差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

ミツバツツジ

2020年03月31日 | 日記

 2株あるミツバツツジ雪帽子を被っていたが、咲きかけていた花もあまり痛めつけられることもなかった。だが、今年の花は心なしか小ぶりのような気もする。

 このミツバツツジ、街では庭木として植えられている家がそこここにみられは街の春を知らせる光景の一つである。

 この花が咲き始めると想い出すのは郷里の野山に咲くアカヤシオの花(五葉つつじのアカバナ)である。夏井川渓谷の岩肌を彩るアカヤシオの群生地はとくに有名で、あの光景を想い出すだけで少年の日を回想する。ともに訪れた友の多くは旅立ってしまったが、、、。

 いつか、また訪れてみたいものである。 

 昨日は 10,186歩


北風と太陽

2020年03月30日 | 日記

 昨日の季節外れの大雪で、小学生の時学んだ教科書に出ていた北風と太陽のイソップ物語を思い出した。暖冬だ、暖冬だと言っていることに北風が怒りもう一度勝負に挑み「俺様の存在を忘れてもらっては困る」と話の1シーンのように誇示したのだろうかと、、、。つまるところ太陽が旅人の上着をぬがせることになり勝者となる話に、子供心に安堵したことを覚えている。

  ところで、世界は新型コロナ問題解決解決のため苦慮している。争っている場合ではない。北風の力も太陽の力も含めあらゆる力を動員し克服してもらいたいものである。日々のニュースを耳にし、人様の命はそのウイルスに対してなんと脆いものなのだろうかとつくづく想う。

 昨日は 5,643歩


一才桜旭山

2020年03月28日 | 日記

 可愛がっている盆栽の一才桜「旭山」今年も見事に花をつけてくれたのでアップしてみた。ピンク色で八重咲の可憐な花で、先日アップした富士桜とはまた違った趣がある。こんな小さな鉢でも楽しめる盆栽向きの桜ということか、しばらく植え替えをしてないのでそろそろということかな。秋になったら、、、。

 今朝は予報通り雪となった。屋根や木々には白く積もり始めている。寒い、、、今日は花見はできない、旭山を愛でながらレコード鑑賞とするか。

 先日「レコード高価買い入れ」の誘い載せられ、断捨離もかねて店に持って行ったが店員が「クラッシククはねぇー」との話、案の定査定0円ということで送り返されてきた。交響曲や協奏曲などクラシック曲シリーズ物で21巻などである。クラシックファンが減っているということと関係していることか。

 当時LPレコード1枚2,000~3,000円したものである。カラヤンだフルトヴェングラーだ、オイスラッフだメニューインだと友と語り合ったのは、、遠い昔のことである。

 昨日は 11,363歩


桜を愛でる会

2020年03月28日 | 日記

 例年、集いでは有志を募り「桜を愛でる会」を行ってきたが、今年はコロナ騒ぎでそれどころではない。アップしたのは、皆で愛でていた自治会集会所前の桜である。今年も人様の騒ぎとは関係なく満開の美を見せてくれている。

 葉桜の一種だが、見事な株立ちの大木である。この地が分譲地として開発されてから半世紀、どなた様が植樹されたか記録がないので調べようもないが、名木となったことを伝えたいものである。

  ところで、その近くに実生の山桜の苗を平成16年度役員時の記念として植えたが、葉芽の近くに丸い花芽が初めてついているのを見つけた。16年目にして咲いてくれることになるのかな?

 昨日は 12,681歩 


ヤマブキ1輪

2020年03月27日 | 日記

 郷里の山から移植したヤマブキ、繁茂しすぎた割には花の数が少ない。刈込みがまずかったのか。その中の貴重な1輪をアップしてみた。

 故郷の野山を懐かしむ花の一つである。この山吹を愛でて思い出すのは芭蕉が詠んだ句である。

   ほろほろと 山吹散るか 滝の音

 国語の時間に学んだこの句の意味するところは別として、今思い浮かべるのは田舎の野山の萌える林の中でひときわ目立つ山吹であり、近くの滝の地名である。

 今朝、一輪挿しに挿そうと枝に触れたらぽろぽろと散ってしまった。こんな様を見て「人の世の儚さ」を芭蕉は教えていたのだろうか、、、。

 

 兄がお世話になっているホームからコロナ問題で面会を月末からさらに延ばして4月15日まで遠慮してほしいとの連絡あった。今の世情だと更なることもあるかもしれない。どうしているかなぁー、、。

 昨日は 10,687歩


サツキの世話

2020年03月26日 | 日記

 アップしたのは紅梅という品種のサツキである。花芽の一部かき取りしたり、余分な枝の剪定をしてすっきりした株たちの姿である。

 今サツキの世話で忙しい。というのは数多く盆栽を楽しんでいた兄がホームに入り一部町内の方々に引き取ってもらったりしたが、多く世話することになったからである。数えてみると自分のものも含めて44鉢もある。

 これらの鉢、齢とともにいずれ面倒見切れない時が来る。どなた様かわからないが愛好家へバトンタッチするまでの預かり物、せいぜい今をかわいがっていこう。多くの盆栽愛好家が名木を創ってきたようにはできないが、、、。

 作業中は、煩悩具足の輩でも無心となり愉しいものである。

 昨日は 9,313歩


新芽はなぜ赤い?

2020年03月25日 | 日記

 アップしたのは、秋にきれいな紅葉を見せてくれない我が家のヤマモミジ、その代わりということではないだろうが、今赤い新芽を伸ばしてきた。

 まるで紅葉しているように見える。春芽吹くもので赤いものが多くある。その理由をネットで調べてみると 植物の春の新芽にはもちろん葉緑素(クロロフィル)が含まれていますが、紫外線に弱いため、赤い色素であるアントシアニンが盾になって、紫外線から葉緑素を保護しているということですとある。やがてみどり葉になるのだが、そういうことか。

 アントシアニンが盾となっているのは昨日アップした梅の実の一部もそうだ。やがて青梅になるのだが、、、。人様にもアントシアニン効果があり、いろいろなところで頑張っているのだな

 昨日は 11,592歩


梅の実

2020年03月24日 | 日記

 このところ暖かだったり寒かったりと天候が安定しない。桜が咲くころを花冷えという言葉がある通り今朝は10℃を下回った。そうした中でも梅たちは、早くもアップ(野梅系)したように実をたくさんつけ大きくさせている。

 豊後系は花の2,3割ほどしか実をつけないが、野梅系は、花の7,8割実をつける。その代り実を大きくさせる中で自ら摘果する。これは我が家の梅たち特有のことかもしれないが、例年そうである。

 豊後梅は実も大きく初めから摘果するという無駄なことをしないのかもしれない。それもかれらの知恵か、、。

 昨日は 11,533歩

 


明日ありと、、、 

2020年03月23日 | 日記

 ウォーキング中、頭上を見上げると青空をバックに山桜が咲いていたので撮ってみた。郷里では、今3分咲きとなったソメイヨシノの木はなかったので子供のころ桜といえば、山桜である。改めて懐かしさの想い出とともに愛でてみる。

    明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは

 この期に思い出す親鸞聖人が仏門に入る前に詠んだ歌、いろいろな解釈がなされている。その一つに桜を自分の命に喩え、「明日命がある保証がない、今が真剣に生きることが大切である」との思いが込められているというのもあるそうだ。

 昨夕、K氏の訃報を届く。自治会創立10周年行事推進で自分は自治会副会長として、彼は記念運動会実行委員長として共に協力した仲間の一人である。小学校の校庭をお借りして大勢の参加者を前に挨拶している彼の姿を思い出す。

 同世代の彼の旅立ちの知らせを聞くにつけ親鸞の歌ではないが、今を充実した生活をしているか、いたずらに馬齢を重ねていないかと寂しさの中で反問してみる、、、。

 昨日は 11,916歩

 

 


シロバナウグイスカズラ

2020年03月22日 | 日記

 萌え始めた林を散策していると葉より開花が先のものも意外と多いのに気づく。アップしたのはその仲間ウグイスカグラの花で珍しい白花のものである。

 葉や枝ぶり幹の様子はピンクに花を咲かせる一般的な木と全く同じであるが花だけシロバナなのである。

 よく散策で通る道の傍であるが、開花期で初めて気づいたことになる。うれしくなり早速花々を愛する方に紹介したり、友にメールで写真を送ったりした。ピンクの花が99%と多い中で初めて見る花、大切に保存されたいものである。

 昨日は 10,405歩