ポン助の迷走日記

30歳目前・無職から、まあ何とかなるでしょうという日々を綴ったブログ。実際、何とかなりかけている。

<簿記バカ一代 第五話 お前達は何故ここにいる?>

2004年12月27日 | 簿記バカ一代
<簿記バカ一代>
<第五話 お前達は何故ここにいる?>

バカ夫達は体育館へと移動した。

新入生は100人程度。
ここで初めてバカ夫の存在に気付いた、
別のクラスの生徒からざわめきが起こる。

(・・・・・・おい、あれバカ夫だぜ)
(まじかよ、年少行ってんじゃねーのかよ?)
(隣にいるのリサさんだぜ。やべぇ、まじ可愛い)
(おい、あのお嬢様っぽい女、イケてんじゃね?)

バカ夫、リサ、彩子はここでも話題の中心だった。
3人に視線が集まる。

「なに、見てんだよ!」

リサが自分の方をちらちら見ていた男子を威嚇する。
威嚇された男子はすっと目を逸らしてしまった。

「女のくせに下品ですこと」

ちらりとリサに目を向けて彩子が言った。
縦ロールがふわりと揺れる。

「ちょっとあいつ、シメてくる」
「ほっとけ」

バカ夫にそれとなく止められ、不満げな表情のリサ。
そのやり取りが耳に入り、眉が吊り上る彩子。

「不良って、もてんだなー。
 俺も真面目に不良やっときゃよかったよ」

タカハシが全て見透かしたように呟く。
その横でおそらく何もわからないまま、何度も頷くメガネ。

そんなやり取りの中、入学式が始まろうとしていた。
とは言っても、入学式らしい箇所は壇上の後ろに掲げられた
「入学式」の筆文字だけ。

この場にいる教師は4人。
バカ夫達の担任である宮下を含めた3人は
札付きのワルが100人集まっている中でも平然としていた。

1人だけ空気の違う気の弱そうな50男は
落ち着かない様子できょろきょろと周りを気にしながら、
肌寒い体育館で汗をかいていた。
淋しくなった髪が頭皮にぺったり貼り付いている。

「あ、ちょっとちょっとバカ夫さん。
 あそこ見てくださいよ、あそこ」

メガネは教師達の横にいる4人の生徒を指差した。
そこには通学途中で出会った100キロ電卓の政がいた。

メガネは知る由もなかったが、
その横には3級の帝もいる。
3級の帝の横には寄り添うように立っている
無表情な美少女と、背が低く目つきの悪い男子がいた。

「うわ、何?あのロン毛。
 男のくせに腰まである。キモっ」

リサが3級の帝を見て言った。
何故か固まる彩子。

「ああ、あいつはさあ・・・・・・」
「タカハシ!」

彩子がリサたちの方を振り返り大きな声を上げる。
皆の視線が彩子に集まった。

「はい?」
「よけいなことを言うと、ただじゃおきませんわよ!」
「どうせ、すぐにばれるって」
「いいからお黙りなさい!」
「へいへい、不肖タカハシ、余計な事は申しませんのでご安心を」

誓いのポーズを取るタカハシ。
彩子はようやく周りの視線が自分に集まっているのに気付いた。

「なに、見てるんですの!」

周りを威嚇する彩子。

「いやーん、こわーい」

彩子に聞こえるように言うリサ。
彩子はリサを一睨みしてから背を向けた。

「ねえ、タカハシ。あいつと知り合いなの?」

リサはタカハシに聞いた。

「ああ、友達の妹」
「友達?」
「まあ、すぐわかるって。
 一応、約束だから余計な事は言いませんよっと」

おどけてみせるタカハシ。
リサは合点がいっていないようだった。

始まりそうでなかなか始まらない入学式。
新入生達に不満の色が目立ち始めた。

血の気の多い連中が1箇所に100人も集まれば、
何もなくても小競り合いが起こる。
まして、このような状態であれば、
いつ、殴り合いが始まってもおかしくなかった。

それが起こらないのは、
新入生の大多数がバカ夫を警戒しているからだ。
いま目立つのはまずいと、本能的に感じている者がほとんどだった。

「今年は荒れんのう。つまらんわ」

100キロ電卓の政が3級の帝に小声で言った。

「どうもおかしな緊張感が漂っていますね。
 お互いに牽制しあっている雰囲気がします」

3級の帝が政に答える。
そのやり取りを聞いていた目つきの悪い男子、
猿森が2人に近づいてきた。

「帝様、それはあいつがいるからですよ」
 
そう言って猿森はバカ夫を指差した。

「おや、彼は」
「あいつはこの辺りじゃ有名な奴でしてね、
 2・3人バラしてんじゃないかって噂があるくらいなんすよ」
「ほう・・・・・・。
 政、彼はそんなに強かったですか」

3級の帝は政に訊ねた。
猿森には一瞥もくれない。

「まあ、意気がってるだけの奴ではないのう。
 気合は入っとったわい」
「なるほど、気に留めておかねばいけないかもしれませんね・・・・・・」

坊主頭でサングラスの教師がスタンドマイクの前に立った。
街中で出会えば、100人中95人は本職だと思う風体だ。

入学式の始まる気配を察し、3級の帝は姿勢を正した。
他の3生徒もこれに倣う。

「あー、ではこれより入学式を始める。
 まずは本年度より本校の校長に就任された
 中本校長よりご挨拶を頂く」

ヤクザ教師の紹介を受け、すだれ頭の中本校長が壇上へと向かう。
中本は傍から見ても分かるほど怯えた様子で、
遥か彼方に感じる舞台の中央を目指してギクシャクと歩いた。

「エー・・・・・・アー・・・・・・、
 み、皆さん、ご入学おめでとうござ・・・・・・」
「聞こえねーぞ!ハゲ!」

ぼそぼそと話す中本に新入生から野次が飛ぶ。
中本は助けを求める視線を教師達に送ったが、
3人の教師達は苦笑いを浮かべるだけだった。

「も、申し訳ありません。
 こ、これからも、が、頑張ってください」

中本は何とかそれだけを言うと、
転げ落ちるように舞台から降りた。

(な、なんという学校だ・・・・・・。
 わ、私は勤めを、は、果たせるのだろうか・・・・・・)

汗だくになった中本はもといた場所まで戻ると大きく息をついた。

「お疲れ様でした。上出来ですよ、校長」

ヤクザ顔の教師が中本の背中をバンと叩いた。
目を白黒とさせる中本。

その後、教師達の紹介が行われた。
この場にいた3人の教師は、それぞれ新入生のクラス担任だった。

「では、これで入学式を終える。
 この後、生徒会長による話があるので、
 新入生達はその場に残るように。以上」

校長の話と担任の紹介で5分足らず。
あっという間の入学式であった。

教師達は3級の帝と軽く言葉を交わし、
体育館を出て行った。

体育館がざわつく中、
3級の帝がゆっくりと壇上へ上がる。

「皆さん、入学おめでとう。
 生徒会長の平等院帝です」

凛とした声が体育館に響いた。

「平等院・・・・・・ああ、そういうこと。
 別に隠すことでもないじゃん」

リサがようやく納得した顔をする。

「まあ、もうしばらくしたら、
 隠したかった気持ちも分かると思うよ」

タカハシがリサに笑顔で言った。
彩子は聞こえないふりをしている。

「さて、私は君達にひとつ聞きたい。
 君達は何故ここにいるのだ?」

予想もしない突然の言葉に、
新入生達は一瞬しんとした後、
急激に怒りの声を上げ始めた。

「なんだコラ!
 てめえ喧嘩売ってんのか!オーッ!」
「ぶっ殺すぞ!てめえ!」
「降りてこいや!コラ!」

一気にヒートアップする体育館内。
3級の帝は動揺する気配もなく、
机に置かれているマイクを手に取ると、
その巨大な机を蹴り飛ばした。

机は美しい放物線を描き、
新入生達の真ん中へと落ちていく。
悲鳴を上げて落下点から逃げる新入生達。
机は派手な音をたてて床に叩きつけられた。

40キロはある机を20メートル以上蹴り飛ばした。
にわかには信じがたい状況に、
さすがのワル達も息を呑んでいる。

「聞け!クズども!」

間髪入れず帝は鋭く叫んだ。
全員の視線が帝に集まる。

「この学校はクズの集まる底辺校だ。
 ろくに勉強もせず、人に誇れるものも何もない。
 社会に出て自立する訳でもなく、
 高校ぐらいは行っておこうという
 半端な奴らがここに集まってくる。

 そして1ヶ月もすれば
 何人かはここにも来なくなり、
 この世のすべてを妬みながら
 地を這う人生を送ることになる。

 誰にも認められず、
 誰からも褒められず、
 誰からも嫌われるだけの人生だ。

 それでいいのか?

 いま一度、お前達に問う。
 お前達は何故ここにいる?」

帝の言葉に答える者はいない。
何かをなす為にこの学校に来た者などいないからだ。

あの男を除いて。

帝は新入生達を見回し、話を続けた。

「私の言葉が届かない者もいるだろう。
 であれば、これから言う言葉のみを聞け。

 6月にある試験が行われる。
 その試験に合格した者には100万円を与えよう」

100万?何だそれ?マジか?
そういった声が方々で上がった。

さらに帝は話を続ける。

「これは冗談ではない。

 私立羅覇王商業高等学校、
 理事長平等院羅覇王代理として、
 お前達に約束する。

 6月に行われる簿記3級試験に
 合格した者には100万円を与える。

 繰り返す。

 6月の日商簿記検定3級試験に合格した者には
 100万円を与える。以上だ」

体育館は異様な雰囲気に包まれていた。
ふってわいた100万円が貰えるという話。

簿記って何だ?簿記って何だ?という
先刻までバカ夫が抱いていたのと同じ疑問が
あちこちで聞かれる。

その言葉に答えるようにして、帝は話を付け加えた。

「なお、試験の概要については
 既にプリントを各自の机に配布しているので、
 そちらを見てほしい。

 簿記についての簡単な説明をマンガ形式にした
 「ぼくたち・わたしたちの簿記」という冊子も
 同様に配布している。

 分かりやすく仕上がったので、
 是非、一度目を通しておいてほしい」

新入生達は呆気に取られていた。

しかし、6月に試験があること、
その試験に合格すれば100万円が貰えること、
そして試験についてはプリントを見れば良いことは
全員が理解した。

帝はそんな新入生の反応を確認し、
舞台を降りようとした。

その時だった。

「よけるんじゃあああ!帝ォォォォ!」

電卓の政が叫び声を上げる。
帝は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。

先ほどの巨大な机が帝の頭上をうなりを上げて飛び、
「入学式」と書かれたベニヤ板にぶつかって、粉々に砕けた。

一筋の汗が帝の頬を伝う。
先ほどまで机が転がっていた場所には
バカ夫が立っていた。

「一度ならず、二度までもぉぉ!
 今度こそ、ぶっ殺しちゃるわぁぁぁぁ!」

電卓の政がバカ夫に向かって走り出す。

「やめなさい!政!」

帝がマイクを使って政を制止する。
キーン、というハウリング音が体育館に響いた。
政は苦々しい顔をして、その場に立ち止まる。

「どういうつもりですか?
 少なくとも、あなたにはひとつ貸しがあるはずですが?」

帝は壇上からバカ夫に訊ねた。

「気にいらねえんだよ」
「何がですか?」
「お前がだよ」
「どこがですか?」
「全部だ」
「話になりませんね」

帝は思わず吹きだした。

パチパチパチパチパチパチパチパチ。

突然、場違いな音が体育館に響き渡った。
帝は音のする方に目を向ける。

そこではタカハシが1人で拍手をしていた。
同調する者は1人もいない。
それでもタカハシは拍手をやめようとしなかった。

「どういうつもりですか?タカハシ?」

帝がタカハシに問いかけた。

「いやー、こいつはすげーなーと思って」

タカハシはバカ夫を顎でしゃくる。
帝は粉々になった机を振り返った。

「たしかに素晴らしいキック力ですね」
「そういう事じゃないんだけどなあ」
「君の物言いは、少々苛立たしいですね」
「そりゃ、お互い様だ」

2人の間に緊張が走る。
しばしの沈黙を破ったのはタカハシだった。

「こいつはバカだから説明は出来ないけど、
 ちゃんと分かってるんだよ。
 あんたの演説が俺達をバカにしてたって事をさ」
「ほう、それで?」
「それだけだよ。
 俺としてはアンタのやり方もありだと思うけど
 納得しない奴もいるだろうってことさ」
「自分では何もできない人間の言う事ですね」
「今日できない奴が、明日もできないと思うなよ」
「君の言う、明日が来てから言って下さい」

帝はそこまで言うと壇上を降りた。

新入生達は事の成り行きを訳の分からぬまま眺めていた。
バカ夫ですらその点に関しては他の者と同様だった。

「おら!お前ら!これで終わりだ!
 さっさと教室に戻って、
 100万目指して勉強しやがれ!」

猿森が甲高い声で叫ぶ。
新入生達に一斉に睨みつけられ、
思わず猿森は政の後ろに隠れた。

新入生達はのろのろと体育館を出ていった。
頭の中に「簿記」の2文字を思い浮かべながら。


謎の試験「日商簿記3級」とは果たして何なのか?
運命の歯車は音をたてて動き始めた。

バカ夫を待ち受ける運命やいかに?

<次回予告>

簿記をめぐる戦いの火蓋が切って落とされた。
100万円を目指して戦う悲喜劇の幕が上がる。

「借方」が読めないバカ夫に
タカハシはどんな秘策を授けるのか?

次回、簿記バカ一代、第6話「インド人を超えろ」

<つづく>

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