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京都 先斗町、瑞泉寺を巡る旅

2014-11-17 02:00:29 | 街散策
今回は、京都の先斗町を散策し、木屋町三条にある瑞泉寺を参拝する旅を紹介します。

まず阪急河原町から四条木屋町の地上に出て、四条通りを東に向かい、鴨川の一つ西側の細い通り先斗町(ぽんとちょう)に入ります。

道の両脇には、料亭がたくさんあり、犬矢来(いぬやらい)の竹のアーチ付きの街屋もあります。犬矢来は、外壁を泥やはねによる汚れから守るために設けられたもので、京都らしさを表現する装飾にもなっています。

舞妓さんが遠くに見えます。先斗町では、舞妓、芸妓さんが店に呼ばれて芸を披露しています。
先斗町は四条通から三条四条通までの鴨川沿いの南北500メートルの細長い通りで京都における有名な花街です。
この地は、江戸前半に高瀬川を上り下りする高瀬舟の船頭や旅客を目当てにして花街が出現し、現在まで続いてきました。。
江戸時代末になると祇園と並ぶ花街として発展しました。
べにがら格子の家が両側に建ちならんでおり、東西に五十番まで数える大小の路地があります。
先斗町の名前は、東が鴨川(皮)、西が高瀬川(皮)、皮と皮にはさまれた鼓を叩くとポンと音がするのをモジって、ポント町の名が生まれたという説と、ポルトガル語のPONTからきている説があります。

先斗町の道幅は、大人がかろうじて行き来できる狭さです。

料亭は高級で昼食でも4000円以上必要な店がほとんどです。
一流料理人が極上の料理を出してくれますので、お金と時間のある方はお立ち寄りください。最近は減りましたが、一見さんお断りの店もあります。



先斗町には、細い路地が東西にあり、路地が入口の店も多いです。


先斗町にある店は、生きでセンスのある店が多く、外から見るだけでも楽しいです。

先斗町の終点三条通り近くに「鴨川をどり」を開催する「歌舞練場」が先斗町の北端にあります。

ここは、毎年5月に「鴨川をどり」を開催する芸妓・舞妓の伎芸発表の場です。
「鴨川をどり」は、明治5年(1872年)東京遷都後の京都の繁栄を願って開かれた第1回京都博覧会の附博覧として開始されました。
先斗町歌舞練場は鴨川をどり等当歌舞会主催の行事以外には、一般の方も利用できます。

さらに北へ向かうと先斗町の終点三条通りに到着です。
右手には、鴨川が見えます。


次に、三条通りから木屋町通りに入り、50mほどで、瑞泉寺の入口があります。




ここは、豊臣秀次の墓がある寺です。
秀吉の甥であった秀次は、秀吉の後継として関白にもなっていました。
その後、秀吉に実子の秀頼が生まれてから、秀吉から疎んじられ、1595年高野山に幽閉され自害させられ、秀次の妻子など一族39人が、三条大橋の河原で処刑されました。
1611年に、高瀬川の開削責任者だった角倉了以了は、秀次の菩提を弔うために、秀次の戒名「瑞泉寺殿」から名を取り、瑞泉寺を建立したのが、この寺の始まりです。
瑞泉寺は、約400年間にわたり秀吉により死罪となり、処刑された秀次とその一族・家臣の菩提を供養してきました。



墓の右側には、冥福を祈る銀色の棒状の鐘があり、これを鳴らして冥福を祈ります。
秀次の墓の両脇には、一族39人の墓が並んでいます。


お墓の右隣には、地蔵殿があります。
ここには、一族処刑の際に、一族を極楽浄土へ導いた「貞安上人」の地蔵菩薩像を中央に配し、一族の女性、子供の小像を配置して冥福を祈っています。


この地蔵殿は、人が正面に近づくと照明が点灯するようになっています。正面で参拝すると鮮やかに拝殿内がライトアップされ、美しいです。

この地蔵殿の向かいには、慈舟山という本殿があり、この中には阿弥陀如来がいます。

京都の河原町の街中にある寺ですので、お立ち寄りください。

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