続いて取り上げる露西亜文学は、ドストエフスキーである。今度は総革本だ。日本橋区本銀町2丁目にある鷲尾浩が代表を務める冬夏社から、1921年(大正10年)8月8日に四六判、天金で総革装訂708ページで刊行された。頒価は4円と幾分お高い。
鷲尾浩!冬夏社!と聞いてむずむずする人は、古書病(やまい)のお人だ。それも相当に重症である。
『ド翁書簡集』 ドストイェフスキー著 新城和一訳 ドストイェフ . . . 本文を読む
日本人は露西亜は嫌いだが、露西亜文学は好きな人種である。プーシキン、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフそしてゴーゴリ。皆、全集が出ている。妙なことだが、戦前の日本でも同様であった。社会主義、共産主義がタブーとされた日本において、露西亜革命が起きた聖地の露西亜文学は、憧れを持って読まれていたのだろう。
社会主義者、共産主義者、無政府主義者は反国家テロ集団として弾圧され、いわゆる . . . 本文を読む
森林太郎の序文が付いた戯曲『シラノ・ド・ベルヂュラック』だ。背革装訂も美しい白水社の造本。保存のいい綺麗な本をなかなか見かけない昨今、今回紹介する一本はかなりの美本であろう。記番はされてはいるものの、1500部も発行されたのでは有り難味は薄い。しかし、保存状態が非常に良いので購入した。
『シラノ・ド・ベルヂュラック』 エドモンロスタン 森林太郎序 辰野隆、鈴木信太郎訳
1923年(大正11 . . . 本文を読む
川路柳虹の『詩學』を紹介する。背革平マーブル装訂が非常に美しい、著者自慢の一本であろう。三方にもマーブルを施す装訂は、西洋ではありふれた製本だが、我国ではなかなか珍しい。背にはマウントらしき形跡も確認できるが、フェイクのようだ。
装訂者は長野乙彦と奥付に書かれているが、発行部数や装訂デザインに関する記述がないので、詳細は不明である。
『詩學』 川路柳虹 1935年(昭和10年)4月5日 耕 . . . 本文を読む
江戸川柳の難句でエロティックな下半身の話題中心のバレ句、『誹風末摘花』研究の第一人者・富士崎放江こと、富士崎和一郎は、1874年(明治7年)新潟県水原町に生まれた。生来流浪を好み、一ヶ所にじっとしていられない彼は、全国各地を放浪した。そのため、自らを江湖放浪主人と称し、後にそれを縮め放江と号した。
1902年(明治35年)、28歳の時に福島に流れ着き、ここを生涯の地としたようだ。中公文庫にもある . . . 本文を読む
煙草のチェリーを一日20本吸う愛煙家・土岐善麿の随筆につけたタイトルが書物展望社の『紫煙身邊記』。
天金、背革平緑布装訂の愛蔵版50部をご覧頂こう。
『紫煙身邊記』 土岐善麿著 書物展望社 1937年(昭和12年)1月10日
B6判 天金 背革平装訂 愛蔵版50部 記番識語署名入 函 318ページ 2円50銭
エスペラント語の話、新聞活字鋳造の話、謡曲の話が盛り込まれた土岐善麿の小品集 . . . 本文を読む
書物展望社の石川三四郎著、『不盡想望』を紹介しよう。
天金、総革装訂で特製版100部。
記番と識語、署名が入っている。
『不盡想望』 石川三四郎著 書物展望社 1935年(昭和10年)12月18日
四六判 天金 総革装訂 特製版100部 記番識語署名入 函 348ページ 3円
識語は老子の言葉より、「聖人無常心以百姓心為心」を選んだ。
「聖人は常心無し百姓の心をもって心と為す」と読む。 . . . 本文を読む
清水組の『工事年鑑』である。
『工事年鑑』 皇紀2559年 株式會社清水組
工事年鑑、皇紀2559年、株式會社清水組とだけ書かれている。
皇紀2559年、清水組によってなされた建築現場写真集である。
そこには、官公庁、ホテル、百貨店、大学から料亭、個人の家まで黎明期の昭和の建物が息づいている。
特に、大日本帝国の植民地であった朝鮮や満州、台湾といったいわゆる外地の建造物までも位置を指し示 . . . 本文を読む
業平橋際、235メートルになった東京スカイツリーを深川から撮影した。
634メートルが最終形。
これは、武蔵の国の語呂合わせで、むさし、634。
634メートルになったという。
深川から撮影した東京スカイツリー
月島から撮影した東京スカイツリー
マンションの少し上、頭だけのぞかせているのが、東京スカイツリー。 . . . 本文を読む
『色里三十三所息子巡禮(いろさとさんじゅうさんしょむすこじゅんれい)』を紹介しよう。
『色里三十三所息子巡禮』
これは、江戸時代の岡場所の案内冊子である。
4丁8ページからなり、江戸府内三十三箇所の岡場所名、蝋燭代(遊興代のこと)が簡潔に書かれている。
読み捨てにされるガイドッブクといってもいいだろう。
それだけに、伝世は稀である。
右下、27番には、深川仲丁のことが書き記されて . . . 本文を読む
中山省三郎によるツルゲェネフの『獵人日記』。
上巻発行から半年以上もかかって、ようやく下巻は上梓された。
そのためか、上巻の初刷1300部に対して、下巻は1000部と300部も少ない。
売れなかったのかなあ。
古書では圧倒的に上巻だけ見つかる。
上巻下巻で、造本に差はまったくない新四六判、和紙刷、天金で背革5段マウント装訂である。
ただし、下巻奥付には、上巻で記載のなかった、印刷者と製本者の名 . . . 本文を読む
『散文詩』が好評のため、第一書房社主・長谷川巳之吉が次に企画したのは、中山省三郎訳ツルゲェネフの『獵人日記』であった。
まず、『獵人日記』上巻が、1933年(昭和8年)9月10日、新四六判、393ページ、初版1300部、2円50銭で刊行された。
長谷川巳之吉は、『獵人日記』の装訂を『散文詩』から、がらりと変えてきた。
華奢な10代のうら若き女性といった総革本の『散文詩』に対して、『獵人日記』は . . . 本文を読む
茨城県下妻出身、早稲田大学露西亜文学を専攻した中山省三郎の第一書房デビューは、ツルゲェネフの『散文詩』だった。
総革装4段マウントのその姿は、まことに美しく、和紙刷りの本文とあいまって、一旦手に取れば我が物にせざるをえない清楚で華奢な様相の本である。
『散文詩』について長谷川巳之吉は、こう書いている。
「中山君の『散文詩』の出現は色々な方面から非常な好感と好意とをもって迎へられましたので、産 . . . 本文を読む
大塚幸男訳によるアナトール・フランスの『わが友の書』である。
ご存知の方も多いと思う。
第一書房の革装訂本で、入手しやすい本の筆頭に上げられる一本。
私も初期蒐集時代に手に入れた。
それから何度も入手した『わが友の書』は、愛着のある本だ。
第一書房の革装訂本(背革本や背コーネル革装本も含む)で、夜鴉亭革装コレクションに最初に加わったのは、確か『獨り思ふ』だったと思う。
以前、ここで紹介したが、背 . . . 本文を読む