小堺一機さん演じるユダヤ人・クリンゲラインを見ていると、ユダヤ教に天国や極楽という「彼岸」がないということがよくわかります。働いて働いて、不治の病におかされてしまった境遇にあってなお、「よりよく生きるため」(がユダヤ教の特色らしいのです)行動をおこす、たとえ最初はお金の力に任せたものであっても、その気持ちに共感し涙するひとは多いでしょう。そして病院を飛び出してきた彼と最初に言葉をかわす元軍医のオッテルンシュラーグ(藤木孝さん)は、彼と対をなすように、モルヒネを打ちながら、少しずつ死んでいるような存在で、メイクもデスマスクのようでした。自殺を禁じられているキリスト教徒という設定なのかもしれませんが、もう一晩、と毎夜滞在をのばし人々を眺めているのは、どこかに「生」への断ち切れない思いがあるからでしょうか。
幾人もの兵士が、また市民が亡くなるのを目にしてきた医師と、医療による延命を拒否してあらわれる一人の男性。クリンゲラインが可愛いフレムシェンと踊り、男爵と杯をくみかわす一方で、当時飛躍的に進歩をとげ、医療の発達と大量殺戮の手段を同時に生んだ「科学」の担い手である医師は、一個人としての幸せとは隔絶したような時間の中で"I Waltz Alone"を歌います。舞台の上を漂うように緩やかなステップを踏む姿を見ていると、この人の目に焼きついた悲惨な光景が、薄暗い照明の中に映し出されるようでした。
この痛切な歌の間、舞台上手では事業に行き詰ったプライジングがフレムシェンに服を脱ぐように強要し、下手では男爵が運転手に盗みを命じられ・・・そして青山さんたちアンサンブルは、ほの暗い照明の下、マリオネットの動きを静かに続けるのですが、想うままにならない、自由になれない一人一人にとっての「自分」と、操り糸に吊るされて自分を動かす力を持っていない人形の空っぽな体が幾重にも重なり、この後におきる悲劇の序曲を視覚的に奏でるようでした。すき間風やなにかの振動で人形がわずかに動くような、「動」のとても少ない振りですが、時間と空気の質感まで変えてしまう、「動き」を突き詰めたもので目が離せませんでした。「静止する」ことがここでは「動くこと」と等しく語りかけてきて、その哀感は、いまも鮮明な画像となって記憶に残っています。
ベルボーイたちが最高の敬意を払ってクリンゲラインを送り出すのは、彼がマリオネットの糸を切り、自分で「よりよく生きて」いこうと歩き出し、若い母親と新しい命を見守る人となったからでしょう。その旅立ちを見つめ、「もう一晩泊ることにした」オッテルンシュラーグの孤独な時間がそれで終わったわけではないでしょうが、彼が亡くなるときには、クリンゲラインのことを思い出し、二人でゆったりとワルツに身を任せたかもしれません。
幾人もの兵士が、また市民が亡くなるのを目にしてきた医師と、医療による延命を拒否してあらわれる一人の男性。クリンゲラインが可愛いフレムシェンと踊り、男爵と杯をくみかわす一方で、当時飛躍的に進歩をとげ、医療の発達と大量殺戮の手段を同時に生んだ「科学」の担い手である医師は、一個人としての幸せとは隔絶したような時間の中で"I Waltz Alone"を歌います。舞台の上を漂うように緩やかなステップを踏む姿を見ていると、この人の目に焼きついた悲惨な光景が、薄暗い照明の中に映し出されるようでした。
この痛切な歌の間、舞台上手では事業に行き詰ったプライジングがフレムシェンに服を脱ぐように強要し、下手では男爵が運転手に盗みを命じられ・・・そして青山さんたちアンサンブルは、ほの暗い照明の下、マリオネットの動きを静かに続けるのですが、想うままにならない、自由になれない一人一人にとっての「自分」と、操り糸に吊るされて自分を動かす力を持っていない人形の空っぽな体が幾重にも重なり、この後におきる悲劇の序曲を視覚的に奏でるようでした。すき間風やなにかの振動で人形がわずかに動くような、「動」のとても少ない振りですが、時間と空気の質感まで変えてしまう、「動き」を突き詰めたもので目が離せませんでした。「静止する」ことがここでは「動くこと」と等しく語りかけてきて、その哀感は、いまも鮮明な画像となって記憶に残っています。
ベルボーイたちが最高の敬意を払ってクリンゲラインを送り出すのは、彼がマリオネットの糸を切り、自分で「よりよく生きて」いこうと歩き出し、若い母親と新しい命を見守る人となったからでしょう。その旅立ちを見つめ、「もう一晩泊ることにした」オッテルンシュラーグの孤独な時間がそれで終わったわけではないでしょうが、彼が亡くなるときには、クリンゲラインのことを思い出し、二人でゆったりとワルツに身を任せたかもしれません。
明日から『ザ・ビューティフル・ゲーム』の稽古・・・青山さんはたいへんだと思いますが、次々と作品が見られてファンは嬉しいですよね~♪ 『ウエストサイドストーリー』『ボーイ フロム オズ』のジョーイ・マクニーリーさんの演出・振付ということですが、やはり稽古はWSSなみに8週間? また練りに練ったものが見せてもらえそうです。