臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

『NHK短歌』観賞(東直子選・2月20日放送)

2011年02月23日 | 今週のNHK短歌から
[特選一席]

○  おのおのの臓器(オルガン)はこぶ面持ちにサラリーマンが下げ行くカバン  (富士宮市) 林 充美

 「サラリーマンが下げ行くカバン」の中には、何かとても大事な大事な宝物が入っているに違いないと、私はかねてより密かに思っていたのですが、この一首に接してその謎がやっと解けました。
 彼らが後生大事に抱えているあの「カバン」には、彼ら「おのおのの臓器(オルガン)」が入っていたんですね。
 それならば、毎朝毎朝、彼らが神妙な「面持ち」であの重い「カバン」を下げて行く謎が氷解致しました。
 林充美さん、ご教授とてもありがとうございました。
  〔返〕 ケータイもパソコンもまたオルガンで月給鳥は人間でなし   鳥羽省三


[同二席]

○  野の花を描いた鞄で旅してた発芽を許す土を探して  (北海道礼文町) 杣田美野里

 あの「野の花」から引き離されて、風のまにまに空中を漂う植物の小さな種の袋状の物のことを、専門用語では何と言うのでありましょうか?
 それはともかくとして、あの風の吹くままに空中を漂う植物の種を抱えたあの袋状の物のことを、「野の花を描いた鞄」と表現したのは、お第「鞄」を生かしたなかなかのアイディアでありましょう。
 また、その「野の花を描いた鞄」が「発芽を許す土を探して」「旅してた」というのも、なかなかの思いつきでありましょう。
 でも、本州や遠くシベリアやカナダからまで、「野の花を描いた鞄」が飛んで来て芽生えたとしたら、高山植物の宝島みたいな、あの礼文島の植物生態に狂いが生じませんか?
  〔返〕 飛んで来い我が狭庭辺に芽生へせよ遠き礼文のレブンアツモリソウ  鳥羽省三


[同三席]

○  知らぬ町流るる車窓一枚の辞令を入れし鞄抱きおり  (和歌山県上富田町) 西方耕三

 在るがまま、流されるままの自分ご自身を映し出した佳作である。
  〔返〕 一枚の辞令の軽さに較べたら鞄は重い胸に抱いて   鳥羽省三


[入選]

○  村人の最期の心音拾いたる義父(ちち)の聴診器鞄に残る  (熊本市) 横手まゆみ

 作者・横手まゆみさんの御義父殿はお亡くなりになる直前まで、「村人」たちの診察や治療に明け暮れていたのでありましょう。
  〔返〕 肥後の在 音に聴こえし赤ひげの聴診器にて鞄に残る   鳥羽省三    

○  たましひの尻尾のやうにストラップ左右に揺らす少女のかばん  (高松市) 嶋本和子

 作中の「少女のかばん」の中身は、言わずと知れたケータイである。
 「少女のかばん」に入っている携帯電話の「ストラップ」を「たましひの尻尾のやうに」とした直喩が卓抜である。
 昨今の「少女」たちにとっての携帯電話は、まさしく「たましひ」そのものであり、彼女らは、ケータイをまるでキリスト教徒の十字架のようにして、教室内であろうが車内であろうが、胸に戴いて居るのである。
  〔返〕 祖母の持す護符の如くも尊びて携帯電話を少女は抱く   鳥羽省三


○  柔らかなリュックはときに枕としすっからかんと陽射しを浴びる  (真庭市) 奥山和俊

 「すっからかん」の身の上ともなれば、天下無敵、太平楽でありましょう。
 それだけが財産の「柔らかなリュック」は「ときに枕」となり、時には“ダッチワイフ”ともなるのでありましょうか?
  〔返〕 お日様は人を選ばずフーテンの和俊さんを隈なく照射   鳥羽省三   

○  道端に鞄投げ出し少年は嗚咽のごとき草笛吹けり  (岡崎市) 山本初枝

 不躾で育ちの良くない「少年」などと評したら、作者・山本初枝さんの創作意図に反することにもなりましょうが、でも、いくら何でも、「道端に鞄投げ出し」までは、誉める気にもなりません。
 また、私ぐらいの年輩の者ならば、「草笛」を吹くぐらいのことは、小学校に入学する前から容易く出来て、人前で吹くのは貧乏たらしくて恥ずかしいからと、人に隠れてそっと吹いていたものでした。
 それが、今になってみると、まるで民俗音楽の伝承者みたいに推奨されたりして、本当に笑っちゃいますね。
 と、申しても、私は何も、本作の内容や出来栄えについて否定的な意見を述べているのではありません。
 ただ単に、現代社会の若者の風俗について、一言述べたかっただけのことであります。
 そう言えば、嘆かわしいのは若者だけでは無く、私たち高年齢者でも同じことでありましょう。
  〔返〕 誠実と言えなくもない抑止力は方便と言い撤回もせず   鳥羽省三


○  就活の資料にふくらむ黒鞄に顎(あぎと)預けて女子(をおみご)眠る  (岡崎市) 阿部啓子

 愛知県の岡崎辺りでもそんなご様子でしたら、北海道、東北、四国、九州辺りの「就活」事情は、見るも無惨な真っ暗闇でございましょう。
 “活動”の「活」を伴った二字略語が「部活」しか無かった時代のことがまるで夢のように思われます。
 それが今では、「就活」「婚活」に始まって「終活」までも在ると言う。
 あの時代に都市銀行や大手証券会社や大手商社などにご入社なされた女性が、今でも極くたまに支店の窓口などで見受けられますが、ご尊顔を拝し奉るだけでその時代が判るような気がします、などと申し上げたら総スカンでありましょうから、前言を翻します。
  〔返〕 お洒落着で会社訪問何故しないお局様に意地悪される?   鳥羽省三


○  さりげなく鞄を左にもちかえて右手をあけた君の手よ、こい  (相模原市) 長沼直子

 狭い歩道に於ける“手繫ぎ歩行”は、他の人の通行の妨げとなりましょう。
 相模原界隈は特に歩道の未整備が目立ちますから、下手したらダンプに追突されて命に関わりますよ。
 冗談で申し上げているのではありません。
  〔返〕 上溝も相模大野も危険です淵野辺辺りは益々危険   鳥羽省三


○  女学生黒光りする鞄提げ友と語らい校門抜ける  (春日部市) 川康弘

 「女学生」にして「黒光りする鞄提げ友と語らい校門抜ける」とは、恐らくは、絶滅を危惧されている純情一方、真面目一方のお嬢様でありましょう。
 でも、そのお嬢様を誑し込んで遣れ、と“手薬練引いてる”不良学生が、春日部辺りにもうようよして居ますから、御父母様方はご用心の程を。
 一つの目安は、お嬢様の「鞄」の「黒光り」の程度でありましょうか?
  〔返〕 三月期カバンは潰れ光り無し耳に穴開けチャラチャラを下げ   鳥羽省三
 冗談ですよ。
 あくまでも冗談なんですよ。
 お気持ちをお楽にしてお笑い下さい。


○  われだけに父は中身をそっと見せ閉じた鞄のように逝きたり  (和光市) 中門和子

 作者のご尊父様はどんな「中身」を見せて「閉じた鞄のように」逝ったのでありましょうか?
 ご尊母様とご結婚なさる前の淡い初恋?
 作者が生まれた頃の出来心からの浮気体験?
 それが原因でのご尊母様の実家とのご確執?
 評者の想像力は尽きることを知らないのである。
  〔返〕 通夜の席開けてびっくり革鞄入っていたのは認知届だ   鳥羽省三
 冗談ですよ。
 あくまでも冗談なんですよ。


○  出稼ぎより帰りし夫の鞄には小亀も混じりて子等への土産  (能代市) 泉 昭子

 「亀」を飼育することの“癒やし効果”については、昨日の記事中で記したばかりである。
 本作の作者・泉昭子さんのご夫君は、「出稼ぎ」中にも留守家族の寂しい生活のことをご心配なさって居られ、この度の帰郷のお土産として、旅行「鞄」の中に、そっと「小亀」をしのばせていらっしゃったのでありましょう。
  〔返〕 小亀より大金持って来れば良い亭主出稼ぎ女房溌剌   鳥羽省三   
 という訳でもありませんでしょうが、でも、現実的に“癒やし効果”の高いのは「小亀」よりも“大金”であることは事実でありましょう。
 冗談ですよ。
 あくまでも冗談なんですよ。


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