○ 現実を現実として受入れるまでにこころは年経たるなり
『風谷』所収、昭和四十七年の作である。
作者の清水房雄氏は、「現実を現実として受入れ」なければならない、と言っているのでは無い。
「現実を現実として受入れるまでに」、作者ご自身の「こころは年経たるなり」と言っているのである。
つまりは、「現実を現実として受け入れる」必要性の自覚を主題にしたと言うよりも、「現実を現実として受入れるまでに」自分の「こころ」がなってしまう程に、自分は「年」を「経た」のである、という自覚を主題にしたのである。
本作をお詠みになられた当時の作者のご年齢は五十七歳。
わずか五十七歳にしてこの自覚。
平成二十二年の今と昭和四十七年当時とは、日本人の平均寿命も違うし、時間の進行速度にも大きな差が在るのかも知れません。
しかし、今年の夏に古希を迎えた私は、未だに「現実を現実として受入れ」られないで、うろたえて居るのである。
本作の作者の「受入れ」なければならなかった「現実」とは、漸く命脈の極まりつつある<アララギ>。
そして職業人として、教育者としての自分の果たすべき役割り。
そして、渡辺家の家計の担い手としてのご自分のお立場など、色々様々でありましょう。
作者の清水房雄氏は、五十七歳にしてその全てを「受入れる」ことが出来、それを「受入れる」ことが可能になるまでのご自分のご年齢の積み重なりをご自覚なさって居られるのである。
さて、古希を過ぎたるこの鳥羽省三の「受入れる」べき「現実」とは何か?
かつて明眸皓歯を以ってうたわれたわが妻は、額と目元とに無数の皺が寄り、歯と言えば、口中入れ歯だらけとなり、今日の午後、その命の綱の入れ歯の手入れをしていたら、その入れ歯が割れてしまったと言って、只今、妹の車に同乗させていただいて、旧居住地近くの歯科医にお出掛けになっていらっしゃるのである。
そして、明日・水曜日になれば、私にとってのもう一つの「受入れる」べき「現実」としての次男が、はるばる鷺沼からプジョー(自転車)を飛ばしてやって来るのである。
〔返〕 現実はかくの如くに重くして我は齢を重ぬるばかり 鳥羽省三
『風谷』所収、昭和四十七年の作である。
作者の清水房雄氏は、「現実を現実として受入れ」なければならない、と言っているのでは無い。
「現実を現実として受入れるまでに」、作者ご自身の「こころは年経たるなり」と言っているのである。
つまりは、「現実を現実として受け入れる」必要性の自覚を主題にしたと言うよりも、「現実を現実として受入れるまでに」自分の「こころ」がなってしまう程に、自分は「年」を「経た」のである、という自覚を主題にしたのである。
本作をお詠みになられた当時の作者のご年齢は五十七歳。
わずか五十七歳にしてこの自覚。
平成二十二年の今と昭和四十七年当時とは、日本人の平均寿命も違うし、時間の進行速度にも大きな差が在るのかも知れません。
しかし、今年の夏に古希を迎えた私は、未だに「現実を現実として受入れ」られないで、うろたえて居るのである。
本作の作者の「受入れ」なければならなかった「現実」とは、漸く命脈の極まりつつある<アララギ>。
そして職業人として、教育者としての自分の果たすべき役割り。
そして、渡辺家の家計の担い手としてのご自分のお立場など、色々様々でありましょう。
作者の清水房雄氏は、五十七歳にしてその全てを「受入れる」ことが出来、それを「受入れる」ことが可能になるまでのご自分のご年齢の積み重なりをご自覚なさって居られるのである。
さて、古希を過ぎたるこの鳥羽省三の「受入れる」べき「現実」とは何か?
かつて明眸皓歯を以ってうたわれたわが妻は、額と目元とに無数の皺が寄り、歯と言えば、口中入れ歯だらけとなり、今日の午後、その命の綱の入れ歯の手入れをしていたら、その入れ歯が割れてしまったと言って、只今、妹の車に同乗させていただいて、旧居住地近くの歯科医にお出掛けになっていらっしゃるのである。
そして、明日・水曜日になれば、私にとってのもう一つの「受入れる」べき「現実」としての次男が、はるばる鷺沼からプジョー(自転車)を飛ばしてやって来るのである。
〔返〕 現実はかくの如くに重くして我は齢を重ぬるばかり 鳥羽省三