私的感想:本/映画

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『精霊たちの家』 イサベル・アジェンデ

2010-06-14 21:17:45 | 小説(海外作家)

不思議な力をもつ少女クラーラは、美しい姉の死から9年間の沈黙の後、姉の婚約者と結婚し、精霊たちが見守る館で暮らしはじめる。三世代の女たちの運命を描く、驚異と幻想に満ちた傑作。
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-07
木村榮一 訳
出版社:河出書房新社



『精霊たちの家』は、とにかくおもしろい作品である。

魅力的で個性的なキャラクターが多く、イマジネーション豊富で中身が濃く、ちょっととぼけた味わいのあるエピソードに満ちている。
これでおもしろくないわけがないのだ。
少し長くはあるけれど、この個性は賞賛するほかない。


この作品はエステバーン・トゥルエバと、クラーラ、ブランカ、アルバの女三代のお話である。そして、多くの脇役たちが登場する。
そしてどの登場人物も皆が皆、総じて実に個性的だ。
作中のクラーラの言葉を借りるなら、「この家には本当に頭のおかしい人間はいないけど、でもみんなどこかおかしいのよ」と言った人間ばかりが出てくる。

たとえば主役の一人のクラーラ。
彼女は最初、おっとりしたお嬢様然としたところのある少女だった。言うなれば不思議ちゃん。
それが後半になるにつれ、意外にしっかりしたところを見せるところなどは忘れがたい。
「変わったのは私じゃなくて、世界なのよ」と言うところはちょっとかっこいいな、なんて思ったりする。

また個人的には、エステバーン・トゥルエバも好きである。
彼は野心的で、使命感のようなものを持った人物だけど、性格は粗野だし、差別主義者で、はっきり言ってあまり好きにはなれないタイプの人間でもある。
しかし妻クラーラに対する愛情は深く、彼女の心を決して手に入れることができないところは読んでいても切なく、心を動かされる。
また娘や息子たちとは良い関係を築けなかったせいか、孫のアルバを溺愛するところなどは、かわいいところもあるじゃん、って思え、特によかった。

そのほかにも、クラーラが口を聞かなくなったときに口を聞かせようと、始終クラーラを驚かす乳母。
老母の介護に人生を尽くし、後半は義妹の世話に尽くすようになるフェルラ。
蟻に話しかけたりと仙人のような雰囲気のあるペドロ・ガルシア老人。
マジメで律儀で正義感のあるハイメ。
軽薄で浮ついたところのあるけれど、どこか愛らしいニコラス。

といった面々も、忘れがたいインパクトをもつ。
これだけの個性あふれる人物を描きあげた、作者の観察力と筆致には、つくづく感心してしまう。


キャラだけでなく、エピソードも豊富だ。

個人的には、ブランカとペドロ・テルセーロの幼い時代の恋が好きだ。
二人の恋物語を読んでいるときは、何度も胸がきゅんきゅんした。これは非常にすばらしい。

恋つながりで言うなら、ハイメがニコラスの恋人だったアマンダに恋愛感情を寄せるところも好きだ。
弱っているアマンダを優しく抱きしめるところなんかは切ない気分になってしまう。
またハイメの姪アルバに対する感情も少し切ない(もっともこれは記述をそのまま信頼していいのか迷うけれど)。
そのほかにも魅力に富んだエピソードが多く、いちいちあげたら、キリがないほど。


そしてこれだけ豊富にエピソードがあるのに、ラストに向けて、物語がさらにおもしろくなっていくところにはびっくりしてしまった。読んでいてぞくぞくしてしまう。
エピソード単品のおもしろさでは、前半から中盤の方が上かもしれないが、エピソードの力強さはラストの方が上である。

だが、それがここまで力強いのは、著者がこの作品を上梓した十年弱前に、これと似たようなことを経験していることが大きいのだろう。
作者の叔父であるアジェンデ大統領はピノチェトに殺され、多くの人々が虐殺された。
その事実に対する恐らく怒りがあるのだ。

ラストで描かれた世界は、本当にえぐいものだ。
クラーラはこの世界のことを「神様が冗談半分でお作りになったものだと考えていたので、それを生真面目に受けとるのはばかげたことだとみなしていた」。
確かにそうだと思うし、作者もラストにおいてさえ、現実に起きたことを深刻めいて書かないよう努めているように見える。
でもそこで起きた事実を世界に伝える必要があるのだ、という意思が見えてくるようだ。


本作で描かれている物語の世界は、最初から最後まで非常に豊かなものである。
そして同時に悲しくもあり、重たくもあり、しかしどこか滑稽な側面もある。
そしてその不可思議な世界を再現した作者の手腕と、その世界の大きさに圧倒される。


『百年の孤独』と比較されることが多いらしいが、僕は『百年の孤独』よりも、こちらの『精霊たちの家』の方が好きである。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



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