NAO'S BAR

LIVE & SHOTBAR CAROUSELAMBRA
ライブ案内
広島県呉市中通3-4-18 2F

SHOCK ME

2008-07-31 17:05:21 | インポート

とんでもないニュースが入ってきた

アメリカが前回の変更を見直して日本古来の領土である「竹島」を実質韓国領と見直すという発表をしやがった。覇権国家米国のなんとも相変わらずの身勝手、一方的な、自国の利益しか考えない、ウンコ国家である。

当然、国際司法裁判での決定ではないから、ただのアメリカの主張で、日本さえ譲らなければ、なんら変わるものではないのだが、それでもあの感情だけで生きているファッキン韓国のことだから、ますますつけあがっていくに決まっている。

思えばなんで日本人ってこの領土問題に関心が薄いんだろう・・・領土の問題は国の主権にかかわる問題だから、もっともっと国民一人一人が日本古来の領土というものに執着心をもって取り組まないと、・・・

今はさほどワシも過激ではなくなったけど、その昔は「北方領土の日」には、集会に参加したり、ある団体の中国地方代表とかもしたりしてた・・。きっと、いまの日本人は終戦直後不可侵条約を無視してソ連が北から侵攻してきた歴史なんかは教えてもらわないんかな・・

福田も内閣改造なんてことやってるひまがあったら、積極的に領土問題に取り組めよ

おばさんたちも相変わらず韓流とかのDVD観てるのやめろよ、、、あんたらおばさんだって、自分の家や家の庭に他人が包丁持って住みついたらイヤだろうが

韓国の竹島の実効支配ってのはまさにそういうことをされてるんだよ

勝手な主張で日本の領土をぶんどろうとしている韓国も悪いが、日本人の無関心、日本政府の弱腰外交も悪いよ。西村真悟先生のような人が外務大臣にでもなってくれないと無理かなぁ・・

まあ、しかし、こうしたことで盛り上がって、実際に国際司法裁判にかけて決定してもらうように、今一度日本国家も立ち上がってほしい。まあ、韓国はなんだかんだ言ってテーブルにつこうとはしないだろうけどね。


2008-07-30 14:00:53 | インポート

奥歯一本抜いた・・

いよいよ体の疲れもピークになってきて、、、ワシ歯が昔から弱点で疲れると歯ぐきがはれたり膿んだりするんだよ・・・で、前からグラグラだったんだけど、ここにきていよいよなんにも噛むことができんくなって・・抜いてもらった。。。抜くのはなれてるんで、全然平気・・歯抜くの慣れてるって言うのも問題ありだが・・

で、やっと噛めるようになったんで、うれしいっす。この間は、たくさんもらった活きのいいサザエでサザエご飯炊いたんだけど、自分で作っておいて肝心のワシが噛めなくて全然たべれなかったのが悔しくて・・・・・今日はこれまたもらった音戸のちりめんで、ちりめん&ワカメご飯でリベンジおいしゅうございました・・

このところすこしギターの練習する時間が取れないんで、今日あたりから気合入れて練習しないとな・・でも自宅のレッスンルームのエアコンが壊れてるみたいで・・暑くて自宅でのレッスンはちょっと無理・・ワンちゃんたちも暑さでへこんでます。080730_131909 ちょっと早めに店に行って練習しようかな

今とても気になっていること・・思うように自分のバンド活動ができてない・・ってこと。なにせバンド活動はワシの命の源だからな、、最近時々やってる弾き語りなんかじゃあ全然ダメダメ

たまにバンドやりたいってやつがいても、ワシとやるとなるとみんな尻ごみするんだよね・・別にワシ怖くないし・・そりゃあ志高いんで厳しいところはあるけどさ・・

いまやってるバンドは、ドラムが広島市在住だったり、ベースが潜水艦乗りだったりするので、なかなか都合もつかず、、もう半年以上もライブができてない。

先日のMARCY & MASTER BANDで気持ちに火がついているだけに、この現状は大変もどかしい。

メインのバンドは一年に一度くらいのスペシャルなものにして、もう少し気軽に集まって月二回くらい7~8曲くらいのミニライブができるようなメンバーがいないものだろうかね・・前にも書き込みしたけど、女性ヴォーカルのバンドがやりたいんだけどなっ・・なかなかいないよね、音楽的趣味がワシと合って、歌が歌えて、ルックスもそこそこの女性って・・・

あとはブルースロックのバンド・・

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黄昏

2008-07-27 21:02:20 | インポート

天気のいい日曜日だっていうのに、ハニーは友達とお泊まりで海 娘は今度あるミュージカルの練習・・・でワシはひとりさみしく留守番、、

最近ずっと天気がいいので洗濯物もたまってないし・・

夕日が沈む黄昏時・・テレビからはサザエさんが流れている

夏といえば、、嫌いなものがたくさんあるが、、ワシはあの日本テレビがやってる24時間テレビ、愛は地球を救う・・・・とかいう奴が大嫌い、、マジ嫌い。。涙の押し付け、善意の押しつけ・・特に善意の押しつけはあまりにもうっとおしい

で、今日は暇だったので、、まったく趣旨はちがうフジテレビの27時間テレビを観ていたんだけど・・あらためて、「さんま」のエンターティメント性のすごさに感服してしまいました。昨日から27時間のうち、仕事した時間と寝てた時間以外の17時間くらい拝見させてもらったのだが・・ずっと笑いっぱなしだった、、、最近の若手芸人なんてまだまだ子供だね。

あのとことんまで人を楽しませようとする芸人魂というかプロ根性というのは、ワシらミュージシャンにも参考になりますよ。アマでもプロでも、かりにも人に聴いてもらうからには努力や気迫、熱意、そんなものが感じられないとね・・・ワシの店で演奏する若い人たちに一番欠けてるところじやないかね。・・年齢は関係ないか・・・。先日も一応がんばってバンドやってま~すっていう若い奴らが飲みに来たんで、一曲やらせてあげたんだけど、こいつら客に背中向けて演奏しやがる・・・うちの店は練習スタジオじゃあねえんだよ


限界LOVERS

2008-07-26 14:04:32 | インポート

毎日うだるような暑さだねぇ~

テレビではアホコメンティターが「これも地球温暖化の影響でしょうか・・」とかアホコメントを繰り返す。。夏は暑いんだよなんでもすぐに地球温暖化とか環境問題に結びつけるなっちゅうの

まあ夏は暑いけど洗濯オヤジとしては、洗濯物がすぐ乾いてくれるからうれしい朝洗濯したら、昼過ぎにはもうパリパリに乾いてるもんね。

ワシの店のある商店街では、夏の間「土曜夜市」というのが催される。もともと高知と交流のあった商店街の店主たちが40年くらい前に高知の朝市を真似て始めたものだ。その昔はたくさんの夜店もでて、商店街のお店も10時くらいまで開けてたので、それはもう大変な人出でたいそう盛り上がったものだが・・・

一生懸命企画しているやつらには申し訳ないのだが、いまや時代遅れのこういう企画はハタ迷惑でしかない。モラルのかけらもない若い奴らは、ゴミやたばこのすいがらを道に捨て放題だし、うちの一階はヒーリングサロンだから、騒がしいので臨時休業するしかない。喜んでるのはテキヤとヤンキーだけ。

だいたい夜市というからには「市」なんだよね、、「マーケット」なんだよね・・・その概念がすっぽり抜け落ちて「祭りかイベント」くずれのものになっちゃってる。マーケットなのに商店街のお店は早々と店じまいしてるし、、そりゃあスイカ割りとか、企画があればいつもよりは人は出てくるよ・・でもそういう非日常の時しか街に出てこない人がたくさんいたからといって、成功では決してない。イベント好きのやつは、いかに非日常を作り出すか、という概念しかないから、人出を作り出すためにすぐイベントを持ってくる。でも本当に活性化に必要なのは、そういう非日常的な光景をどう日常化していくかということ、、、、、おっと、まちづくり活動から完全撤退したワシが意見してはいかんな・・

まあ、そんなうっとおしい土曜夜市もうちの店には関係ない。店の中はROCKでガンガン外の雑踏の雑音なんて全然聞こえねえ・・(しかし隣とかが火事にでもなったら完璧逃げ遅れるね・・ワシ)

Top_img 明日は寺田恵子姐さんのバースデー明日はお店休みなんで今日はSHOW-YAデー特にお客さんからのリクエストがないかぎりSHOW-YAがガンガン流れてます


あの日聴いた歌に抱かれ episodeⅤ

2008-07-24 15:44:47 | あの日聴いた歌に抱かれ

1983/6/21 以降たくさんの関西HEAVY METALバンドがメジャーデビューした。

ワシも上京してきた頃の熱い想いがよみがえってくるようで、このムーブメントにどっぷりとハマった。ライブを見に行く回数も格段に増えた。それもいままでのようなホールでのコンサートではない。新宿ロフト、渋谷エッグマン、鹿鳴館といったライブハウスだ。外タレのように何年かおきに来日するのではない、まさに日替わりで、いろんなライブハウスでギグがあるのだ。ライブハウスに行くことはワシの日常となった。

と同時に、ワシも忘れていた想いを振り起こして、ミュージシャン活動を始めなければ・・・と思った、、しかし、やはり3年間のギャップはいかんともしがたいものだった。たしかに毎日ギターの訓練だけはかかさなかったので、テクニック的にはなんの問題もなかったのだが、いかんせんどっぷりつかったミーハー大学生活で、苦労するということを忘れてしまっていた。いまさら知らないメンバーとバンド活動を始めようというガッツをどこかに置き忘れてしまっていた。あと、東京といってもワシの住んでるあたりでは、やはり、関西のような熱いムーブメントは起きてはいなかった。・・その後これではいかんと関東で奮起したひとつのバンドが出るのだが、そしてそのメンバーとも時を越えて交流ができるのだが・・・まだ、東京は関西からくる黒船にファンとして観戦していたような状況だった。

大学3年の頃のワシはといえば、やはり基本は女の子にもてなければいけないということで、ファッションも当時はやったデザイナーズブランドに身をかため、髪型は刈り上げのテクノカット・・・というなんともミーハー街道まっしぐらだった・・しかし、EARTHSHAKER..44MAGNUM等に出逢って、こんなに身近にROCKを感じられるようになって、ワシは変わった。大学のまわりの仲間や女の子からヒンシュクを買いながら髪を伸ばし始めた。金髪にも染めた。恰好から入るのだけでなく、いつでも出番があってもいいように一心不乱にギターの練習もした。

ワシは親との約束で、4年間は自由に大学生活を過ごしてもいいが、きちんと4年で卒業して、卒業したら田舎に戻って家業を継ぐための修行をするという約束をしていた。4年間仕送りをして、ワシを自由にしてくれた親を裏切って、東京に残って音楽活動をすることはワシにはできなかった。

Img020 いっぱしのROCK兄ちゃんが完成形に近づいたころ・・

いよいよ関東勢が関西勢に負けてたまるかと逆襲をはじめた、そう、あのANTHEMが声を上げ始めたころ・・

ワシは大学を卒業して、田舎へと戻ったのだ

大学生活は楽しかったし、ミュージシャンになるという道も自分で閉ざしたのだから、特に後悔というものはなかった。

ただ、いまでも、あの時東京の大学ではなく、関西の大学に進んでいたら、どうなっていただろう、、と思うことはある。ワシの後輩のヘボい丁稚のようなやつでも、関西の大学に進学して、メジャーデビューしたりしていたのだ。ただそんなことは誰にも分らなかったことで、普通は音楽やるなら東京を選ぶのが当たり前だしねっ

田舎に戻ったワシは親の会社を手伝いながら、スタジオミュージシャンもどきのような事をたまにしていた。まあこれは、当時はまだカラオケはテープのようなものしかなく、曲数も少なかったので、お客さんの要望で自主製作のカラオケテープを作ったりするときに、ギターひいたりしてただけで、稼ぎはなかったけどね・・

その後親父が亡くなって、、もうワシのわがままで今のLIVE&SHOTBAR CAROUSELAMBRAをやり始めたっていうわけ。そしていま、呉の情熱ROCKバカがここにいる。

ワシの人生の転機となった四枚のアルバム・・あれから25年が経過するけど、EARTHSHAKERのアルバムを最後に人生の転機になるようなアルバムに出合っていない。

5枚めの人生の転機となるアルバムに出合う日はあるのだろうか・・

あの日聴いた歌に抱かれ  the end

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