Randonneur旅日記

おじいちゃんの自転車一人旅
輪行サイクリングと
のんびりポタリング

御荷鉾スーパー林道へ(その2)  2018年10月28日 日曜日

2018-11-06 08:34:29 | サイクリング・自転車旅
 翌朝、民宿のおかみさんに聞いてみた。
「鹿は鳴きますか」
「鳴きますよ。今朝も鳴いていましたよ。聞こえましたか」
「ええ、聞きました。夜中にも、明け方にも、ひゅう~、ひゅう~と聞こえましたが、あれは鹿の鳴き声ですよね。なんだかとても悲しげに聞こえました」
 夜中にふと目が覚めたとき、布団の中で耳にした遠い笛の音のような不思議な音を思い出す。
「IWAさんは聞こえましたか」
「いいえ、わたしは」
 若いIWAさんは眠りが深かったんだね。
「熊は出ますか」
「熊も出ますよ。鹿やイノシシはしょっちゅう出ます」

 まだ夜が明けたばかりの、宿の窓からの景色だよ。静かな景色だ。
「川の向こうの銀杏が黄色く色付くととてもきれいなんですよ」
 昨夜おかみさんが言っていた銀杏はたぶんあの銀杏だろう。形のいい、きれいな銀杏だね。まだすっかり黄葉はしていないが、十分に見事な美しさだよ。



 朝食だよ。
 定番の鯵の開きが出てくるかとおもったら、新鮮な鮭の切り身が出てきたのでうれしかったね。それに南牧村の名物のしそ巻きもあって、とてもおいしくご飯をいただいたよ。



 さあ、いよいよあこがれの御荷鉾スーパー林道へ出発するよ。とてもよく晴れた朝だ。きっとすばらしい景色に出会えるだろうね。
 民宿の玄関の前でおかみさんに写していただいたよ。



<南牧村(民宿)→大仁田ダム→御荷鉾スーパー林道→児玉>



 本当にいい民宿だったよ。また来たいと本気でおもったほどだ。
 冷たい朝の空気の中を、まずは大仁田ダムをめざしてペダルをこいでいくよ。
 大仁田川の水音が谷間に響いている。道はすこしずつ勾配をましてくるよ。







 青空の下、朝日をあびた山々がすごくきれいだ。左手の少しとがった山は、きっと烏帽子岳だろう。烏帽子岳は特徴のある形をしているよ。



 朝明けから間もない大仁田の集落だよ。古びた橋、そしてひっそりと静まりかえった家々のたたずまい。雰囲気のあるいい景色だね。





 大仁田ダムだ。
 集落を過ぎるあたりから勾配がまして、ダムまでの2キロほどは10%を超えるところもあってちょっとつらかったよ。





 いよいよ林道を上っていく。
 御荷鉾スーパー林道の起点は、南牧村の雨沢からさらに南牧川に沿って県道93号を進んだ勧能というところにあるのだが、今は日が短い季節なので無理をせず、ここから林道に入ることにしたんだよ。



 序盤かなりきつい勾配を上ると、左手にきれいな山の姿が現れた。青空を背に、朝日をいっぱいに受けている。紅葉もちらほら見られるよ。
 あの山は、たぶん三ッ岩岳だろう。



 そしてこちらは南牧村や下仁田方面の景色だ。もう、かなり上ってきたんだね。



 舗装路はダートに変わったよ。勾配はすこし落ち着いたが確実に高度を上げていく。





 日差しは明るく、空気は冷たく、ダートの上りには最適なコンディションだよ。





 沢すじにすっと立つ大きな木が目に止まった。



 昨日の朝の雨で水溜りもできていたよ。



 静かだなあ。山々の景色もすばらしいなあ。いい林道だなあ。







 このあたりのダートは勾配もかなり厳しいよ。10%ほどだ。路面の状態は大きめの石が多く、とてもガレている。
 IWAさんはパンクを警戒して歩き始めた。
 IWAさんの自転車はブロックタイヤをはいていたが、リアのタイヤがかなりすりへっていたんだ。
「そろそろ替えようとおもっていたんです」
 みみ爺も、大きな石ころに乗り上げてともするとバランスを崩しそうになるので、自転車を押すことにしたよ。
 しばらくは二人とも自転車を押して歩いたが、IWAさんの歩く速さはみみ爺よりはるかに速いんだ。みみ爺は時速3~4キロ、IWAさんは5~6キロのスピードだよ。どんどん距離が広がっていくんだ。



 山の形が奥武蔵や秩父辺りとは違うね。ゴツゴツしていてとても力強い山容だよ。
「房総の山とは全然違いますね」



 トンネルだよ。このトンネルを抜ければ塩之沢峠への下りになるのだろうか。



 トンネルの出口の方は日があたっていて、紅葉が輝いている。



 トンネルから先は下りになるのかと思ったら、ダートのままなおも上りが続くよ。
 しかし落葉や紅葉が最高にいい雰囲気だ。空気もとてもひんやりとしていて気持ちがいい。





 ようやく舗装路に変わったよ。長く厳しいダートだったっよ。



 久々の舗装路の下りはじつに快適だよ。



 垂直に切り立った崖を、真下から写したんだ。青空と紅葉がすばらしい。
 頭上に垂直に立った崖はすごい迫力だよ。



 どこを見ても日ざしと紅葉がいっぱいだ。



 ここが塩之沢峠だよ。正面の道は“西上州やまびこ街道”で、南牧村、下仁田へ下る道だ。スーパー林道は右手へ上っていくんだよ。



 塩之沢峠からこのトンネルまでのおよそ600メートルはいくらかきつい勾配だったが、そこからの勾配はすこし落ち着いたよ。



 途中の景色を楽しむ余裕もうまれた。





 秩父方面の二子山や両神山も遠く望むことができたよ。





 真っ赤な紅葉が美しい。



 林道から急勾配のコンクリート舗装の道を上がったところにある御荷鉾スーパー林道展望台からの景色だよ。まさに絶景だね。秩父の山々から山梨方面の大弛峠の方まで見渡せる。すごい展望だ。





 マウンテンバイクで来ていた若者に写してもらったよ。



 展望台から林道へもどる道だが、やっぱりかなりの勾配だったね。みみ爺は上ってくる途中で力尽きて自転車を押してきたんだよ。



 快適な舗装路を行く。





 木でできた砂防ダムだよ。



 ここは10年ほど前の台風で大崩落したところだ。舗装路が跡形もなく消えている。ここからの展望は、先ほどの展望台からのものと比べても負けず劣らずすばらしかったよ。









 崩落箇所を迂回する道はダートだ。



 舗装路にもどるのかと思ったら、ずっとダートのままだったよ。IWAさんはとても速い。すぐに姿が見えなくなる。









 ダートの路面の状態がすこしよくなって、また自転車にまたがる。





 杖植峠付近だ。標高1477メートル。このへんが御荷鉾スーパー林道のピーク地点だね。



 峠からすこし下ったあたりで、枯葉の上に腰を下ろしてお昼にしたんだ。
 ちょっと大きめのおにぎりと玉子焼きがとてもおいしかった。
 民宿で用意してくれたお弁当には、このほかに黒砂糖のお菓子とアメ、それにペットボトルのお茶までついていたんだ。民宿のおかみさんに大感謝だよ。



「民宿、よかったですね」 
「よかったですね」
「今日はIWAさんにご一緒していただいてほんとうによかったです。私一人ではちょっと自信がなかったんですよ」
 さていよいよ下りだ。時刻は午後2時にすこし前だよ。日が暮れるまであと3時間ほどだ。急いで下ろう。林道途中で日暮れを迎えたらとても危険だからね。



 走りやすいがダートは続くよ。



 小さな展望所があったよ。熊出没注意とある。



 オレンジ色のウインドブレーカーを着た熊さんか?



 木々にさえぎられて展望はなかったよ。



 神流町の標識だ。ここからようやく舗装路に変わるのかな。



 雲が出てきてちょっと心配になったよ。





 これも垂直に切り立った崖を、カメラを上に向けて写したんだ。



 紅葉がきれいだね。御荷鉾林道は今が紅葉のピークかもしれない。



 舗装区間はそれほど長くは続かなかったよ。道はふたたびダートにもどってしまったんだ。



「苔がいい感じですね」
 と、IWAさん。



 落ち葉と紅葉がすばらしい。



 木の枝越しに富岡、高崎方面が眺められたよ。



 ダートの道はまだまだ続くよ。でも走りやすい路面だ。



 公園休憩所だね。



 こちらの管理棟には無料のウォーターサーバーがあるんだ。みみ爺はからになったペットボトルに水を満たさせていただいた。



 それにしても、みごとに色付いているね。



 ダートの下りはまだまだ続くよ。





「形のいい山ですね」
 と、IWAさん。
 たぶん御荷鉾三山だ。手前がオドケ山、左が西御荷鉾山、右奥が東御荷鉾山だね。夕日をあびて、紅葉がすばらしい。



 ようやくダートが終わったようだよ。時刻は3時半を過ぎた。山陰はもう薄暗くなってきた。



 道を急ぐ。





 ここが塩沢峠だね。御荷鉾スーパー林道には、塩之沢峠と塩沢峠と名前の似た峠が二つあってまぎらわしいね。



 山はいよいよ日暮れが迫る。道を急ごう。暗くなる前に林道を出なければね。





 ひたすら下り坂をとばすよ。秋葉峠もそのまま通過だ。





 ここは西御荷鉾山の登山口になっているところだ。“不動明王三叉の鉾”だね。天を突き刺すように立っている巨大な立派な鉾だよ。
 不動明王の足元にも三叉の剣(鉾)が供えられているね。





「現在の標高はまだ1000メートル以上あります」
「ずいぶん下ってきたようですけど、まだそんなにあるんですか」
 と、IWAさん。



 先を急ぐ。林道は刻一刻と暗くなってくるよ。林道を出るまであとどのくらい時間がかかるのかわからない。とにかく暗くなる前にはなんとか林道を脱出したい。



 こんなきれいな山の夕暮れの景色を横目に、ひたすら下って行く。



 後ろから、
「そんなに急がなくても…危ないですよ」
 と、IWAさん。
 しかし、ちょっと心配なみみ爺は急勾配の下り坂をとばす。



 日が落ちるよ。





 美原トンネルを抜けてまもなく、三波川へ下る道へ。



 やっとのことで三波川だよ。いい感じの古い橋があった。





 ようやく県道177号に出たよ。
 暗くなる前になんとか林道を出ることができて一安心だ。



 後はただ児玉駅へ向かうだけだ。
 御荷鉾スーパー林道はほんとうに景色のすばらしい林道だったね。

 ところで、みみ爺は今、五木寛之の「親鸞」という小説にはまっているんだ。
 弟子の唯円が親鸞に語るところがある。
「浄土を憧れる気持ちは本当でございます」「それでも私は、大好きなものがこの世にたくさんあるのです。朝はやくおきて凜とした冷気の中に身をさらすとき、子供たちの無邪気に遊びたわむれる声をきくとき、みずみずしい野菜の色や形を目にするとき、そして美しい女性と出会うとき、わたしはどうしようもなく胸がはずむのを感じないではいられません。やわらかな日ざしをあびて、空の雲の行き来を眺めるときもそうです。寒い日に熱い粥をすするときもそうです。町のにぎわいも、野良犬さえも好きなのです」
 みみ爺はこのくだりにとても感動をおぼえたんだ。
 みみ爺はもうこの年だ、死ぬのがそれほどこわいとは思わない。もちろん浄土や天国があるからと思っているわけではない。そもそも浄土や天国があるとは考えていない。
 死ぬことはそれほどこわいわけではないが、もちろん死にたいわけではない。むしろその逆で、ただただ、いつまでも生きていたい、死にたくないだけだ。親鸞の弟子の唯円が言うように、この世には大好きなものがたくさんあるからなんだ。日の光、風の音、雲の流れ、小鳥のさえずり、舞う蝶、ころげまわる子犬、あたたかい朝ごはん、そして、すばらしい林道。そんな大好きなものに満ちたこの世界から、いつかかならず去らねばならないときが来る。みみ爺はそれがとてもつらい。

 ここは県道299号にある今日最後の坂を上った場所だ。
 眼下を流れる神流川の景色だよ。ほっとした気持ちで眺める川の景色はとてもおだやかだ。



 日はすでに山の向こうに沈んでしまったんだね。



 もうすぐ児玉駅だ。
 今日はほんとうに疲れたけれど、こんなにすばらしい、こんなに楽しい旅はなかったよ。IWAさんにご一緒していただいたおかげだ。
 IWAさん、ありがとう。お疲れ様でした。
 そしてみみ爺もお疲れさん。
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御荷鉾スーパー林道へ(その1)    2018年10月27日 土曜日

2018-11-04 13:47:56 | サイクリング・自転車旅
 夕べから今朝にかけて雨が降っていたんだ。それもかなり激しくだ。天気予報では昼から晴れるというので、信じて家を出たよ。
 天気予報のとおり、高崎についた昼前には雲の隙間に青空も見え隠れしはじめたんだ。明日は秋晴れまちがいなしだよ。
 
 今日は高崎から南牧村まで行くんだ。距離はざっと40キロ。暗くなる前には南牧村の民宿に着くことができるだろう。

<高崎→下仁田→南牧村(泊)>



 一緒に走っていただく自転車仲間のIWAさんが駅の階段を下りてきたよ。いつもと変わらぬいでたちだね。そこに何かホッとさせる人柄が感じられる。



 IWAさんがあらかじめ調べてきてくれた人気店でお昼を食べたんだ。安くておいしい卵とじのカツ丼だよ。さすがに地元の人気店だね。入れ替わり立ち代り客の途切れることがなかったよ。(食べかけで失礼)



 すっかり天気もよくなった。昨夜から今朝にかけての雨がうそのようだよ。
「きっと明日は、天気最高ですね」
「そうですね、最高でしょうね」
 雨上がりでちょっと蒸し暑い。しかしペダルは軽いよ。
 聖石橋だ。遠くに小さく高崎白衣大観音の姿が見えるね。



 市街を抜けるとめっきり車の数がへった。
 空はすっかり晴れて、いくらか涼しく感じられる秋の日ざしが降りそそぐ中を、ゆるやかな勾配で県道203号を上っていく。



「朝の雨がうそのようですね」
「ほんとにすっかり晴れましたね」
 10%近い勾配の坂を700~800メートル上ったところで右手を見ると、白衣大観音の斜め後姿がまじかにそびえていたよ。この有名な観音様は標高190メートルの観音山の山頂にあり、観音像自体は41.8メートルもあるそうだ。



 さらに県道203号を行くよ。紅く色づいた木々もちらほら。その下をIWAさんは力強く上っていく。



 ほんとうに信じられないほどいい天気になったよ。遠く、明日走る御荷鉾山が見えるね。明日が楽しみだ。



 県道171号は車がまったく来ない。旧道ではないが、まるで“旧道”というような雰囲気だ。すごくいいね。





 県道をそれて、右へ細い道を入ると、またいっそう雰囲気がよくなったよ。
「いいですね、この道は」
「いいですね」








 立ち枯れた木の姿が美しい。干してある稲わらが日をあびている。





 上り坂になるとIWAさんが俄然速くなる。というより、みみ爺が遅くなるのか。



 ゴルフ場の横断橋だね。立派なもんだね。ゴルフ場には金があるんだね。



 県道に出たよ。道を少し間違えて遠回りをしたけれど、いい道を走ることができたのでよかった。



 県道10号だ。この辺は富岡市になるんだね。青空の下を走るのはやっぱり気持ちがいいね。



 この川は高田川だ。川北橋のうえから写したものだ。青空を映した小さな水面がきれいだよ。



 しばらくは国道254号を行く。車が多いので、歩道を走ったり車道を走ったり。



 天台宗の施無畏寺という寺の前を通過する。寄ってみたいが車が多く、道路を渡るのが面倒くさい。



 あれは教会の建物だろうかね。比佐理橋北という三叉路だ。



 国道をそれると、下仁田ネギの畑が広がっていたよ。下仁田ネギは他の品種のネギとくらべて太いのが特徴だね。
 ネギ畑の向こうに横たわる山並みがきれいだ。



 国道わきにある“道の駅しもにた”はなにやら工事中だったよ。よってみようかと思ったが、なんとなくやめた。



 国道をはずれると、国道とは違ってとても静かな道だよ。







 ふたたび国道だ。石渕橋の上からの鏑川の景色だよ。



 ここは、はねこし峡というそうだ。下をのぞくと谷がとても深い。



 上信電鉄の2両編成の車両だ。ほかにもいくつかかわいい塗装の車両があるらしい。



 東部大橋からの眺めだよ。午後の日をあびた山と川がきれいだね。



 こちらはまた別の橋だ。牧口橋というらしい。川は南牧川だよ。この川沿いに、今日泊まる南牧村まで行くんだ。



 もうすぐ4時になるよ。日が傾いてきて、夕日に染まる紅葉が美しい。



 しばらくは風景に目を奪われながら、少し急ぎ足にペダルを回したよ。







 山陰にひたひたとよせてくる夕闇に、ひっそりと沈み込むように家々が並んでいる。



 古い橋の向こうには、夕日をあびてきれいに色づいた山と、その背後には明日の天気を想わせる青空があるよ。



 おや、こんな石仏があったよ。



 “道の駅オアシスなんもく”で一休み。
「オアシスとは砂漠にあるものだが、ここは山ばかりだ。なんでオアシスと名をつけたのか意味がわからん」
 IWAさんは道の駅の名前がいささか不服のようだ。





 南牧川を渡って、川の反対側を走ってみる。





 右手は南牧小学校のグラウンドだ。



 ふたたび県道にもどる。村の家々は日暮れを迎えて静まり返っている。磐戸の集落だよ。





 もうじき暗くなる。宿へ急ごう。







 山の村は日が落ちるとたちまち暗くなるね。
 道の先に小さく、とがった岩山が夕日を背にして立っている。大岩、碧岩というらしい。



やっと民宿に着いたよ。どうにか真っ暗になる前に着くことができてよかったね。



 こちらの宿は、ぎりぎり昨夜予約が取れたんだよ。
 ほかにいくつか宿をあたったけれど、すべて断られてしまったんだ。土日の直前だから無理もない。
 こちらの民宿は何度電話をかけてもつながらず、だめもとで、とりあえず名前と電話番号を留守電に入れておいたんだ。
 夜になっても連絡はなく、今回は御荷鉾林道はあきらめようと思っていたところ、9時過ぎになって、留守電に入れておいた民宿から電話がかかってきたんだよ。
「留守にしていてすみませんでした。明日は宿泊だいじょうぶですよ」

 おかみさんは用事で山梨の知り合いのところへ行っていたそうだった。そして昨夜帰ってきたという。
 建物はけっして新しくはないが、中に入ると部屋も廊下も浴室もトイレも、すべて掃除が行き届いていた。そのうえ畳も壁も、まるでリフォームしたばかりのようにきれいだったよ。
「自転車は玄関の中に入れてください」
「ほかのお客さんが入れなくなりませんか」
「だいじょうぶですよ。みんなキャンセルになっていますから」
 さらに、
「せまかったら廊下に上げていただいてもいいですよ」
「いいえ、ここで十分です。そこまでいっていただかなくても、だいじょうぶです」
 とIWAさん。
「たいせつな自転車に雨露があたらないですむのはほんとうにありがたいです」



 おかみさんにビールを注いでいただいて、IWAさんは恐縮しながらも上機嫌だ。



 料理はすべて新鮮な材料を調理したものだった。しかも、品のある味付けと盛り付けでと、てもおいしくいただいたんだ。



 “おっ切り込みうどん”という郷土料理のおいしさは特別だった。山梨のほうとうにも似ていたが、なんとも上品な味だったんだ。このうどんを食べたら、もうすっかりお腹が一杯になってしまって、みみ爺はもちろん体積の大きなIWAさんもお釜のご飯には手が出せなくなったよ。



 部屋は、8畳ほどの広さの部屋がふすまをへだてて二部屋用意されていたんだ。ふすまを開けたとき、そこに二人分の布団が敷いてあってびっくりしたんだ。まさか二部屋も使えるとは想ってもいなかったからね。まさに貸しきり状態だ。民宿の対応はみみ爺たち二人に至れり尽くせりだったよ。
「いびきがうるさいので、絶対に耳栓を用意してきてください」
 来る前にIWAさんはつよく言ってたけれど、布団一組をテレビの置いてある部屋へ移すことで、二人それぞれ別々の部屋で寝ることができたので、いびきはお互いに気にせずに眠ることができたよ。
 夜中に目が覚めたとき、IWAさんのいびきはほとんど聞こえなかった。IWAさんが気にするほどではないようだったよ。
 IWAさんのいびきのかわりに、遠くの方でひゅう~、ひゅう~と不思議な音が聞こえた。それはなんだかとても物悲しい響きで、みみ爺は妙に目が覚めてしまったんだ。何の音だろう。動物の鳴き声のようでもあるし、遠く山の中ので吹く笛の音のようでもあったんだ。なんだろうと考えているうちに、いつかまた眠ってしまった。くるまっている布団は、民宿にありがちなしけっぽさもなく清潔でとても温かかったよ。

 明日はいよいよ御荷鉾スーパー林道へ出撃だよ。
コメント (8)
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