下巻の後半は、19世紀から現代に至る期間の解説です。
その幕開けは、18世紀のイギリスに始まった産業革命とフランス革命を代表とする民主革命でした。
(p230より引用) 政治の弾力性と、その権力の拡大。これが西欧文明における民主革命がもたらしたふたつの結果であった。それゆえ民主革命は、産業革命のまことの双生児だといえる。産業革命もまたそれ自体の領域で弾力性を高め、西欧人の手にした力をおびただしく拡大したからである。このふたつの革命が結びついた結果、西欧の生活様式は他の文明世界のそれをはるかにしのぐ力と富とを獲得するにいたった。他の文明世界の国々が、西欧の侵食に対して抵抗することはもはや不可能となった。
18世紀までの西欧における「社会」の認識は、「神の意志」に基づく「正統・不変」な構造があることを前提としていました。しかしながら新しい「自由な精神」の広がりは、急速な「社会の産業化」と相俟って、社会は変わり得るものだとの認識を生じせしめたのです。
さて、本書を読む楽しみのひとつは、欧米人の歴史家が欧米以外の地域の歴史をどう解釈してどう意味づけているかという点にあります。
そういった観点から、まずは、明治期以降の日本の工業勃興期を解説しているくだりをご紹介しましょう。
(p270より引用) 利潤の追求は、けっしてそれ自体が目的とはならなかった。日本の会社が求めたのはつねに名誉と特権とであった。工場の支配人は、国に奉仕し、上司にしたがい、部下を訓練し保護することが自分たちの義務だと考えた。そのような姿勢は、何世紀にもわたって日本を支配してきた武士階級の倫理から直接に由来していた。勇気、忍耐、忠誠といったかつての武士の美徳は、いまや新しい製鉄所、繊維工場、造船所などの建設や経営の面で、大きな役割をはたしていた。
この封建時代の精神性は、初期の労使関係にも敷衍されていました。主従の関係に慣れ親しんでいる日本人は、経営者と従業員、元請と下請といった階層関係に違和感を感じなかったのです。
(p271より引用) 古くから武士団に存在した服従と義務という観念がたくみに修正され、産業界における人間関係をきわめて効率的なものとした。
特に近現代において、欧米以外の地域の歴史を語るとき、そこには「帝国主義」の潮流との関わりといった切り口は不可避です。西欧列強の帝国主義的拡大政策は、初期の新大陸(アメリカ)を始めとしてアジア・アフリカ・オセアニアと全世界に及びました。
その中で、「アフリカ」への進出についての解説部分から。
西欧列強にとって、未開地域への経済的進出とキリスト教布教活動とは密接に連携したものでした。
(p294より引用) 実際のところ、・・・貿易を拡大する事業と、キリスト教を広める事業とは、ともに協力しあって行われるべきだと考えられたのである。ヨーロッパ人にとって、西欧文明の恩恵は自明のことであった。そうであれば自分たちに課せられた道徳的義務とは、アフリカ人(とその他の未開の民族)に文明の光をもたらすこと-おそらくは力を使ってでも-であるはずだと、彼らは確信したのだった。このようにして何百万人もの善意の欧米人たちが、熱心な帝国主義者となった。
西欧諸国は、商人や宣教師の活動を支援するためには軍隊の派遣も厭わなかったのです。これが、帝国主義的侵略のシナリオでした。
本書を読んでいくと、こういった視点以外でもなかなか面白い着眼の解説がいくつもありました。
その代表として、「写真」が与えた20世紀芸術に対する影響についての考察をご紹介します。
(p342より引用) 視覚芸術の場合は・・・一部の画家はありのままの現実のイメージを描く姿勢から脱却したが、それにもかかわらず美術を愛好する人々の数はきわめて増えたのである。その理由としては、写真技術の進歩によって、一般人が美術作品を見る機会が限りなく増えたからであろう。こうして美術のこれまでの歴史にあらわれたすべての様式が人々の眼前に開かれるようになるとともに、世界のさまざまな地域からの刺戟が画家や芸術家たちに霊感を与えた。
確かに、写真により今まで見ることができなかった美術作品が、その場に行かなくても疑似体験できるようになったのは、関係者に対し強烈なインパクトがあったと想像に難くありません。また、こういう視点が歴史の著作で著されていることに新鮮さを感じましたね。
「世界史」といえば「山川の教科書」がまずは頭に浮かんでしまう世代の私にとっては、その呪縛からのささやかな抵抗という意味でも面白い内容でした。
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