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私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』

2013-07-17 20:07:51 | 小説(海外作家)

穏やかな引退生活を送る男のもとに、見知らぬ弁護士から手紙が届く。日記と500ポンドをあなたに遺した女性がいると。記憶をたどるうち、その人が学生時代の恋人ベロニカの母親だったことを思い出す。託されたのは、高校時代の親友でケンブリッジ在学中に自殺したエイドリアンの日記。別れたあとベロニカは、彼の恋人となっていた。だがなぜ、その日記が母親のところに?―ウィットあふれる優美な文章。衝撃的エンディング。記憶と時間をめぐるサスペンスフルな中篇小説。2011年度ブッカー賞受賞作。
土屋政雄 訳
出版社:新潮社(新潮クレスト・ブックス)




人間の記憶というものは、時において至極あいまいなものである。
年をとるほど、記憶は薄れていくし、都合の悪い事実は自分の記憶から消去される。

『終わりの感覚』はそんな記憶の持つ、揺らぎを描いた小説ということになるのだろう。
その揺らぎと、物語の筋立てが、実にスリリングな作品であった。


語り手は引退生活を送る男であり、自分の過去をふり返るというのが体裁だ。
そんな風に過去をふり返るのは、彼の元に元カノの母親から遺産と遺品が贈られるからだ。そして遺品として贈与されるのが、自殺した友人の日記。

その謎めいた展開がまずスリリングである。
特に真相に迫る展開は二転三転しておもしろい。

とは言え、最後で明らかになった真相は、いささか納得がいかなかった。
特にベロニカの態度は僕からすれば、腑に落ちない点が多い。
ベロニカは「私」に対して、当てつけのような態度を取るけれど、彼女が「私」に対してあんな態度を取るのは筋違いと思えてしまう。
もちろん「私」の無神経さに腹が立つ気持ちはわかるが、少なくとも、真相を隠す必要はないと思う。

おかげで読み終えた後は、幾分がっかりしたことは否定しない。


しかし老いた男が、来し方をふり返る文章は非常に冴えているのだ。

「歴史とは不完全な記憶が文書の不備と出会うところに生まれる確信」という文章が、本作には登場するけれど、人間の歴史(個人の記憶)もまさにそんな感じだろう。
彼はベロニカに対して、無神経な態度をとっているが、それは結局彼が都合の悪い部分を忘れているからだ。

彼は過去に、元カノのベロニカが親友とつきあっていると知り、辛辣な手紙を送って、二人を非難したことがある。
それは送られた当人たちにとってはトラウマものだが、送った側はきれいに忘れている。
非常にありそうなことだけに、それがぞくぞくと胸に迫るのである。

そこからの悔恨にも似た「私」の文章はすばらしかった。
そういった都合の悪いことを忘れてしまい、傷つけたことを平気で忘れてしまうという記憶は、僕にもある。
そのため何となく自分にもあてはめて読んでしまい、「私」の心の波立ちが、読み手である僕の心をも波立たせるように感じた。
そんな風に個人の記憶をすらゆさぶる点はすばらしい。


本書は短い作品だが、なかなか深い世界を堪能できる一品でもあった。
機知に富んだ言葉が多くて冴えてるし、僕個人の嫌な記憶もよみがえらせてくれて、感情も揺り起こされる。
『終わりの感覚』は僕にとって、そんな作品であった。

評価:★★★(満点は★★★★★)

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