますます迷宮と推理小説の世界に入っていこうとしているかのようである。
 
 ところがどこへいっても顔を出しているのが、シロビキ(KGB人脈)とオルガリヒ(新興財閥)という新しいロシア支配者の顔である。
 
 この辺のところがいろいろ混乱のもとになっているようなのでロシアの歴史を少しふり返ってみると、両者はともにソ連邦崩壊の結果として生まれたものである。
 
 ソ連邦の崩壊とともにKGBはロシア連邦保安局(FSB)と名前を変えたがその勢力は大きく縮小され、KGBをリストラされたメンバーたちは、有力な政治家に囲われる“私兵”となっていったり、純然たる犯罪者集団となって雇われ殺し屋となったりしている。
 
 この有力な政治家は“政商”とも呼ばれるが、日本で言う政商とは、日本資本主義の勃興期にあらわれた、三菱財閥とか住友財閥のような時の権力にすり寄って暴利をむさぼっていた大ブルジョアのことであるが、ロシアの場合には、政治家であるとともにブルジョアであるような勢力のことである。
 
 これはロシアにおける特殊性にもとづくもので、ソ連邦の崩壊は多くの人が考えるようにフランス革命のような民主主義革命としてではなく、国家資本主義官僚(スターリン主義官僚)がブルジョア化するという道、すなわち、経済的混乱のなかで政治力のあるものが国営企業を私物化して財閥に成り上がる、または経済力のあるものが政治を私物化して政府の要職につくという道をたどったからであり、もともと政治力=資本力という傾向が強かった。
 
 だからオルガリヒと呼ばれる新興財閥は、同時にロシアの新しい政治勢力であり、何らかのかたちで政治運動に関わっていた。
 
 エリツィンの時代はまさにこのようなオルガリヒの台頭期であり、彼らの手によってロシアの自由資本主義化が進められた。この時私兵化したKGBはそれぞれのオルガリヒの便利な道具として、あるものはマフィア化してパトロンのためにさまざまな非合法活動を担っていた。
 
 この時、ロシアの労働者にとって社会の変化は、ただ自分たちの支配者が国家から私的資本家に変わっただけでなく、猛烈なインフレとともに進行した。エリツィン時代にロシアの物価は2000%増加したのに対して、労働者の給料は1000%しか増えなかったために、労働者の実質所得は半分に減少した。
 
 つまりソ連邦が崩壊しても、ロシアにおける階級変動はそれほど著しくなく、単に労働者のボスの肩書きがソ連共産党何とか市書記から何とか会社の社長に代わった程度でしかなかった。
 
 したがってエリツィン時代のロシアは自由であるが、不公正と社会的悪徳がはびこり、新興ブルジョアが反映を謳歌する一方で労働者の生活が極端に悪化した時代であった。
 
 人々の怨嗟のなかでやがてエリツィンが退場し、代わってプーチンが大統領になったが、プーチン自身はオルガリヒであるとともにシロビキ(KGB人脈)である。
 
 そのプーチンは自らの対抗勢力のオルガリヒを治安機関(税務署と検察)を使ってつぎつぎと駆逐していき、エネルギーと資源の独占をめざした。
 
 昨年の石油財閥ユーコスに見られるように、石油財閥ユーコスに難癖をつけて莫大な課徴金をかけて、支払い能力がないことを理由に石油財閥そのものを解体して一部を国家資本に組み入れ、一部を自分の財閥に組み入れている。
 
 このプーチンが競争相手を打ち負かす過程は同時に、政治においてプーチンが反対勢力を一掃する過程としてあらわれている。
 
 特にリトビネンコ氏のパトロンであるペレゾフスキー氏はマスコミを牛耳ることによりエリツィン政権下では大きな権力を持っていたが、プーチン政権になるとテレビ局の免許を取り上げられ、国有財産の窃盗と詐欺、脱税の容疑をかけられて逮捕され、保釈後にイギリスに政治亡命した。(エリツイン政権自体が国有財産の横領と詐欺、窃盗、脱税の結果として存在しているのだから現在のロシアの権力者でこの件について無罪を主張できるものは誰もいない。)
 
 欧米のマスコミはこの過程をプーチンの独裁政権と民主主義の闘いとしてとらえているが、実際にはロシアの政治は共産党の独裁からエリツィンの独裁(ブルジョアの寡頭支配)へと移行し、プーチン政権の誕生とともにブルジョアの寡頭支配がさらに進行して、敗北するブルジョアと勝利するブルジョアに分解していき、プーチンの独裁へと移行したのである。
 
 この敗北したブルジョアと勝利したブルジョアの差異はほとんどないが、一方はロシアで何一つ不自由のない快適な生活を送り、他方は亡命生活を余儀なくされるという天と地の違いが生じており、これは「元KGB」も同じである。勝ち馬に乗った「元KGB」はロシア連邦保安局(FSB)の幹部にまでも登りつめることも可能であろうが、負け馬に乗った「元KGB」はロシアマフィアにまで身を落としたり、雇われ殺し屋として日銭を稼いでいるものまでいる。
 
 このようにもともと同じものが、資本主義的な競争戦の結果として、まったく正反対のものになっているという現実は誰が犯人であってもおかしくないというという推理小説の世界を生み出している。
 
 イギリスはシャーロック・ホームズとポアロの土地だから、ここで21世紀の名探偵は出るだろうか?