ポン助の迷走日記

30歳目前・無職から、まあ何とかなるでしょうという日々を綴ったブログ。実際、何とかなりかけている。

<簿記バカ一代 第一話 血染めの電卓>

2004年12月31日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第一話 血染めの電卓>

中学3年の簿鬼バカ夫は近所でも有名なワルだった。、
ある日バカ夫は箪笥に隠されていた血染めの電卓を見つける。

母に問いただすと、その電卓は父のものだという。
父は公認会計士を目指し、母はそれを支えていたが
試験に合格した途端、父は母を捨て、家を出ていった。

公認会計士が何かも分からないバカ夫であったが
その話を聞き、父を倒すために自分も公認会計士になることを決意する。

バカ夫は担任にどうすれば公認会計士になれるか相談した。
担任は薄笑いを浮かべながら、会計士になりたいなら簿記をやることだと言った。

「簿記・・・?」
「まあ、九九も言えないお前が簿記なんて出来るとは思えないがな」

担任はバカ夫に殴り倒されると態度を変え、
簿記をやりたいなら商業高校に進学するのがよいとアドバイスをくれた。

進学など考えていなかったバカ夫だが、それからは必死に勉強した。
そのかいあってか、受験当日には7の段まで九九が言えるようになっていた。

バカ夫は高校に合格する。
しかし、そこは札付きのワルが集まる高校だった。

バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>
バカ夫は初日から簿記四天王の1人である男と些細な事から決闘になった。
その男は重量50kgの鉄電卓を2つ使う、
通称「100キロ電卓の政」だった。

善戦しながらも次第に追い詰められるバカ夫。

そこに現れたのは「3級の帝」と呼ばれる四天王の1人だった。

次回、簿記バカ一代、第2話「簿記って何だ?」

<つづく>

<簿記バカ一代 第二話 簿記って何だ?>

2004年12月30日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第二話 簿記って何だ?>

バカ夫は今日から高校に通う。
母が買ってくれた980円の電卓を持って。

通学途中、バカ夫は近道である裏道に入った。
しばらく進むと、細い道の真ん中で
ガタイのいい男がこちらに背を向けて立っていた。

バカ夫は邪魔だと思ったのでその男を蹴り倒した。

「うおっ!」
「ぎゃあ!」

突然蹴られて倒れこんだ男の叫び声に加えて
もうひとつ甲高い叫び声が聞こえた。

メガネをかけたひ弱そうな高校生が
でかい男に潰されてのびていた。
どうやらカツアゲをされていたらしい。
2人ともバカ夫と同じ高校の制服を着ていた。

「何をさらすか、コラァ!」

でかい男がバカ夫に向かって叫んだ。
身長は2m、体重は100kgを下るまい。

「邪魔なんだよ」
「ああん?ずいぶんなめた口を聞く新入生じゃのう。
 ワシを簿記四天王の1人と知ってもそんな態度がとれるんかのう?」

バカ夫ははっとした。この男は「簿記」と言った。
四天王はどうでもいい。

「おい」
「どうじゃ、びびったか」
「簿記って何だ?」

時が止まった。
バカ夫はこの期に及んで、簿記が何か知らなかったのである。

「どうやらワシとタイマン張りたいらしいのう・・・・・・」

でかい男は馬鹿にされたと思ったようだ。
至極当然の反応である。

男は懐から四角いものを取り出した。
それは2つの巨大な電卓だった。

「ワシは簿記四天王の1人、『100キロ電卓の政』じゃ。
 この鉄製の電卓は1つ50キロ。
 これで貴様のドタマかち割ってやるけえのう・・・・・・」

「そんな事、聞いてんじゃねえ!
 簿記って何だ!教えろ!」

「とことん馬鹿にしくさりおって!
 ワシに勝ったら教えちゃるわ!!」

政は電卓で殴りかかってきた。
バカ夫は身をかがめて攻撃をかわした。
政の電卓は空を切り、近くにあった電柱にひびを入れた。

「よし、約束だぞ!」

バカ夫は高く飛び上がると、政の顔面に蹴りを放った。
政はそれに気付くと、とっさに電卓で受け止める。
ガァンという低い音が響き、液晶画面に「6」と表示された。
2人は間合いを取ってにらみ合う。

「なかなかいい蹴りを持っちょる。動きもいいのう」
「今ならやめてやってもいいんだぜ?」

政はにやりと笑うと、おもむろに電卓を投げつけてきた。
不意をつかれたバカ夫は体勢を崩した。

「もらったあああ!!」

政はその隙を逃さずバカ夫につかみかかり、
そのままバカ夫を組み伏せてしまった。

巨漢の政に上に乗られてしまってはなす術もない。
転がった電卓があざ笑うかのように
「2.44948974・・・・・・・」と表示している。

「ガハハハ、ざまあないのう。
 まあ、苦しまんように一発で決めちゃるわ」

政はもうひとつの電卓を振り上げた。

「お待ちなさい!」

鋭い声に政の動きが止まった。
バカ夫はその瞬間、政を跳ね飛ばし距離を取った。
政は舌打ちをして、声の主を睨んだ。

「ちぃ!よくも邪魔をしてくれたのう、3級の帝よ」
「新入生に対して大人気ないですよ、政。
 簿記四天王として、もう少し余裕を持ちなさい」

3級の帝と呼ばれた男は、長髪の金持ちそうな男だった。
どことなく気障ったらしい。

「命拾いしたのう、新入生。
 これに懲りてあんまりおいたをせん事だな」

政は電卓を拾い、学校へ向かおうとした。

「ああ、そうそう」

3級の帝が思い出したように政を呼び止めた。

「なんじゃい?」
「今度、『3級』の帝と言ったら殺しますよ」

3級の帝の目は本気だった。

「・・・・・・わ、悪かったのう、帝よ」
「わかればよいのです」

政はそそくさとその場を去っていった。

「大丈夫ですか、新入生君?」

3級の帝はバカ夫ににっこりと笑いかけた。


次々とバカ夫の前に現れる男達。
そして、謎のキーワード「簿記四天王」。

バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>
政との死闘で母の電卓は無残にも壊れてしまった。
母の思いがこもった電卓にバカ夫が起こす奇跡とは?

ワルで有名なバカ夫は意外ともてる。
バカ夫に近づくヤンキー姉ちゃん、
場違いにも程があるお嬢様。

そして忘れ去られたかのようなメガネの男の正体は?

運命の糸は複雑に絡み合い宿命を紡ぎ出す。

次回、簿記バカ一代、第3話「赤薔薇、白薔薇、錬金術」

<つづく>

<簿記バカ一代 第三話 赤薔薇、白薔薇、錬金術>

2004年12月29日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第三話 赤薔薇、白薔薇、錬金術>

バカ夫の前にいる3級の帝。
この男も簿記四天王の1人であるらしい。

「お前も簿記が何か知ってるのか?」

バカ夫は尋ねた。

「簿記が何か?それは哲学的な質問ですか?」

バカ夫は動物的な本能で、こいつとは話が合わないと悟った。
3級の帝に背を向け、バカ夫は学校に向かおうとする。

「礼の言葉ひとつないとはなってないですね。
 そこにのびている新入生クンの世話ぐらいはみてやりなさい」

それだけ言うと、3級の帝は待たせてあるリムジンに戻っていった。

転がっている高校生男子は一向に目覚める気配がない。
少しは責任を感じたのか、バカ夫は脇腹を蹴飛ばした。

「あふん」

メガネ男子は素っ頓狂な声を上げ、目を覚ました。

「あ、あれ・・・・・・
 あのでっかい奴は・・・・・・」

バカ夫はメガネ男子に興味がないので学校に向かって歩き出した。

「まま、待ってくださいよ~」

メガネ男子がひょこひょことバカ夫を追ってくる。

「あ、あなたが助けてくれたんですか?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます。僕は小鳥遊七五三太といいます。
 よろしくお願いします。」
「ああ」
「新入生の方ですよね?僕も今日から入学するんですよ。
 入学にあたって、いろいろと不安だったんですが
 初日から頼もしい方とお近づきになれて、よかったな~なんて。
 これを機会によろしくお願いしま・・・・・・あふん・・・・・・」

メガネはバカ夫の膝をみぞおちに受けてうずくまった。
バカ夫はメガネをその場に残し、学校へ歩いていった。

学校に着き、バカ夫が教室に入るとクラスメート達がざわめいた。

(・・・・・・おい、あれバカ夫だぜ)
(マジかよ、やくざになるんじゃなかったのか?)

男子のざわめきはバカ夫への恐れが大半だった。

(ちょっと、あれバカ夫さんじゃない?)
(マジ?結構、イケてんじゃん。チョーヤバイって)

それに対して、女子からは好意的な視線を向けられている。
このあたりで有名なワルであるバカ夫は
その筋からは意外ともてるのである。

「あれ~、バカ夫じゃん。
 あんたホントに高校入ったんだ」

そんな中、1人の女子がバカ夫に話しかけてきた。
バカ夫の知り合いであるリサだった。

かなりの美人でスタイルもいい。
言い寄ってくる男は数知れないが、
その中の何人かが消息不明になっているという噂もある。

「入っちゃ悪いかよ」
「だってアンタ、バカだし。
 弁護士になるとかって冗談かと思ってた」
「公認会計士だよ」
「何それ?」
「知るか」

リサは無邪気に笑った。
その笑顔は何人かの男子のハートに火をつけていた。

「おい、あれベントレーだぜ」

窓際にいた男子が声を上げた。
このワルの集まる高校には不釣合いな高級車が
校門の脇に止まっている。

運転手が後部座席のドアを開けると、
どこから見てもお嬢様にしか見えない女子が車から降りてきた。
窓際の男子から歓声が上がる。

女子の後ろからはSPらしき黒服の男性が2人ついてきた。
なにやら特別な生徒らしい。

「さっきはリムジンが来るし、何なんだよこの高校・・・・・・」

別の男子が呟いた。
簿記四天王の存在を知った時、同じセリフを呟くことだろう。

廊下からざわめきが近づいてきたかと思うと、
教室のドアが開き、さっきのお嬢様が入ってきた。
護衛のSPも当たり前のように教室に入る。

「まあ・・・・・・
 思った以上にみすぼらしい方達ばかりですこと」

いきなりの問題発言である。
品のよさそうな顔とのギャップが激しい。

「ああ?てめえ、いきなり何言ってんだよ!」

噛み付いたのはリサだった。
SPが軽く身構える。

「あら、聞こえまして? 申し訳ございません。
 わたくし、根が正直なものですから」

「なめんじゃねえぞ!時代遅れな髪型しやがって!」

お嬢様の髪型は見事なまでの縦ロールだった。

「ま、何て下品で失礼な方かしら。
 あなたたち、ちょっとお灸をすえてやりなさい」

お嬢様が軽くあごを上げると、
SP達がリサに近づき、その腕をつかんだ。

「何だよてめえ!離せよ!この野郎!」

リサは腕を振りほどこうとするが、
訓練されている男から逃れることは出来なかった。

「ほほほ、無駄ですわよ。
 彼らは元CIAと元KGBですもの。

 この平等院彩子に楯突いた報いを受けるがよいですわ」

リサの腕をつかんでいるSPはさらに力を込めた。
それによってリサの顔が苦痛に歪む。

その瞬間、大きな音がしてSPが後ろに吹っ飛んだ。
バカ夫が机で殴ったのである。
そのSPはそのまま気を失ってしまった。

「バカ夫!」

自由になったリサがバカ夫に駆け寄る。

「うるせえんだよ、お前ら」
「何なんですの!あなた!」
「黙れ、10円女」
「じゅ、じゅ、10円女ですって・・・・・・。
 や、やっておしまいなさい!KGB!」

彩子がもう1人のSPに命令するが、
そちらは既にクラスの有志によって倒されていた。
さすがはこういった事に慣れた連中である。

想像以上にリサの笑顔は男子のハートをつかんでいたようだった。

「え、ちょ、ちょっと、そんな・・・・・・」

うろたえる彩子にバカ夫がにじり寄ってくる。

「お、お待ちになって、お待ちになって。

 あ、あなた平等院家のボディーガードになりませんこと?
 こんな高校に通うより、ずっと高待遇でございますわよ」

バカ夫は何も言わず、さらににじり寄る。
彩子は机にぶつかりながら後ずさっていった。

「いや、いや、いや、いや
 来ないで、来ないで、来ないで」

彩子は黒板のところまで追い詰められた。
バカ夫はゆっくりと彩子の方に手を伸ばす。
彩子は小さくいやいやをしながら震えている。
バカ夫の手が彩子の目の前まで伸びた。

びし。

バカ夫は彩子にデコピンをくらわせた。
ぽかんとする彩子。
そのおでこが次第に赤くなってきた。

「ごめんなさいは?」
「・・・・・・ごめんなさい」

それを聞くと、バカ夫は何もなかったように席に戻り、
自分の机を直した。

息を呑んで成り行きを見ていたクラスメート達も
我に返って片づけを始める。

「あ、そいつらは帰らせろよ。目障りだ」

ようやく気がついたSP達を見てバカ夫が言った。

「・・・・・・あ、はい。お前達、帰りなさい」

SP達はこそこそと帰ろうとする。

「あ、やっぱりお前達、クビです。この役立たず」

今度はSP達がぽかんとしたが、すぐにその意味を理解した。 
CIAの方が怒りに任せて、教室のドアにパンチを放った。

「いや~、なんとか間に合った~。
 みぞおちキックはきつ、あふーん!」

CIAの放ったパンチは運悪く小鳥遊七五三太に命中した。
星のめぐりが悪い男である。

(ああ、どうしましょう。
 何かしら、この胸の高鳴りは・・・・・・。

 これは・・・・・・恋?
 ああ、彩子、フォーリンラブかもしれなくてよ・・・・・・)

彩子はバカ夫に熱い視線を送った。
リサがそれに気づき、彩子を睨んでいた。

バカ夫はそんな視線に気づくはずもなく、
転がった自分のかばんを拾っていた。
中から電卓が落ちそうになっている。

電卓を取り出してみると、
液晶部分にひびが入っているのに気づいた。
朝からの騒ぎで入ったものに違いない。

母の愛情がこもった980円の電卓は
1度も使われる事なく壊れてしまったのである。
それはこれから続く公認会計士への長い道のりを
暗示しているかのようであった。

「あ、同じクラスだったんですね~」

小鳥遊七五三太がバカ夫に話しかけてきた。

「もう~、さっきはひどいじゃないですか。
 いきなりキックはないですよ~。

 あ、電卓ですか。初日から気合入ってますね~。
 でも、僕も負けないですよ。
 祖父が買ってくれたドイツ製の電卓があるんですよ。

頑丈でちょっとやそっとじゃ壊れない。
39,800もする高級品ですよ~」

「見せてみろ」

「あ、興味湧きました?
 もしかして、電卓マニアだったりします?

 ちょっと待って下さいね。
 じゃじゃ~ん、これがそのドイツ製の電卓でございま~す」

 小鳥遊七五三太の出した電卓は
 頑丈な作りのしっかりとしたものだった。
 確かにちょっとやそっとの衝撃では壊れそうにない。

「交換だ」

 バカ夫は母の電卓を差し出した。

「え?でもこれって、
 ヤマダ電機とかで売ってる980円の・・・・・・」

「交換だ」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。
 だって、これはドイツ製の・・・・・・」

「交換だ」

「いや、でも・・・・・・」

「交換だ」

「・・・・・・・・・・・・冗談でしょ?」

「交換だ」

「・・・・・・・・・・・・」

「交換だ」

「・・・・・・・・・・・・はい」

バカ夫はドイツ製の電卓を手に入れた。
この男なら、もしかすると奇跡を起こしてくれるかもしれない。

「お前、名前は?」
「え、小鳥遊七五三太です。さっきも言いましたけど・・・・・・」
「俺はバカ夫だ。よろしくな、メガネ」
「・・・・・・はあ、よろしくお願いします」

何はともあれ、メガネも頼もしい男を味方につけたようである。

(ま、なにかしら、あのメガネボーズ。
 私の殿方に馴れ馴れしく・・・・・・。

 でも、バカ夫様とおっしゃるのね。
 何て凛々しいお名前かしら・・・・・・)

彩子は1人で百面相をしていた。
切り替えの早いものである。


バカ夫を中心に繰り広げられる人間模様。
いったいいつになったら簿記の話になるのか?

バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>
簿記が何かピンと来ないバカ夫。
そこに現れる2年ダブリの高1、タカハシ。

ただの馬鹿かと思いきや、端々に見える簿記の知識。

予告を長々と書くと酷い目に遭うので、

次回、簿記バカ一代、第4話「簿記はこづかい帳?」

<つづく>

<簿記バカ一代 第四話 簿記はこづかい帳?>

2004年12月28日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第四話 簿記はこづかい帳?>

電卓を手に入れたバカ夫は七五三太にも聞いてみた。

「お前は簿記を知ってるのか?」
「まあ、知ってますけど」

七五三太はひびの入った電卓の液晶画面を指で撫でながら答えた。

「簿記って何だ?」
「何だと言われると困っちゃうんですけど・・・・・・」
「教えてくれ、頼む」

バカ夫に頼むと言われた七五三太は急にテンションが上がった。
この男は意外とタフかもしれない。

「い、いや~、そ、そんなよく知ってるわけではないんですけど、
 わかりました!お答えしましょう。

 簿記とはですね、13世紀のヨーロッパで確立されたと言われています」

「あ?」

「そもそもですね、簿記とは帳簿記入を略して
 簿記と言うようになったという説と、
 英語のブックキーピングが次第になまって簿記となった説があります」

「・・・・・・」

「すなわち、ぶっきーぴん・・・ぶっきーぴん・・・
 ぶぉっきーぴん・・・ぶぉっきーぴん・・・ぼっきーぴん・・・
 ぼっきーぴ、ぼっ・・・・・・あっふ~ん!」

バカ夫は七五三太を殴りたくなったので殴った。

(簿記・・・・・・。今、バカ夫様は簿記とおっしゃいましたわね・・・・・・。

 びんぼったらしく電卓叩いて、
 みみっちく数字を書いていく簿記なんかに
 バカ夫様が興味があるとは意外ですわね・・・・・・。

 これは、あのアホ兄様の出番かもしれませんわよ・・・・・・)

その騒ぎを聞いて、彩子は1人考えを巡らせていた。

「おら~!おまえら席につけ~!」

20代半ばの女教師が教室に入ってきた。
なかなかの美人であるが、昔はワルかった事がオーラで分かる。

生徒たちはごたごた続きで疲れているのか、
特に反発する者もなく席に着いた。

「あー、このクラスの担任になった宮下だ。
 まずは入学おめでとう。

 短い奴は1ヶ月でさよならかもしれんが、
 できれば1年間はお前達の面倒をみたいと思っている。
 よろしく頼む。

 で、早速だが学校側からの注意事項がある」

宮下は淡々と話していった。
しかし、注意事項・禁止事項という言葉には敏感な連中である。
何人かはあからさまに宮下を睨んだ。

「殺人とレイプは禁止。以上だ」

宮下は生徒達を見据えて言った。
睨んでいた者達もぽかんと口を開ける。
第一ラウンドは宮下の勝利といったところか。

「すんませ~ん、遅刻しました~・・・・・・
 って、ナニ?この空気?」

静まり返ったクラスに1人の生徒が入ってきた。
飄々とした感じの男子生徒で、
他の生徒達と比べると少し大人びた様子が窺える。

「タカハシ、3回目の1年生なんだから遅刻せずに来い」
「ちょ、いきなりばらさなくても。
 ダブリっていじめられちゃうじゃん」
「そしたら、相談に来い。退学届を代筆してやる」
「ひでぇ」
「いいから席に着け、お前と話していると気が抜ける」
「はいはい」

タカハシは空いている席に座った。
そこはバカ夫の隣の席だった。

「この後、入学式がある。
 20分ほど時間があるから適当に時間を潰していろ。

 私からの連絡は以上だ」

宮下はそれだけ告げると教卓を降りたが、
何かを思い出したように、再び生徒達の方を向いた。

「そうそう、平等院はいるか?」
「あ、はい、私ですけど」
「SPが入ると聞いていたがどうした?」

教室中の注意が2人に向いた。

「ええ、やはり学園生活にはふさわしくないかと思いまして
 早々に帰らせましたわ」
「そうか、まあそれがいいだろうな。
 絡まれたりはしなかったか?」
「ええ、皆さんとてもよくして下さいましたわ」
「それは頼もしいことだ。困った事があったら相談に来い」
「退学届を書いて下さるのかしら?」
「ははっ、いらぬ気遣いだったか。結構、結構」

宮下は教室を出ていった。

「きっぷのいい先生だったねえ」
「ああ」

リサが古い言葉を使って、バカ夫に話しかけてきた。
バカ夫はフィーリングでその意味を理解した。

「何だ、殺人とレイプって今年も言ったのか?」

タカハシが話に入ってきた。

「今年も、って?」

リサが聞き返す。

「あれな、あの先生の手なんだよ。
 最初にガツンと一発くらわせるってやつ。

 俺、去年も一昨年も聞いたもん」

「詳しいな、ダブリ」

バカ夫が突っ込む。

「お、ご挨拶だな新入生。先輩に向かって」
「同級生だろ」
「くそ、痛いところをって、
 ・・・・・・あれ、お前バカ夫じゃねーの?」
「ああ」
「うわ、まじかよ。
 お前やくざの事務所行くって決めてたのに
 弁護士になるっつってケジメに指1本落としてきたって噂だぞ」

「指はある。事務所に行くなんて話はねえ。
 あと弁護士じゃねえ。公認会計士だ」
「ほえ~、公認会計士。
 札付きのワルからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 それで、その気合の入った電卓って訳か」

タカハシは机の上に出したままのドイツ製電卓を指差して言った。

「そういうことだ」

バカ夫は何の後ろめたさもなく答えた。

「ねえねえ、あたしもこいつも公認会計士って
 何だか分からないんだけど、あんた知ってるの?」

リサがタカハシに聞いた。

「はあ?あんた・・・・・・えーと、名前は?」
「リサ」
「リサちゃんが分からないのはいいとしてもさ、
 なんで当の本人が知らないわけ?」
「うるせえ。そのうち分かる」

タカハシは額に手を当て天を仰いだ。
同じ事をメガネがやったら殴られていたことだろう。

「なんで、分からないものを目指せるかな。
 じゃああれか?簿記がすげえ得意だとかそういうのか?」
「・・・・・・」
「バカ夫、簿記が何かも知らないんだよ」
「・・・・・・底抜けのバカだな」
「うるせえ、知ってるなら教えろ。
 簿記って何だ?」

タカハシはため息をついた。

「バカ夫君、教えてあげてもいいが、
 君の態度は人にものを教わる態度かね?」
「・・・・・・」
「それなりのいい方ってものがあるんじゃないのかな?」

バカ夫はメガネに感じるものとは違う種類の苛立ちを覚えた。

「・・・・・・本当に知ってるのか」
「当然だ」
「知ってるなら頼む。教えてくれ」

バカ夫は真剣な目で頼んだ。

「・・・・・・あら、なんだマジかよ。しょうがねーなー。

 別に難しい事じゃないだろ。
 簿記はこづかい帳とおんなじだ」

「こづかい帳?」

「そう、かあちゃんから1,000円貰いました。
 通りすがりの人から5,000円貰いました。
 煙草を1箱買いました。ビールを3本買いました。

 そういう金の流れを記録していくのが簿記だ。
 難しくないだろ?」

「そんな簡単なものなのか?
 じゃあ、俺が100円貰ったって書いたら
 それが簿記なのか?」

「そういう事だ。
 お前は既に簿記マスターという訳だな」

「何でそんな簡単な事を誰も知らないんだ?」

「簿記は会社の金を計算するものだと思ってるからさ。
 簿記が難しいんじゃない。
 会社のやり取りする金の流れが面倒なだけだ。
 それに合わせて簿記も難しい顔をしているって訳さ」

「そうなのか・・・・・・」

バカ夫が求めていた簿記とは何かという問に
ようやくひとつの答が示された。

「簿記はこづかい帳」

大幅に簡略化されているが、
これこそバカ夫が知りたかった事だ。

「まあ、実際はいろいろ決まりがあるけどな。
 お前の知りたかったのはそういう事だろ?」

「ああ!これでまた公認会計士に近づいたぜ!」
「道のりは遠いぞ」
「大丈夫だ!何とかなる!
 簿記が何かだって分かったじゃねえか!」

タカハシは軽く笑った。
その顔は何故だか少し淋しそうに見えた。

「ま、頑張ってくれよ。
 うっかりマジメに答えちまったぜ。
 あー、恥ずかし、恥ずかし」

おちゃらけるタカハシは、さっきまでのタカハシに戻っていた。

「なんかバカだと思ってたけど、タカハシって頭いいの?」
「そういう感想が欲しかったんだよ、リサちゃん」
「3回目の1年生なのに」
「・・・・・・まあ、そういうオチだと思ってたけどね」

いつの間にかこの3人が打ち解けていた。

(あのダフリ野郎・・・・・・。

 私が勉強して、明日やろうと思っていた事を
 横取りしやがって!・・・・・・ですわ。

 タカハシ、あなたは私の敵と認定されましたわ。
 見てらっしゃい。
 あの下品女ともども、いずれギャフンと言わせてやりますわよ。

 オホホホホホ・・・・・・)

 タカハシは思わぬところで彩子の恨みをかったようである。

「おーい、入学式が始まるぞ。全員、体育館に集まれ」 

宮下が生徒達に声をかけた。


1日が長いなあ。スラムダンクかよ。
みたいな感じで進んでいく簿記バカ一代。

終わるのか?というより、続くのか?
バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>
入学式で生徒代表挨拶に立ったのは「3級の帝」であった。
そこで彼は簿記の素晴らしさを滔滔と語るのだが・・・・・・。

次回、簿記バカ一代、第5話「お前達は何故ここにいる?」

<簿記バカ一代 第五話 お前達は何故ここにいる?>

2004年12月27日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第五話 お前達は何故ここにいる?>

バカ夫達は体育館へと移動した。

新入生は100人程度。
ここで初めてバカ夫の存在に気付いた、
別のクラスの生徒からざわめきが起こる。

(・・・・・・おい、あれバカ夫だぜ)
(まじかよ、年少行ってんじゃねーのかよ?)
(隣にいるのリサさんだぜ。やべぇ、まじ可愛い)
(おい、あのお嬢様っぽい女、イケてんじゃね?)

バカ夫、リサ、彩子はここでも話題の中心だった。
3人に視線が集まる。

「なに、見てんだよ!」

リサが自分の方をちらちら見ていた男子を威嚇する。
威嚇された男子はすっと目を逸らしてしまった。

「女のくせに下品ですこと」

ちらりとリサに目を向けて彩子が言った。
縦ロールがふわりと揺れる。

「ちょっとあいつ、シメてくる」
「ほっとけ」

バカ夫にそれとなく止められ、不満げな表情のリサ。
そのやり取りが耳に入り、眉が吊り上る彩子。

「不良って、もてんだなー。
 俺も真面目に不良やっときゃよかったよ」

タカハシが全て見透かしたように呟く。
その横でおそらく何もわからないまま、何度も頷くメガネ。

そんなやり取りの中、入学式が始まろうとしていた。
とは言っても、入学式らしい箇所は壇上の後ろに掲げられた
「入学式」の筆文字だけ。

この場にいる教師は4人。
バカ夫達の担任である宮下を含めた3人は
札付きのワルが100人集まっている中でも平然としていた。

1人だけ空気の違う気の弱そうな50男は
落ち着かない様子できょろきょろと周りを気にしながら、
肌寒い体育館で汗をかいていた。
淋しくなった髪が頭皮にぺったり貼り付いている。

「あ、ちょっとちょっとバカ夫さん。
 あそこ見てくださいよ、あそこ」

メガネは教師達の横にいる4人の生徒を指差した。
そこには通学途中で出会った100キロ電卓の政がいた。

メガネは知る由もなかったが、
その横には3級の帝もいる。
3級の帝の横には寄り添うように立っている
無表情な美少女と、背が低く目つきの悪い男子がいた。

「うわ、何?あのロン毛。
 男のくせに腰まである。キモっ」

リサが3級の帝を見て言った。
何故か固まる彩子。

「ああ、あいつはさあ・・・・・・」
「タカハシ!」

彩子がリサたちの方を振り返り大きな声を上げる。
皆の視線が彩子に集まった。

「はい?」
「よけいなことを言うと、ただじゃおきませんわよ!」
「どうせ、すぐにばれるって」
「いいからお黙りなさい!」
「へいへい、不肖タカハシ、余計な事は申しませんのでご安心を」

誓いのポーズを取るタカハシ。
彩子はようやく周りの視線が自分に集まっているのに気付いた。

「なに、見てるんですの!」

周りを威嚇する彩子。

「いやーん、こわーい」

彩子に聞こえるように言うリサ。
彩子はリサを一睨みしてから背を向けた。

「ねえ、タカハシ。あいつと知り合いなの?」

リサはタカハシに聞いた。

「ああ、友達の妹」
「友達?」
「まあ、すぐわかるって。
 一応、約束だから余計な事は言いませんよっと」

おどけてみせるタカハシ。
リサは合点がいっていないようだった。

始まりそうでなかなか始まらない入学式。
新入生達に不満の色が目立ち始めた。

血の気の多い連中が1箇所に100人も集まれば、
何もなくても小競り合いが起こる。
まして、このような状態であれば、
いつ、殴り合いが始まってもおかしくなかった。

それが起こらないのは、
新入生の大多数がバカ夫を警戒しているからだ。
いま目立つのはまずいと、本能的に感じている者がほとんどだった。

「今年は荒れんのう。つまらんわ」

100キロ電卓の政が3級の帝に小声で言った。

「どうもおかしな緊張感が漂っていますね。
 お互いに牽制しあっている雰囲気がします」

3級の帝が政に答える。
そのやり取りを聞いていた目つきの悪い男子、
猿森が2人に近づいてきた。

「帝様、それはあいつがいるからですよ」
 
そう言って猿森はバカ夫を指差した。

「おや、彼は」
「あいつはこの辺りじゃ有名な奴でしてね、
 2・3人バラしてんじゃないかって噂があるくらいなんすよ」
「ほう・・・・・・。
 政、彼はそんなに強かったですか」

3級の帝は政に訊ねた。
猿森には一瞥もくれない。

「まあ、意気がってるだけの奴ではないのう。
 気合は入っとったわい」
「なるほど、気に留めておかねばいけないかもしれませんね・・・・・・」

坊主頭でサングラスの教師がスタンドマイクの前に立った。
街中で出会えば、100人中95人は本職だと思う風体だ。

入学式の始まる気配を察し、3級の帝は姿勢を正した。
他の3生徒もこれに倣う。

「あー、ではこれより入学式を始める。
 まずは本年度より本校の校長に就任された
 中本校長よりご挨拶を頂く」

ヤクザ教師の紹介を受け、すだれ頭の中本校長が壇上へと向かう。
中本は傍から見ても分かるほど怯えた様子で、
遥か彼方に感じる舞台の中央を目指してギクシャクと歩いた。

「エー・・・・・・アー・・・・・・、
 み、皆さん、ご入学おめでとうござ・・・・・・」
「聞こえねーぞ!ハゲ!」

ぼそぼそと話す中本に新入生から野次が飛ぶ。
中本は助けを求める視線を教師達に送ったが、
3人の教師達は苦笑いを浮かべるだけだった。

「も、申し訳ありません。
 こ、これからも、が、頑張ってください」

中本は何とかそれだけを言うと、
転げ落ちるように舞台から降りた。

(な、なんという学校だ・・・・・・。
 わ、私は勤めを、は、果たせるのだろうか・・・・・・)

汗だくになった中本はもといた場所まで戻ると大きく息をついた。

「お疲れ様でした。上出来ですよ、校長」

ヤクザ顔の教師が中本の背中をバンと叩いた。
目を白黒とさせる中本。

その後、教師達の紹介が行われた。
この場にいた3人の教師は、それぞれ新入生のクラス担任だった。

「では、これで入学式を終える。
 この後、生徒会長による話があるので、
 新入生達はその場に残るように。以上」

校長の話と担任の紹介で5分足らず。
あっという間の入学式であった。

教師達は3級の帝と軽く言葉を交わし、
体育館を出て行った。

体育館がざわつく中、
3級の帝がゆっくりと壇上へ上がる。

「皆さん、入学おめでとう。
 生徒会長の平等院帝です」

凛とした声が体育館に響いた。

「平等院・・・・・・ああ、そういうこと。
 別に隠すことでもないじゃん」

リサがようやく納得した顔をする。

「まあ、もうしばらくしたら、
 隠したかった気持ちも分かると思うよ」

タカハシがリサに笑顔で言った。
彩子は聞こえないふりをしている。

「さて、私は君達にひとつ聞きたい。
 君達は何故ここにいるのだ?」

予想もしない突然の言葉に、
新入生達は一瞬しんとした後、
急激に怒りの声を上げ始めた。

「なんだコラ!
 てめえ喧嘩売ってんのか!オーッ!」
「ぶっ殺すぞ!てめえ!」
「降りてこいや!コラ!」

一気にヒートアップする体育館内。
3級の帝は動揺する気配もなく、
机に置かれているマイクを手に取ると、
その巨大な机を蹴り飛ばした。

机は美しい放物線を描き、
新入生達の真ん中へと落ちていく。
悲鳴を上げて落下点から逃げる新入生達。
机は派手な音をたてて床に叩きつけられた。

40キロはある机を20メートル以上蹴り飛ばした。
にわかには信じがたい状況に、
さすがのワル達も息を呑んでいる。

「聞け!クズども!」

間髪入れず帝は鋭く叫んだ。
全員の視線が帝に集まる。

「この学校はクズの集まる底辺校だ。
 ろくに勉強もせず、人に誇れるものも何もない。
 社会に出て自立する訳でもなく、
 高校ぐらいは行っておこうという
 半端な奴らがここに集まってくる。

 そして1ヶ月もすれば
 何人かはここにも来なくなり、
 この世のすべてを妬みながら
 地を這う人生を送ることになる。

 誰にも認められず、
 誰からも褒められず、
 誰からも嫌われるだけの人生だ。

 それでいいのか?

 いま一度、お前達に問う。
 お前達は何故ここにいる?」

帝の言葉に答える者はいない。
何かをなす為にこの学校に来た者などいないからだ。

あの男を除いて。

帝は新入生達を見回し、話を続けた。

「私の言葉が届かない者もいるだろう。
 であれば、これから言う言葉のみを聞け。

 6月にある試験が行われる。
 その試験に合格した者には100万円を与えよう」

100万?何だそれ?マジか?
そういった声が方々で上がった。

さらに帝は話を続ける。

「これは冗談ではない。

 私立羅覇王商業高等学校、
 理事長平等院羅覇王代理として、
 お前達に約束する。

 6月に行われる簿記3級試験に
 合格した者には100万円を与える。

 繰り返す。

 6月の日商簿記検定3級試験に合格した者には
 100万円を与える。以上だ」

体育館は異様な雰囲気に包まれていた。
ふってわいた100万円が貰えるという話。

簿記って何だ?簿記って何だ?という
先刻までバカ夫が抱いていたのと同じ疑問が
あちこちで聞かれる。

その言葉に答えるようにして、帝は話を付け加えた。

「なお、試験の概要については
 既にプリントを各自の机に配布しているので、
 そちらを見てほしい。

 簿記についての簡単な説明をマンガ形式にした
 「ぼくたち・わたしたちの簿記」という冊子も
 同様に配布している。

 分かりやすく仕上がったので、
 是非、一度目を通しておいてほしい」

新入生達は呆気に取られていた。

しかし、6月に試験があること、
その試験に合格すれば100万円が貰えること、
そして試験についてはプリントを見れば良いことは
全員が理解した。

帝はそんな新入生の反応を確認し、
舞台を降りようとした。

その時だった。

「よけるんじゃあああ!帝ォォォォ!」

電卓の政が叫び声を上げる。
帝は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。

先ほどの巨大な机が帝の頭上をうなりを上げて飛び、
「入学式」と書かれたベニヤ板にぶつかって、粉々に砕けた。

一筋の汗が帝の頬を伝う。
先ほどまで机が転がっていた場所には
バカ夫が立っていた。

「一度ならず、二度までもぉぉ!
 今度こそ、ぶっ殺しちゃるわぁぁぁぁ!」

電卓の政がバカ夫に向かって走り出す。

「やめなさい!政!」

帝がマイクを使って政を制止する。
キーン、というハウリング音が体育館に響いた。
政は苦々しい顔をして、その場に立ち止まる。

「どういうつもりですか?
 少なくとも、あなたにはひとつ貸しがあるはずですが?」

帝は壇上からバカ夫に訊ねた。

「気にいらねえんだよ」
「何がですか?」
「お前がだよ」
「どこがですか?」
「全部だ」
「話になりませんね」

帝は思わず吹きだした。

パチパチパチパチパチパチパチパチ。

突然、場違いな音が体育館に響き渡った。
帝は音のする方に目を向ける。

そこではタカハシが1人で拍手をしていた。
同調する者は1人もいない。
それでもタカハシは拍手をやめようとしなかった。

「どういうつもりですか?タカハシ?」

帝がタカハシに問いかけた。

「いやー、こいつはすげーなーと思って」

タカハシはバカ夫を顎でしゃくる。
帝は粉々になった机を振り返った。

「たしかに素晴らしいキック力ですね」
「そういう事じゃないんだけどなあ」
「君の物言いは、少々苛立たしいですね」
「そりゃ、お互い様だ」

2人の間に緊張が走る。
しばしの沈黙を破ったのはタカハシだった。

「こいつはバカだから説明は出来ないけど、
 ちゃんと分かってるんだよ。
 あんたの演説が俺達をバカにしてたって事をさ」
「ほう、それで?」
「それだけだよ。
 俺としてはアンタのやり方もありだと思うけど
 納得しない奴もいるだろうってことさ」
「自分では何もできない人間の言う事ですね」
「今日できない奴が、明日もできないと思うなよ」
「君の言う、明日が来てから言って下さい」

帝はそこまで言うと壇上を降りた。

新入生達は事の成り行きを訳の分からぬまま眺めていた。
バカ夫ですらその点に関しては他の者と同様だった。

「おら!お前ら!これで終わりだ!
 さっさと教室に戻って、
 100万目指して勉強しやがれ!」

猿森が甲高い声で叫ぶ。
新入生達に一斉に睨みつけられ、
思わず猿森は政の後ろに隠れた。

新入生達はのろのろと体育館を出ていった。
頭の中に「簿記」の2文字を思い浮かべながら。


謎の試験「日商簿記3級」とは果たして何なのか?
運命の歯車は音をたてて動き始めた。

バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>

簿記をめぐる戦いの火蓋が切って落とされた。
100万円を目指して戦う悲喜劇の幕が上がる。

「借方」が読めないバカ夫に
タカハシはどんな秘策を授けるのか?

次回、簿記バカ一代、第6話「インド人を超えろ」

<つづく>