
ある男が橋の上で絞首刑になろうとしていた。足元の板が外され川に落ちた彼が、敵の銃弾を逃れてたどり着いたのは……「アウルクリーク橋の出来事」。森に住む女が恋人からの求婚を頑なに拒んだ理由とは……「豹の眼」。ひたすら「死」を描き続けた短篇の名手ビアスの14篇。
小川高義 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)
無知なので、世間的にビアスという作家がどのように見なされているのかは知らない。
ひたすら「死」を描き続けた短篇の名手、と裏表紙にあるから、それが一般的な見方なのかもしれない。
ただ本作を読む限り、ビアスはホラー小説を書く人だという印象を受けた。
もちろん解説にもある通り、「人をこわがらせるだけのホラー小説ではない」ことは同意するけれど、率直な僕の感想はその一語に尽きる。
『幽霊なるもの』なんかは、タイトルにもある通り、幽霊が登場する。
その中の「首縊りの立会人」や「逮捕」などは、怪談でよく見るような典型的な因縁話だ。
もちろんそれが良いわけだが、そんなまさにホラーといった感じが印象深い。
また幽霊話でなくても、ホラー性を感じさせる作品も多い。
『チカモーガの戦い』に、幽霊は登場しない。
しかし敗残兵のリアリスティックで、グロテスクな描写は、読んでいるだけで恐ろしくなる。
この異様な雰囲気は、まさしくホラーだ。その描写の力強さには圧倒される
あとこの作品は、オチが秀逸だったのも忘れがたい。
さて、本作の中で特にすばらしかったのは、表題作の『アウルクリーク橋の出来事』だ。
はっきり言って、このオチは現代から見れば、ベタだ。
しかし本作の良い点は、衝撃的なオチでした、ってだけでは終わらない点にある。
この物語の展開の中には、処刑直前に、死刑囚が夢見る心象のすべてが注ぎ込まれている。そんな風に感じられるところが何よりも良い。
最後まで読み終えた後には、生に対する希望と、幸福に対する男の希求が感じられ、強いインパクトを残した。
そのほかにも、本作にはすてきな作品が多い。
恩人に対してそういう接し方しかできなかった状況と、一人の軍人の生き様が哀れに感じられる、『良心の物語』。
オチにぞわりとさせられる、『夏の一夜』。
妻の歯の間にふくまれていた豹の耳の一片に、妻の思いが見えるのだけど、同時に寒気も覚えてしまう、『板張りの窓』。
周囲が騒ぐわりに当人は日常を続けている風景がどこかおもしろい、『シロップの壺』。
ポーを思わせるネコの姿が印象的な、『ジョン・モートンソンの葬儀』。
戦場で無謀な行動を続けるブレイルの心情が悲しく、女性の無自覚な行動に、皮肉めいたものを見出す、『レサカにて戦死』。
見ようによってはディケンズ風だけど、最後がこの作者らしくて心に残る、『幼い放浪者』。
などなど、どれも粒ぞろい。
またところどころに挿入された、『悪魔の辞典』からの引用もおもしろかった。
収録分では以下の2つが好きだ。
忍耐
軽度の絶望。
美徳らしき体裁をとる。
殺人
ある人間が別の人間を殺すこと。
四つに分けられる
――許しがたい、仕方ない、納得できる、誉めてよい。
どう殺されようと殺される者には大差ないが、
分けておけば弁護士の役に立つ。
ビアスはほとんど知らない作家だったが、ポー、O・ヘンリー、サキといった英語圏のほかの短篇作家と同様、個性的なきらめきがあって、なかなかおもしろかった。
短篇の楽しみを味わえる、ホラーテイスト豊かな、優れた一冊である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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