旅仕事の父に伴われてやってきた少年と、ある町の少女との特別な絆。三十年後に再会した二人が背負う人生の苦さと思い出の甘やかさ(「イラクサ」)。長篇小説のようなずっしりした読後感の残る九つの短篇。チェーホフ、ウェルティらと並び賞される作家の最高傑作。コモンウェルス賞受賞、NYタイムズ「今年の10冊」選出作。
小竹由美子 訳
出版社:新潮社(新潮クレストブックス)
2013年度のノーベル文学賞作家の短編集である。
トータルで見れば、あまり好みの作風ではない。
だが、人生の機微を丁寧に描いているという印象を受けた。
特に、近しい人との間に生じる、ちょっとした齟齬を描くのが巧妙だと感じる。
個人的に一番好きなのは、『恋占い』だ。
この作品を途中までで読んだだけなら、ひどい結末しか予想できない。
人からは好かれず、あまり幸運な人生を送っているとは思えない中年の独身女ジョアンナ。彼女が手紙を通してグータラ男に恋するが、それは彼女が嫌っている少女たちの仕組んだいたずらだった。。。
うん、どう考えてもこの後に待っているのは悲運としか思えない。
しかし運命というのはわからない。
しっかり者のジョアンナと、グータラなケン・ブードロー。二人は意外と相性が良かったのだろう。
人間の間に時として生じる、運命の不思議なつながりを考えさせられる一品だ。
その他の感想も羅列してみる。
『浮橋』
ジニーは病気が良好に向かっていることで、いままでの苦しみが否定された気分になったのかもしれない。
だがラストに至り、周囲から偏見なく受け入れられていることに気づくこととなる。
そのとき彼女も少しは解放された気分になったのかもしれない。
そんなことを感じ、少し爽やかな余韻を覚えた。
『なぐさめ』
宗教にとかく批判的かつ攻撃的なルイスに、ニナはうんざりしたこともあるのだろう。
だからエドがキスしたとき、ニナは素直に受け入れたのだ。踏み外すつもりはなくとも、その中に安らぎを見出していたはずだ。
それでも、夫婦の絆がこわれるわけでもない。
そういった人と人との関係の描き方が非常にゆるやかでしんと胸に響いた。
『ポスト・アンド・ビーム』
自分の親代わりとして接してくれたポリーにいらだつローナ。
その要因は、ポリーの空気の読めなさにもあるし、彼女が夫をいらだたせていると感じることにも由来するのだろう。
時が経ってしまった以上、ポリーとローナの関係は変わらざるをえない。
だが人は他者が思う以上に変わることができるのかもしれない。
その予感に希望のようなものを見出すことができた。
『記憶に残っていること』
夫との間に生じる微妙な違和感。メリエルが医師に「連れて行って」と言ったのは、そのせいが大きいのだと思う。
だが二人は、そこから深いところへは進まなかった。それは明確な相手の拒絶があったことが大きい。
メリエルがそのことを忘れていたことは、ある意味、自分の心を守るための無意識の知恵だったのかもしれない。
ともあれ、人間の心の動きがしんと響く作品だ。
『クマが山を越えてきた』
過去には不倫もしてきた男。そこにあるのは紛れもない不実な男の姿だ。
しかし妻が認知症となり、施設に入れたところ、別の男と親しくなってしまう。
自分は平気で不倫していたのに、そういう場面に戸惑う姿があまりに滑稽で皮肉だ。
しかし夫婦の間には紛れもない愛情もあるのは疑いえない。
特にラストの場面には、二人だけの絆も見えるように感じた。
評価:★★(満点は★★★★★)
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