コエトオトからはじまる

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縁起良くしめくくる

2007-12-30 18:05:35 | はしやすめ
先週月曜日から金曜日までの5日間、
連チャンで忘年会でした。

あたしゃサラリーマンか!?

といいたくなるほどでした(笑)。

で、ある忘年会で下北沢のとあるお店に入り
鯛のお頭をいただきました。
このお店は、出してくれるものすべてが家庭の味。
ベーコンやハム、梅干しなども手作りだったりする、
素敵なハートのお母さんがシェフなのです。

オリーブオイルで味付けされてレモンを軽くふった
焼いたお頭が絶品。ひとり一皿出してくれたものだから
みんなそれぞれ鯛の身をむしるのに没頭です。

すると誰かが
「鯛の鯛だ!」

おっ!?

見ると、かわいらしい魚の形。
そう、鯛の胸鰭とエラの間にある骨がその正体です。

縁起が良く、お財布に入れるとお金が貯まるとも云われますよね。

こうなると俄然みんなが「鯛の鯛」をさぐりだしました。
ほじほじ・・・
すると私の鯛にもいました、かわいい鯛が!
(写真がその鯛の鯛です)
よくよく見ると、この鯛の鯛は受け口で
とてもキュートじゃあありませんか。

私は大事にこれを持って帰り
洗って、いま戸棚の上においてあります。
やはりこれは財布の中に入れるべきでしょうか(^^)

私はこうゆう“縁起の良いもの”は無視できない質です。
たとえば、ウチから駅に向かう途中、
真正面に神社の鳥居が見え、拝殿が見えます。
そうするとどうしても私は、通りからでも一礼し
家族の健康を祈ったりするのです。
いつも通る道が神社に通じているなんて
なんて縁起が良いんだ!と私は密かに感激、
その通りを私は「参道」と呼んでいます。

何かの宗教に依るわけでなく、
ただ自分を守ってくれるもの、力をかしてくれるもの、
質してくれるもの・・・
そう勝手に信じているものに対して
畏れ、縁起が良いと思って大事にすることも
決して悪くはないと思います。
「もの」だけでなく「人」に対しても
同じ事が云えるかもしれませんね、
いま書きながら気づきました。

そんなこんなで年の瀬です。
来る2008年が皆様にとって良い年となりますように。


そんなこんなの年末

2007-12-29 04:40:30 | はしやすめ



先日、特異な3日間を過ごしました。
「過ごした」というより「こなした」といった方が正しいでしょう。

1日目、朝からイベントの仕事で東京ビッグサイトへ。
そのまま夕方まで仕事、そして打ち上げにも参加。
次の日が早出なので23時には帰途につきました。

そして次の日5時起床。早朝から夜8時まで千葉で仕事をした後、
都内に戻ってそのまま泊まり勤務に入りました。

3日目の朝、泊まり勤務を8時半に終えたあと
着替えるために一旦帰宅。ただしシャワーの時間がとれず、
着替えて髪を整えたらスグ都内の仕事場へ向かうしかありません。
16時にその仕事を片づけて家に戻り、ここでようやくシャワーを
浴びることが出来ました。
そしてその夜は、とある忘年会に出席したのですーーー。

数えてみたら、私は最長36時間、同じメイクを落とさずにいました。
これは肌に悪い!全く自慢すべきことではありません。
体力の消耗よりも、シャワーを浴びる時間がない、
顔も洗えなかったのがショックです。

世の中には驚異の体力で仕事をこなす人もいるようですが、
このような強行はなるべく避けたいもの。
つづくと絶対に体をこわします。体あっての仕事です。
それに私、お肌の調子が狂うのも、それが顔に出るのも
嫌です、女性として。

ではどうすればいいかーーー。

仕事を一所懸命やろうとすると加減はなかなかできませんが、
自分を「長持ち」させるための“やりくり”は必要ですよね。

例えばどこかで「寝貯め」するーーー。
何を隠そう凡人の私は睡眠がとても好きなのです。
くたくたになってベッドに入り、顔まで布団を被ったときは
至福の瞬間です。
私の辞書に“不眠症”という言葉はありません。
よいのか悪いのか。

また頭の中が全く別のことを考えるようにするのも手です。
私の場合、例えば茶道やフラメンコをやっているときは
別の脳が働き集中して、それまで疲れていた部分を開放してくれます。


年末の疲れがピークに達しているであろう今日この頃、
みなさん、どうかご自愛くださいませ。



和の知恵

2007-12-25 23:59:29 | はしやすめ


知人から手ぬぐいをいただきました。
(写真のフォーク&スプーン柄)

ウチにはいろんな手ぬぐいがあります。
嵩張らず洗ってもすぐ乾いて重宝します。

手ぬぐいの両端はまつっていません。
切ったままで布くずが出ています。
これは、一説によると
昔日本人は下駄や草履を履いていましたが、
その鼻緒が外出中に切れたとき
取り急ぎ手ぬぐいを手で引き破って鼻緒代わりにしたという、
そのため手で引き破れるよう切ったままの状態にしてあるとか。

ほほぉ~。

鼻緒の代わりでなくとも、手ぬぐいはたっぷり長さがあるし
薄手だけど割としっかりしているので
外出時に持って出ると何かと役に立ちそうです。

使い捨ての習慣がなかった頃、
あるいは長持ちが美徳という意識が強かった頃、
いろんな知恵があって、それは貧しさではなく
むしろ、かけがえのない豊かさに感じます。
そうした発想を忘れたくないと
いただいた手ぬぐいを眺めながら思うのでした。




ちょっとお金の話

2007-12-23 10:20:39 | はしやすめ


景気は良くなってるというけれど、
私のお給料は全然上がらない。

最近生活用品や食料品が少しずつ値上がりしている。
インフレが来るの?

これから金利は上がるの?じゃあお得な預けどころは何かある?

などなど、フトお金のあれこれが気になることがありませんか?

例えば自分の資産運用に関して、とても研究している人がいる一方、
とにかく無駄に使わないこと倹約することで防御している人もいる
かと思います。
どれが正しいとか私から云えた立場ではありませんが、
いまの日本の政治、政策によって
お金の流れがどうなりやすいのか、
お金の価値がどう変化しようとしているのかを
知っていて損はないかと思われます。

そこで一冊の本をピックアップ。
ファイナンシャルプランナーの深野康彦さんが書いた
「家計崩壊」(講談社+α新書)¥800(税別)

「年金世代はどんどんビンボーに」
「メガバンクの定期預金よ、さらば」
「株式は金利上昇局面がお好き」
「原価30円の一万円札の価値」
「不動産は換金性が低い」
「保険の予定利率ってなに?」

このようにちょっと「!」とくる見出しをちりばめて
経済関連のニュースなどをチラと見ただけでは
なかなか分からない専門的な話から
銀行や証券会社、保険会社と付き合えば
誰でも浮かんでくる疑問について
硬軟とり混ぜて解説してくれています。

タイトルだけをみると煽っているように見えますが(笑)、
中味は、多くの“お金よろず相談”を引き受けている
ファイナンシャルプランナーの知恵伝授なのです。

私は何事も(実行するしないは別として)
知らないことが一番の罪!
と思うので紹介しました。参考にしてくださいませ。



知る、考える

2007-12-18 23:58:27 | はしやすめ



ハワイのカウアイ島にある米軍施設から発射された
「模擬弾道ミサイル」が、
海上自衛隊のイージス艦「こんごう」から発射された
SM3(海上配備型迎撃ミサイル)なるものによって
大気圏外で迎撃されたーーー。

その実験のニュースと、“見事”命中させ“成功”を喜ぶ
関係者の姿をテレビで観ました。

日本の防衛大臣が
「今回成功したから100%大丈夫となるものではないが
 我が国の迎撃システムの信頼性向上が大きく前進した」
と胸を張ったとしても、
その映像は私にとってそんなに気持ちの良いものではありませんでした。

こうした日本の弾道ミサイル防衛には、今後「兆円」単位の
お金がかかるらしいです。イージス艦の配備や、
首都圏や中京・京阪神地区など計16カ所で配備を進める計画の
PAC3(地対空誘導弾パトリオット3)などのために。

          ※(参考asahi.com)

防衛大臣は、金の話をするとエモーショナルになるのでいけない、
というようなニュアンスで話もしておられましたが、
では防衛のためならすべて私たちは目をつぶり口を閉じなければ
ならないのでしょうか?

私が「気持ちの良いものでなかった」理由は、
“テロ対策”“防衛手段”と但し書きがつけば
何かとスルーされようとする今の日本の体制もさることながら、
死の恐怖と戦う薬害肝炎の患者さんたちの声、
領収書を出さないと年金を払わないといわれ戸惑う良き市民の声、
財源確保のためだといって障害者から応分の利用費をとろうという
障害者自立支援法のためケアを制限せざるをえない人やその家族の声、
などをきくと、「鬼気迫るお金が必要な場所」は
もっと他にあると思えるからです。

優先順位をつけるのが政治家。
選挙を意識するのも政治家。

ならば、彼らに、無関心や諦めをきめこむ
「お任せ体質」の国民だと思われちゃああまりに勿体ない。
意識して「知る」。そして「考える」。

静かに強くそう思うのです。





地物をいただく

2007-12-15 23:55:11 | はしやすめ

仕事で博多を訪れ、
しかも日帰りだったので
そりゃあんまりだろう・・・ってんで
せめて旨いもんでも食べて帰ろうと
空港で搭乗を待つ時間を利用して
寿司屋に入りました。

ご覧のような立派な地物をつかったにぎり。
もう最高でした。

最高なんですが、
真ん中辺りに車エビのにぎりがありますよね?
むいた頭と殻は焼いてくれています。

パクパクとにぎりを食べ進めていたところ、
仕事仲間が

「あっ、動いてますよ」

などと云うのです。
車エビが動いたというのです。
えぇっ!?と思って見ましたけれど動いていません。

「ちょっとぉ、見間違いじゃないんですかぁ?」
と笑いながら半信半疑、箸で車エビをつんつんつついてみたら


ひ、ひぇーーーーーーーーーーっ!


身がぴくっと動き、つづけて尻尾がぴくぴく
反り出したのです!


ぎょえーーーーーーーーーーーっ!


大騒ぎして所謂“どん引き”状態の私に対し、みなさんは
「何云ってんですか、新鮮な証拠じゃないですか(笑)」

・・・確かにそうなのですが、
調理される前の元の姿で活き活きとしているのならわかるのです。
そう、たとえば「白魚の躍り食い」なぞは
そのままの姿でぴんぴん跳ねているから大丈夫な気がするのです。
食べたことはありませんが。

しかし・・・
包丁を入れられて、皮をむかれて頭もとられて
にぎりになった状態なのにぴくぴくされると
もう“新鮮”というより“痙攣”としか
思えなくなったのです。

そういえば、たとえば鰺の刺身で、身は刺身になっていて
楊枝を刺した骨と頭と尻尾をお飾りでつけてくれる盛りが
ありますよね?
あれも時々ピクつくことがありますよね?
ちょっと“引き”ますもん、私(笑)。

やむなくその車エビは他の人に食べていただきました。
いえ、正確にいうと、他の人の車エビと交換してもらったのですが、
(本当は車エビを食べたいのです)
交換した車エビも、また私の皿の上で
ぴくぴくしたから、もうダメでした。

車エビは好きなのに、
お寿司は大好きなのに、
箸が止まることってあるんですねーーー。

でも、そのお寿司屋さんの名誉のために申し上げますが、
ネタはどれも最高でした。
ひけらかさないが意気込みを感じる、
そんな寿司でした。


“師走病”に抗う

2007-12-11 23:59:34 | はしやすめ


そんなに意識しなくとも、12月に入ると知らず知らず
みんな概して“師走病”にかかりますね。
何だかしらないけれど慌ただしい。

お歳暮の発注、
忘年会、新年会、
年賀状の用意、
年末年始の仕事、
帰省のチケット予約、
クリスマスの予定、
餅代の捻出、、、

みなさん、この中のどれかは当てはまるでしょ?
お金を使うことが多いときですねぇ。ふぅーっ。

ボーナスのシーズンだからか、消費を促すような
街のイルミネーションがまたせわしない。
明るすぎてモノが溢れていて
ボーナスには縁のないフリーランスの私なんぞ
街が眩しすぎます。

ここはひとつ、マイペースを崩さないようにしたいものです。

世間は世間、自分は自分。
流されず踊らされず。
やるべきことをやり、やりたいことをやる。

こうありたいものです。


漱石の命日だけど龍之介のはなし

2007-12-09 10:22:50 | 朗読あれこれ


きょうは夏目漱石が49歳で亡くなった日です。
大正5年、今から91年前のことでした。

漱石の門下生は著名人が多いことで知られ
漱石山房で開かれていた「木曜会」には
錚々たる顔ぶれが集っていたそうです。

そのメンバーに、漱石の晩年
ひとりの天才も加わりました。

それが芥川龍之介。

漱石は、芥川が東京帝国大学英文科在学中に発表した
『鼻』を賞賛。
あの、なかなか人を誉めなさそうな(笑)漱石が誉めたのですから
芥川に俄然スポットライトが当たったことでしょう。

その恩義を感じてかどうかは定かではありませんが、
漱石の葬式のようすを書いた、芥川の短いエッセイ
『葬儀記』
という作品があります。

漱石は9日に亡くなって10日に東大で解剖が行われ
12日に青山斎場で葬式、落合火葬場で荼毘に付されましたが、
(芥川龍之介「羅生門・鼻・芋粥」(角川文庫)の注釈より)
まだ漱石山房に漱石の遺体が横たわり
数々の弔問をうけているとき、
芥川も先生との別れをと、寝棺をのぞきこみます。


・・・
僕はその前で、ほとんど無感動に礼をした。
「これは先生じゃない」そんな気が強くした。
(これは始めから、そうであった。現に今でも僕は
誇張なしに先生が生きているような気がしてしかたがない)
僕は、柩の前に一、二分立っていた。


そうして芥川は漱石との別れをすませ外へ出るのですが
またこう思うのです。


・・・
ところが外へ出ると、急にまた先生の顔が見たくなった。
なんだかよく見て来るのを忘れたような心もちがする。


このほか文章は淡々と書かれてあるのですが、
芥川の心が浮遊している様子がうかがえます。
やはり喪失感があったのかな、と感じました。


芥川はじめ門下生中心による斎場での受付係の様子、
受付係は葬儀のすむまで受付に残っていなければならんといわれ
憤慨し、受付を閉じて葬儀に参列した話、
泣くのを我慢していたのに、久米正雄と目が合い、彼の目に
涙がいっぱいにたまっていたのを見て、とうとう芥川も泣いてしまった話、
なども興味深いです。


漱石の命日によろしければご一読あれ。