いつも聞いている大竹まことさんのpodcastの番組に著者の高梨ゆき子さんがゲスト出演していて、本書の紹介をしていました。
高梨さんは読売新聞編集委員です。
新型コロナウィルス感染症流行当初、ダイヤモンド・プリンセス号を舞台にした船内感染の顛末は日本国内のみならず世界的にも大いに注目されました。
船内は実際どんな状況だったのか、乗客・乗員そして感染対策のために派遣された人々はどんな思いで、どう行動していたのか、綿密な取材をもとにした様々なエピソードが紹介されています。
その 中から、私の興味を惹いたところをいくつか書き留めておきます。
まずは、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客の中で「陽性」と判定された乗客を受け入れる病院の確保を図るためにとった現場対応の様子から。
(p101より引用) 感染症法は、その第十九条に「緊急その他やむを得ない理由があるとき」の対応に関するただし書きがある。それは、場合によっては感染症指定の病院が、専用病床以外の病床に患者を入れること、あるいは、感染症指定ではない病院が患者を受け入れることを認めている。今回は、この緊急対応を実際に適用しないことには、とても感染者を収容しきれない。
この求めに応じて厚労省の担当官は、阿南の目の前で、自治体向けに発出する事務連絡の文書を作成するよう霞が関に伝えた。
阿南は、文書の具体的な中身についても口を出した。現場の実情に即していないと思う点が散見されたからだ。
たとえば、患者を個室に入れなければならないとなれば、大部屋の多い日本の一般的な病院では対応しにくいところが出てくる。 感染症対応には個室が望ましいのは確かだが、用意できない場合も考えて、大部屋を使える道を開いておかなければならない。・・・
感染者専用のトイレが必要と思われるような記述も修正させた。
受け入れ側の医療体制と感染現場の実態とがあまりにもかけ離れていて、従前からの規定をそのまま適用しようとしても全く役に立たちません。その調整は現場レベルでの超法規的運用で何とか乗り越えていったのです。
また、現場で奮闘する医療関係者の頭越しに、船内隔離で苦しむ乗客の気持ちを逆なでするようなこんなこともありました。それを伝える乗客の方の声です。
(p161より引用) しかし、そんなことよりも、この日には、朝から忘れられないできごとがあった。厚労省の副大臣、橋本岳と名乗る男性の声で、船内放送が入ったのである。船内放送は、船のトップである船長がするのが常で、はじめて聞く政府関係者の声だ。ようやく進展があるのか。期待感を胸に耳を傾けた。
話の内容は、閉じ込められて希望の光を求めつづけている美佐子たちにとって、むしろ落胆を誘うものであった。こんなこともしました、あんなこともしました、とすでに終わったことを言い募っているように感じられた。・・・
「この方、本当におかしいわよ。何のための放送だったのかしら」
美佐子は腹立たしくなった。
政府関係者は苦労していないとは言いませんが、そのレベルの“やっている感” をアピールしても、身近な状況の改善を感じられない乗客にとっては何の意味もないものでした。
さて、本書でも詳しく取り上げられたように、今回のダイヤモンド・プリンセス号に関する新型コロナ感染症対策は、DMAT(Disaster Medical Assistance Team=災害派遣医療チーム)が現場の中核として活動しました。
(p23より引用) DMATは、医師、看護師、病院事務職員など多職種の四人ほどで一チームが編成され、地震や台風といった自然災害の被災地にいち早く駆けつけて、けが人や病人を救う役割を持つ。全国の病院に在籍する医療従事者が自発的に参加し、決められた研修を受けて厚労省に隊員登録したうえで、被災した都道府県の求めに応じ、各病院からチーム単位で派遣されるしくみである。病院業務の一環とみなされるため活動に対する手当てはない。
DMATは、あくまでも「災害対応」の組織なので、今回のダイヤモンド・プリンセス号をはじめとした新型コロナ感染にかかる対応は想定している活動の範疇外のものでした。それでも、DMATのみなさんは、すべて「自分たちがやらなければ誰がやる」という使命感にもとづき、超法規的な扱いで参画していきました。
(p222より引用) ダイヤモンド・プリンセスのオペレーションには、批判的な声があったのも事実だ。
「隊員の安全が守れない現場に派遣すべきではないのではないか」・・・
「自らの感染さえいとわないという危ういヒロイズムは、感染拡大というもっと大きな被害を招く」
さまざまな意見があり、何が正解なのか、答えは今後に持ち越されている。
ということですが、それでも今回のDMATの現場活動は、間違いなく必要不可欠なものであり、最悪の状況を回避させるのに大きな貢献を果たしました。私はDMATの判断は勇気あるものであり正しかったと思います。
本質的な問題は「DMATが動かざるを得なかったという現状」にあります。
国・自治体には、こういった緊急感染症対策に機能する正規の仕組みはなかったということです。政府・自治体の対応は、すべからく場当たり的で後手に回ったものだったのです。
最後に、強く印象に残ったダイヤモンド・プリンセス号で診察にあたったDMATの小早川義貴さんの言葉を書き留めておきます。
(p180より引用) 「患者さんとのコミュニケーションが大事だからといって、感染対策をきちんとしていないと、本当に感染してしまう。それはわかってる。 コミュニケーションと感染対策と、両方が大事。僕にとって患者さんの信頼を損なうことは、自分が感染するのと同じぐらいダメージが大きいことなんだ」
医師のひとことで患者の気持ちは大きく変わります。それを理解している医師が発したとても重い言葉だと思います。
小早川さんは、診察や訪問で触れ合った患者さんたちに自分の携帯番号やメールアドレスを伝え「いつでも連絡してきてください」と声をかけたといいます。それで、どれだけ力づけられたことか。本当に頭が下がりますし、こういった医療現場最前線で献身的な活動を続けている方々を何とかサポートし続けたいと心底思います。
本来、我がこととして、もっともっと真剣に取り組まなくてはならない人々(政府・自治体関係者)を何とかして動かす努力も併せて。