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哲さんの声が聞こえる: 中村哲医師が見たアフガンの光 (加藤 登紀子)

2022-03-16 12:49:12 | 本と雑誌

 

 中村哲医師のことは、恥ずかしながら、あの悲しい事件が起きるまでは知りませんでした。
 いつか中村さんに関する本を読んでみようと思っていたところ、いつもの図書館の新着本リストの中で見つけたので手に取ってみました。

 著者は、中村さんと親しくお付き合いのあった歌手の加藤登紀子さん。中村さんの見事なまでの足跡を伝える彼女の穏やかな筆致が、中村さんが大切にしたアフガンの人々への想いとともに心に沁み入ります。

 加藤さんが紹介する中村さんの人となりを顕す言葉やエピソードからいくつか書き留めておきましょう。

 中村さんは、1984年、パキスタンのペシャワール・ミッション病院に派遣されました。1986年、中村さんの片腕として活動を共にすることになるアフガン人医師から「なぜここで働いているのか」と問われたときの中村さんの答えはこうでした。

(p38より引用) 「偶然と呼ぶならそれでもよい。君をペシャワールに留めている、そのものと多分同じだろう。
 確かに我々はこの困難の前には虫けらだ。巨象を相手に這いずり回る蟻にすぎない。しかし、どんなに世界が荒れすさんでも、人の忘れてならぬものがある。そのささやかな灯りになることだ。これは我々のジハード(聖戦)なのだ。」

 中村さんの珠玉の「言葉」は、加藤さんが、本書の第3部に「生きるための10の言葉」として紹介してくださっています。
 その中で、特に私の心に響いたものを1・2、紹介します。

 ひとつめは、医学生から「将来海外で医療に携わりたいと考えているが、それに向けた覚悟」を尋ねられた際の中村さんの答えです。

(p163より引用) 水を差すようですけれども、だいたい「こうしたい」と思ってその通りになることはあんまりないんですね(笑)。仕方ないよなあと思って、したくなかったことを、ずるずるとやることの方が多いのです。・・・そして「犬も歩けば棒に当たる」(笑) という気持ちでよいのではないかと思います。

(p164より引用) 「たまたま運が悪くて、縁が無くて、そのせっかくいい種なのに、石の上に落ちた。いつまでたっても風が吹き飛ばしてくれなかった。そういうときは石の上で上に伸びていくしかないのではないでしょうか。

 こういった“達観”“諦観”チックな言葉も、中村さんの凄まじい実体験を思うにつけ、その含意には桁違いの重みや緊迫度がありますね。

 もうひとつ、中村さんの活動を支えてきたペシャワール会の「三無主義」「無思想」「無節操」「無駄」。その中の「無駄」について。

(p192より引用) 「無駄」というのは、ちょっとあれっ?て思うかもしれませんが、この言葉にこそ深い思いが込められているように思います。
 組織というと、やたら意義深さを連ねたり、無駄なく資金を活用しているかと説明を求めたり、活動の成果を示さなくてはならなかったり。そうしたことへの哲さん独特の含羞ですね。
 人間の行いに、無駄でないことってあるのか、と。
 全てが「無駄」に見えるけれど、どうしてもしなければならないことがあり、意義あることと思い込んでいても結果が無駄に終わることもある。
 「無駄」でいいんだ、と赦す気持ち。哲さんらしいです。

 こういった気持ちの持ち方、これが人々の自然な営みの中での実感覚なんですね。

 本書には、中村さんとの交流の思い出と併せて、加藤さんが環境省・UNEP国連環境計画親善大使としての行動をはじめとした様々な国際貢献活にまつわるエピソードも数多く紹介されています。

 2018年、サハリンのチェーホフ劇場でコンサートを開催したときのこと。
 加藤さんが「ペレストロイカ」というたびに地元の人々の顔が厳しいものに見えたと言います。

(p152より引用) 通訳の人に「どうしてかしら」と聞くと、「ここではペレストロイカでみんなすごくひどい経験をしたので、大好きな『百万本のバラ』と一緒にしてほしくないんです」と。これは大きな衝撃でした。
 やっぱり私たちは西側の人間として全てを見てきたのだなあ、と深く反省。この極東の島でソ連時代は、職場と家を保障され、医療も学校も無料で、食料の配給もあった。その全ての補償を失ったのが「ペレストロイカ」だった、というのです。 
 哲さんが、アフガニスタンに2002年以降アメリカが入って、民主化という解放をアピールした時、人々が手にしたのは、「麻薬をつくる自由。逼迫した女性が売春する自由。貧乏人がますます貧乏になる自由。子供たちが餓死する自由」だったと表現したのと、似ているかもしれません。

 真にその地の人々の望むことを行う難しさです。それだけに、かの地の人々に心底愛された中村さんの献身の崇高さが際立つのです。

 中村さんは、こうも語ったそうです。

(p171より引用) 「弱い者にこぶしを振り上げて自分の利益を守るというのは、人として下品な行動だと思います。」

 完全に脱帽です。

 

 

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〔映画〕今日も嫌がらせ弁当

2022-03-15 08:10:20 | 映画

 
 ライトテイストの作品で、たまにはこういったのもいいですね。
 八丈島というロケーションも物語の舞台には相応しかったです。
 
 キャスティング面でいえば、こういう役柄の篠原涼子さんも良かったですが、やはりこの映画は芳根京子さんが決め手でしょう。同世代の主人公を演じているように見えるのですが、実はちょっと年齢的にはサバを読んでいるんですね。
 
 ストーリーは “可もなく不可もなし” という印象ですが、観終わって爽やかな気分になれます。
 まあ、正直なところ佐藤隆太さんのパートはとても中途半端で、もう少し工夫があっても良かったと思いますが・・・。さすがに最後の最後であのシーンというのも、ちょっとワザとらし過ぎますね。

 

 

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〔映画〕ザ・マジックアワー

2022-03-14 09:38:28 | 映画

 
 三谷幸喜さんの脚本・監督作品です。
 
 三谷さん映画の常連の役者さんたちが目白押しの豪華絢爛なキャスティングです。
 小日向文世さんや寺島進さんといった男優陣は“水を得た魚” のようでしたし、主演級の女優、深津絵里さん、戸田恵子さんは流石の存在感でしたね。さらには、ほんのわずかなシーンに登場するだけの超大物の方々も数知れず、ほんとに贅沢な作りの作品でした。
 
 物語は、お決まりのご都合主義的な展開ですが、もちろん三谷コメディですから当然です。
 
 私自身、こういったテイストの作品はあまり好みではないので、正直なところ何度か「途中でやめようか」と思ったのですが、それでも何とか最後まで観通すと、思いの外楽しい気分で結構満足しましたよ。不思議ですね。

 

 

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〔映画〕トゥモロー・ウォー

2022-03-13 09:06:00 | 映画

 
 もともと劇場公開予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の流行により上映は断念され、かわりに配給権を得たAmazonがデジタル配信することになったという変わり種の経緯の作品です。
 
 タイムマシンもの特有の「物語中の時間軸の矛盾」もある程度は考慮されていますし、逆にそれを利用して上手くエピソードを展開していました。
 また、エイリアンもので定番の「造型の奇怪さ」についても、“エイリアンの家畜” という位置づけということでうまく理屈づけしていました。

 大雑把なストーリーの割には、そのあたりへの配慮が気に入りましたし、序盤のシーンをすべて後半の伏線として仕込んでいたのにも感心しました。
 
 観る前の期待値は低かったのですが、観終わってみると、エンターテーメントとしてそこそこ楽しめる作品でしたね。

 

 

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主権者のいない国 (白井 聡)

2022-03-12 11:46:09 | 本と雑誌

 いつも利用している図書館の新着書リストの中で見つけていたのですが、長い長い予約待ちで、手にするのが遅くなってしまいました。

 白井聡さんの著作は以前「永続敗戦論」を読んだことがありますが、本書のスコープは “現代” によりウェイトがかかっています。

 本書においても、白井さんはとても明晰で鋭利な立論を展開していますが、まずは、その手始めとして、「主権者のいない国」になり下がった日本の近年の状況(≒安倍一強体制)を、政治学者中野晃一氏が提起した「2012年体制」という概念を紹介しつつ、こうコメントしています。

(p51より引用) その「体制」の内容は不正・無能・腐敗の三拍子が完全に揃った権力であり、一部の官僚によって独善的に支配され、ほぼ完全に支配機構のパーツと化したメディアのために監視と批判を免除されている。だから、この「体制」によって支配されたこの八年間が、完全なまやかしと欺瞞によって覆い尽くされたのは、全く当然のことであった。

 辛辣な書きぶりですが、さらに白井さんは、本質的な問題をこう設定しました。

(p53より引用) 安倍晋三の超長期政権にせよ、二〇一二年体制にせよ、その成立を許したのは他の誰でもなく日本国民である。逆に言えば、安倍はこの間の日本国民の感情なり願望なり精神態度にマッチした存在として君臨してきたからこそ、長期政権を維持することができた。
 ならば、問われるべきは、次の事柄である。なぜ日本国民は「安倍的なるもの」を好んできたのか。「安倍的なるもの」に体現された国民の精神は何であったのか。

 こちらも今の国民に対するかなり強烈なメッセージですね。そして、こう議論は進んでいきます。

(p54より引用) 根本的な問題は「政治システム」にあるのではなく、戦後七五年を経た日本人の精神の危機的状況にあるのではないか、ということだ。これほどに腐敗し、政治の常識を破壊し堕落させ、法治主義を崩壊させ、三権分立を踏みにじり、嘘と欺瞞の上に開き直る権力―これに対して、積極的にせよ消極的にせよ支持を与えてきた国民精神には、巨大な闇がある。

 まさに、この課題設定とその回答が本書の核となっています。
 その「闇」とは、「戦前天皇制国家から引き継がれた臣民メンタリティに内在する奴隷根性」だと白井氏は喝破するのです。
 この「奴隷根性」は、現下の新型コロナ禍という社会状況のもとでは、たとえば、こういう形で表出してきます。

(p90より引用) 日本を苦しめてきた二重の奴隷化構造(新自由主義的包摂と天皇制の桎梏)は、コロナ危機にどのように現れているだろうか。一方では「何が何でも経済を回せ!」という資本の至上命令が腐敗した利権構造と結びつき(GoToキャンペーン等)、他方では新型コロナウイルスという「忖度空間の外部」と政府に招集された専門家の政権への忖度との葛藤、というかたちで現れている。結果、この国では感染症や医療の専門家が、専門外であるはずの経済の問題に配慮するという珍風景が広がる。

 もう一点、私の興味を惹いたテーマが「反知性主義」でした。
 この「反知性主義の思考様式」について、白井さんは、日本人の特性と言われる「同調圧力」から議論をスタートさせます。

(p145より引用) 「日本社会は同調圧力が強い」とは、非常にしばしば指摘されてきた事柄であるが、一体われわれは何に同調させられるのか。その核心にあるのは、「敵対性の否認」にほかなるまい。・・・
 要するに、この国には「社会」がない。社会においては本来、その構成員のあいだで潜在的・顕在的に利害や価値観の敵対関係が存在することが前提されなければならない。しかし、日本人の標準的な社会観にはこの前提が存在しない。・・・
 ゆえに、社会内在的な敵対性を否認する日本社会では、「正当な権利」という概念が根本的に理解されておらず、その結果、侵害された権利の回復を唱える人や団体が、不当な特権を主張する輩だと認知される。ここではすべての権利は「利権」にすぎない。・・・まさにこうした「敵対性の否認」に基づく思考様式にどっぷりつかった層が今日の反知性主義の担い手となっているのは、実に見やすい道理である。

 さて、本書を読み通しての感想です。

 ひと言でいえば、前に読んだ「永続敗戦論」と同様、白井さんの論考はとても刺激的で首肯できるものでした。(ただ、ところどころ“哲学的思索”が登場すると、私の理解力がまったくついて行けなくなるのが情けないのですが)

 一点、強いて付言すると、白井さんの著作は、自らの思索の表明という意味では十分にその役割を果たしているものだと思いますが、本書でもしばしば指摘しているような “現下の「戦後の国体」を維持しようとする支配層とそれを支持する群衆” という構造の変革を求めるのであれば、こういった著作とはまた別の手立てが必要だろうと感じました。

 白井さんは、本書の終章でこう叫んでいます。

(p317より引用) 内政外政ともに数々の困難が立ちはだかるいま、私たちに欠けているのは、それらを乗り越える知恵なのではなく、それらを自らに引き受けようとする精神態度である。真の困難は、政治制度の出来不出来云々以前に、主権者たろうとする気概がないことにある。安倍超長期政権に功績があったとすれば、そのことを証明してくれたことであった。そして、主権者たることとは、政治的権利を与えられることによって可能になるのではない。それは、人間が自己の運命を自らの掌中に握ろうとする決意と努力のなかにしかない。私たちが私たち自身のかけがえのない人生を生きようとすること、つまりは人として当たり前の欲望に目覚めること、それが始まるとき、この国を覆っている癪気は消えてなくなるはずだ。

 ただ、今の社会状況に対して問題意識を持っていない人々は、そもそも本書を手に取ること自体、稀だと思うんですね。
 “人として当たり前の欲望に目覚めさせる”役割は、また別のアプローチに委ねるざるを得ないのでしょうか。その有力候補は“マスコミ”であり“メディア”のはずですが、今はそれらへの信頼性は絶望的なほど揺らいでいます・・・。

 だとすると、「ひとりひとりが、自らの“主権者としての決意”を何らかの行動という形で地道に継続することで、諦めることなく周りを感化していく」という道程を重ねるのでしょうね。

 

 

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〔映画〕東京原発

2022-03-11 14:21:33 | 映画

 

 オリジナル脚本の作品です。

 「都知事が『東京に原子力発電所を誘致する』という構想を実現させるべく動き始める」というプロットはとても強烈ですが、本作品が上映された2004年時点では、それほどの評判にはならなかったように記憶しています。
 映画の中で主人公も話しているように、「誰も我が事とは思わなかった」ということでしょう。


 そして、今、2011年の東日本大震災に伴う「福島第一原子力発電所事故」という未曽有の悪夢を経験したにも関わらず、それを忘れ、先祖帰りしたような議論が頭をもたげている世相こそがショッキングです・・・。

 本作の1シーンでの「都庁で原発の危険性を語る大学教授の説明」は、もしそれが正しいものであるとすれば、非常に憂慮すべき内容であり、今の “私たちへの警鐘” としても受け取り得るものですね。(もちろん、そのファクトチェックが十分になされることは不可欠ですが)

 

 

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〔映画〕リーサル・ウェポン4

2022-03-10 12:04:50 | 映画

 
 メル・ギブソン主演の人気シリーズの4作目です。
 
 ストーリー展開はコミック的で、ところどころアクションシーンが入る「アクション・コメディ」といったテイストの作品ですね。シリアスなハードボイルドタッチではありません。
 
 アクションシーンは先進CGを駆使したものではないので、かえってリアリティがあります。このころのスタントマンのみなさんは本当に命がけ、大変だったと思います。
 
 ラストもHappy endで、安心して観られるのですが、ただ、人によっては “もの足りなさ” を感じるでしょう。
 
 ちなみに、主人公の相棒役のダニー・グローヴァーが画面に登場するたびに「いかりや長介」さんを懐かしく思い出すのは私だけではないでしょうね。

 

 

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〔映画〕決算! 忠臣蔵

2022-03-09 11:22:34 | 映画

 
 原作はあるのですが、よくある人気小説ではなく、『「忠臣蔵」の決算書』という史料研究の新書に基づくという “変わり種” の作品です。
 
 その点では、とても興味深いプロットですし、キャスティングも多彩でかなり豪華な面々、題材も鉄板の「忠臣蔵」なのですが、仕上がったエンターテインメント作品としての出来は “まあまあ” といった印象です。
 
 まあ、私個人として、こういったテイストのコメディ映画は今ひとつ好みではないというのが、そういった評価となる最大の理由なのですが・・・。

 

 

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昭和史をどう生きたか 半藤一利対談 (半藤 一利)

2022-03-08 09:48:37 | 本と雑誌

 著者の半藤一利さんの著作は、今までも何冊も読んでいますし、先日も「墨子よみがえる」「戦争というもの」を読んだところです。やはり、半藤さんの戦争反対・平和希求への想いや言葉は強く心に沁み入ります。

 本書もそういった流れの中で手にした本です。

 澤地久枝さん、保阪正康さん、戸髙一成さん、加藤陽子さん、梯久美子さん、野中郁次郎さん、吉村昭さん、丸谷才一さん、野坂昭如さん、宮部みゆきさん、佐野洋さん、辻井喬さん。これら12人の方々と半藤さんとの対話からどんな新たな気づきが得られるか、楽しみで読み進めましたが、その中で、私の印象に残ったところをいくつか書き留めておきます。

 まずは、「指揮官たちは戦後をどう生きたか」との章で、保阪正康さんが語るあまりにも酷いエリート軍人の言葉

(p89より引用) 大本営の一参謀だった軍人が「特攻隊は発想の先取りだった」と言い、「ミサイルはコンピュータを使って目標に向かっていくだろう、その先取りだよ」と言った時には、飛びかかってぶん殴りたかったですよ。

 戦時中ではなく、戦後、生き残った人の言葉ですから、なおさら最低です。

 次は、半藤さんの「山本五十六」評
 基本的には、反戦派だった山本五十六を評価している半藤さんですが、真珠湾攻撃の際の彼の姿勢を捉えて、こう語っています。

(p127より引用) 山本五十六という人は、越後人の悪いところもそっくり持っています。リーダーが、周囲にしっかりと何のためにこの作戦をやるのか説明をしない。これはやはりよくない。山本五十六は名将だが肝心要のところで残念ながらダメなのです。リーダーが、「分かるやつにしか分からない」と説明を怠ってはいけません。

 そしてもうひとつ、「戦後六十年が問いかけるもの」との章で、思想のない玉虫色の憲法改正草案を材料に語る辻井喬さんが紹介した三島由紀夫のエピソード

 (p331より引用) 三島由紀夫さんに直接聞いたのですが、彼は大蔵省を辞めるまで、上司に「おまえみたいな文章の下手なやつは見たことない」と言われていたそうです。「いざという時にはどちらにでもとれるように書くのが役人の文章だ。おまえは何度言っても断定的に書く」と(笑)。三島由紀夫にとって、いちばん書けない文章だったのですね。
 そういう役人文章が今度の憲法草案にも見える。やっぱり政治家だけでは作れなかったんだなと思いました。

 辻井さんと半藤さんとの対談は、お二人ともご自身の頭の中でしっかりと整理された思想を基に話されているので、とても勉強になりますね。

 さて、多彩なテーマの興味深い対談が盛りだくさんの本書ですが、採録された対談の内容でも示されているように、「昭和史」といえば「太平洋戦争」の記憶と記録は外すことはできません。保阪正康さんとの対談の最後ではこういうやり取りが交わされていました。

(p100より引用) 保阪 戦後の日本人は、大なり小なり戦争体験を引きずって生きていました。半藤さんも私も、その聞き書きの旅をずっと続けてきたわけですが、もう軍の指揮官たちはもちろん、兵隊体験のある方もしだいに亡くなっています。それだけにこれからは誤った史実や伝承が生まれないようにしたいですね。軍人の戦後の生き方の中には、戦前のその人自身の姿も反映していると考えるべきだと思います。
半藤 そうですね。こうやってさまざまな軍人たちの戦前と戦後の生き方を考えてみると、そこには日本人そのものの生き様が見えてくる。組織としても個人としても、昔も今もほとんど変わってないんじゃないかという気もします。気高く生きた人もいた。許すべからざる生き方を続けた人もいた。歴史とは人間学だとつくづく思えてきます。昭和史から学ぶべきことは、まだまだ多いですね。

 決して忘れないように、決して風化させないように。

(p341より引用) そして日本人は怖いんですよね。一つの方向へワッと動きますからね。対米英戦争へ引っ張っていった参謀の服部卓四郎、辻政信といったような、煽動することの上手なタイプの人が、若い政治家や言論人に増えているような気がしますね。

 今日の世情を鑑みるに、半藤さんの警句がますます重みを増してきたようです。

 

 

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〔映画〕インターステラー

2022-03-07 07:52:20 | 映画

 
 マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、マット・デイモン、マイケル・ケインといった超大物がこれでもかと出演している大作?です。
 
 こういった時空を跨いだアドベンチャーものは、ある程度まで「物理学理論」に準拠しながらも、映像として見せるところになると当然(時間軸上の矛盾が出てしまうので) “不自然な妥協” の絵になってしまいます。そうなると大なり小なり興覚めしてしまうのですが、要はそれを贖って余りあるほど “ストーリーが魅力的か” というのが決め手になるのでしょう。
 
 さて、本作はというと、中盤あたりまではまだ見られたのですが、移動先で先行派遣者に出会ったあたりから急激に物語それ自体が劣化してしまいました。
 
 ラスト近くになると、もちろん映像化は無理筋なのですが、あまりにも粗雑なシーンで・・・、正直、これではちょっと残念過ぎますね。

 

 

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〔映画〕怒り

2022-03-06 09:14:25 | 映画

 
 いままでも何作も映画化された小説を執筆している吉田修一さんの作品が原作です。
 
 タイトルは「怒り」ですが、作品のテーマはとても明確、“人を信じる” ということです。
 
 房総、東京、沖縄の3つの場所でのエピソードは、ミステリードラマのようなテイストで進んでいきます。
 
 こういうテーマですから、やはり役者のみなさんの技量が作品の出来を120%決定してしまいますね。その点ではキャスティングが命となるわけですが、流石にその人選は見事だったと思います。

 実力派の方々がズラッと並びましたが、その中でも、やはり宮﨑あおいさんは出色でした。そして、その父親役の渡辺謙さん。この親子の演技は素晴らしいですね。
 その他の出演者のみなさんもとても良かったです。演技への情熱がビシビシと迫力をもって伝わってきました。
 
 3つの物語のラストシーンも、それぞれのエピソードに相応しくほどよいものでした。このあたり監督のセンスの良さを感じますね。
 
 久しぶりに観た “映画らしい映画” でした。満足です。

 

 

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〔映画〕望み

2022-03-05 07:58:43 | 映画

 
 人気小説が原作とのこと。
 
 犯人か被害者か、家族内の考え方の対比。プロットはシンプルでシャープです。それを際立たせるキャスティングも良かったと思います。
 
 ただ、映画としての描き方という点では、マスコミの対応・周りの人の行動・お決まりのSNSの反応等々、正直ステレオタイプ過ぎる印象です。
 物語の展開という面では、こういう持って行き方でしようし、またこういうエンディングになるのでしょうね。終盤は “並” の出来、この映画の真骨頂は「中盤」でした。
 
 そして、その中盤の主人公は石田ゆり子さんだったように感じました。偏狭にも見える我が子への想いを抱いた母親を、見事に演じていたと思います。
 
 タイトルも秀逸。“望み” に託されているのは、結局「何を望むか」という “人それぞれの想いの機微” なのでしょう。

 

 

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ノックの音が (星 新一)

2022-03-04 11:55:33 | 本と雑誌

 いつも行く図書館で日本文学の書架を眺めていた折に、たまたま目に留まった本です。

 星新一さんの著作は、わたしが中学生のころですから、今から50年ほど前にはよく読んでいました。この「ノックの音が」も1965年(昭和40年)の作なので当時読んだ記憶があります。

 ともかく星さんのショートショートは、プロットの巧みさ、独特の語り口に加え、とりわけ意表を突いた驚きのラスト(いわゆる“オチ”)が魅力でしたね。で、つい、懐かしさのあまり本当に久しぶりに手に取ってみたという次第です。

 今回は、半世紀を経て、読み手(私)の感性がすっかり変わってしまっていますから、我ながらどんな感想を抱くのかと結構ワクワクしながら読んでみたのですが、あれほどインパクトが強いと思っていたにもかかわらず、見事にひとつの作品も記憶に残っていませんでした。
 星さん的な、書きぶりや語り口は、はっきりと思い当たるのです。でも、ストーリーやオチについては何一つ覚えていないんですね。とても情けない限りです。

 ただ、翻って考えてみると、新鮮な感覚でひとつひとつの作品を楽しむことができたとも言えるわけです。

 で、サクッと読み通した感想。
 もちろん“ネタバレ”は避けますが、すべての物語が「ノックの音がした」という同じ書き出しで始まる名作の数々。今回、久しぶりの再会で思うところといえば、ともかく “一級品は、月日を経てもやはり一級品だった” ということですね。

 

 

 

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〔映画〕クロガラス1

2022-03-03 11:24:41 | 映画

 
 ちょっと前に「クロガラス0」を観ました。
 
 作品としては、今回の「クロガラス1」の方が先に世に出ていて、「0」はその前日譚という位置づけで作られたのですが、今回は素直に「物語の時系列」に沿って観ているというわけです。
 
 この「シリーズもの」ですが、登場人物はとても限られていますし、ストーリーの広がりも狭い典型的な「B級作品」です。とはいえ “エンターテインメント性”という点では、ベタなつくりの割にはシンプルに楽しめましたね。

 洋画のB級作品の場合は、観終ると “無駄な時間を過ごしてしまった” と欲求不満だけが高まりますが、このシリーズ作品の場合は、制作陣のよく頑張っている感がストレートに伝わってきて、不思議とつい次も観てみようかと思ってしまうのです。

 

 

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〔映画〕リベンジ・リスト

2022-03-02 14:13:20 | 映画

 
 この前観た映画が、プロットもストーリーもかなり複雑だったせいもあり、今回はシンプルなものを選んでみました。
 
 ジョン・トラヴォルタ主演のリベンジものなので、単純さにかけては間違いないと思ったのですが、その点では正解でした。ただ、あまりにも「雑」なつくりです。
 
 主人公が、夜、車を運転しているだけで容疑者が見つかるとはあまりに単純。まあ、その探索は作品の本線ではないからということかもしれませんが、始まって数分で観ている人のほとんどが “黒幕” の見当がついてしまうようなプロットは如何なものでしょう。
 
 もう少しシリアスな作品かと思ったのですが、これでは “B級コミカルスリラー” 映画ですね。

 

 

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