CAROUSELAMBRAの歴史を簡単に紹介するシリーズも今回が最終話。
2007年の3月・・
義母のやってるお店のお客さんで音楽が好きな人がいた。義母がワシの店を紹介してくれて、その人はCAROUSELAMBRAに飲みにきた。 席に座るといろいろ聞いてきた。「この店は誰でも演奏させてくれるの?」「音楽はどんなジャンルでもいいの?」
それに答えると、その人はすぐに携帯を取り出して電話をかけた。
「ライブができるいい店をみつけたからすぐにそこを切り上げてこっちにおいで」
そのうちドヤドヤと集団が入ってきた・・・お店のチラシを見ると「ぼくらのやっているサークルとこの店のコンセプトが同じなんです」 名刺を取り出すと熱く語りだした。二枚の名刺には・・呉フォーク村、村長〇〇とひげ助役〇〇と書いてあった・・最初はぜひライブを一度させてほしいという話から、、次第に話は盛り上がり月一の定例ライブを・・・という話になった。
単発のライブというのはこれまでもたくさんあったが、月一の定例の契約というのはワシの店でも初めてのことだった・・
「フォークかぁ~」正直ワシは思った。ワシはアコースティックも大好きだし日本の音楽も大好きなのだが、どうもフォークという響きは学生運動、反戦歌のようなイメージでアレルギーがあった。 しかしどんなジャンルも拒まないというのが店のコンセプト、月一で売り上げが見込めることも魅力だったので引き受けた。
こうして、月一の呉フォーク村定例ライブが2007年の4月からはじまったわけだ。何度か回を重ねてみると、フォークといっても昔のフォークばかりではなくって、若いやつらもいるしポップスや最近のJ-POPなども演奏するんで、純然たるフォークというライブじゃなかったんでワシ的にはよかった。いつだったか、イムジン河を演奏されたときはさすがのワシもまいったけど・・ メンバー(彼らの用語では村民という)の中にはROCK好きな人もたくさんいたのでうれしかった。ワシも時々セッションに(彼らの用語ではコラボという)参加させてもらったりもした。
彼らのおかげで店に新しい灯がともった。
ちょうど同じ時期・・
お店が暇だったのでインターネットで、昔大好きで、自分も目指したJAPANESE HEAVY METALのバンドやメンバーの今の消息や今の活動状況を探して楽しんでいた。
ひょんなことで、このサイトにたどりついた。
http://suemi.sblo.jp/category/528584-1.html
(その時以来ずっとこのサイトは、誰のどういったサイトだかわからなかったのでその時以来みることはなかったのだが、先日SHARAさんのブログで紹介されているサイトを開いてみたらこのサイトだったので、びっくりしたし、うれしかったしみんなにも紹介したいのでこの投稿を書く気になったのだ)
そこには昔からずっと大好きだったEARTHSHAKERのMARCYのインタビューが掲載されていた。
これを読んでワシは打ちのめされた・・まさに真理が語られていた。「志」・・ワシが少し忘れかけていたものの答があった。日々をしっかり生きていないやつには夢がつかめない・・・ハンマーで殴られたような思いだった。涙がボロボロとこぼれてきた。
その日からCAROUSELAMBRAもワシも変わっていった。フォーク村に輸血されMARCYの言葉に心臓マッサージを受けて覚醒した。・・フォーク村の人たちに「奥の部屋がきれいになってる~」とか言われたのがこのころかなっ
自分のこれまでのそしてこれからの「志」に音楽というワードがある人は、ぜひ上記のインタビューを読んでもらいたい。・・・ワシがいつも店で語っている言葉が実は彼からの受け売りだってことがバレちゃいますけどね・・
だけど、そこから頑張って日々を挑戦者のように生きてきて、横浜でバッタリMARCYに再会して、これまた人生の歯車が大きく回りだしたんだから、運命ってすごい。
ちっぽけな店だけど、これからも挑戦者でありつづけるよ。
ひとまずFin・・