あのとき、自分ははっきりとフラレたのだ。
彼がゆっくりと発した言葉は穏やかだったけれど、着実に私の体を静かに冷たく切り裂いていって、そして私の中のほとんどの自分構成要素がそのとき死んだ。
生き残った私の断片はそれでも彼を諦めきれずに愛したい愛し続けたいと願っていたが、そう思えば思うほど自分の心はうつろになっていった。
彼を憎めればどんなにか楽だろうと思った。嫌いになればきっと忘れてしまえるだろう。でもここにきて、死んでいたはずの私の心が反発した。そして私は今の彼と今までの彼とを切り離し、過去の思い出に閉じこもるようになった。
目の前にいる実物と思い出の中の彼は同じ見てくれをしているのに、片方を憎みもう片方を愛するのは複雑で苦痛だった。心はこういう矛盾に疲れて死んでゆくのだろうと感じた。
ところが今日、振り返ったらそこに彼がいた。
「降り始めたね」
と空を見上げながら言った。
そして私は手を掴まれ、暗がりに連れていかれ、そこでキスをした。
私は至近距離で彼をにらんだ。
「酔っているんですか?」
「まあ、そういうことにしておこうか。」
いつもの、吸う力の強い、私の思考力を奪ってゆくキスだった。いつだって私はこれをずっと求めていたんだ。
今と過去との境目に築きあげた壁が崩される思いがした。でも、壁を取り払って何になる?壊死した心はもうそこに残っていないというのに。
肉体の感覚と心とはまったく別個の神経系であることを私は冷静に頭の裏の辺りで実感しながら舌を絡め続けた。
このまま再度深淵に堕ちていけば、1回目とはくらべものにならないほどの深手を負うだろう、もう二度と這い上がってこられないかもしれないことは容易に想像できる。でも肉体は理性を無視して快楽を求める。感情がなかったら悲しみも感じずに済む、心がそこになければ一時の快感だけが残り、それはそれで幸せなことだろう…。
「わかりません」
彼から顔を離し、そう言って私はそこから立ち去った。にこりと笑う余裕さえ、私の心の中では死に絶えていた。
そこから家に帰るまでの間、電車の中で髪をいじり続けた。しばらく伸ばし放題だった髪は傷んでいて、私はざらざらと波打っている毛髪を1本1本抜き続けた。
(創作です。念のため。)
彼がゆっくりと発した言葉は穏やかだったけれど、着実に私の体を静かに冷たく切り裂いていって、そして私の中のほとんどの自分構成要素がそのとき死んだ。
生き残った私の断片はそれでも彼を諦めきれずに愛したい愛し続けたいと願っていたが、そう思えば思うほど自分の心はうつろになっていった。
彼を憎めればどんなにか楽だろうと思った。嫌いになればきっと忘れてしまえるだろう。でもここにきて、死んでいたはずの私の心が反発した。そして私は今の彼と今までの彼とを切り離し、過去の思い出に閉じこもるようになった。
目の前にいる実物と思い出の中の彼は同じ見てくれをしているのに、片方を憎みもう片方を愛するのは複雑で苦痛だった。心はこういう矛盾に疲れて死んでゆくのだろうと感じた。
ところが今日、振り返ったらそこに彼がいた。
「降り始めたね」
と空を見上げながら言った。
そして私は手を掴まれ、暗がりに連れていかれ、そこでキスをした。
私は至近距離で彼をにらんだ。
「酔っているんですか?」
「まあ、そういうことにしておこうか。」
いつもの、吸う力の強い、私の思考力を奪ってゆくキスだった。いつだって私はこれをずっと求めていたんだ。
今と過去との境目に築きあげた壁が崩される思いがした。でも、壁を取り払って何になる?壊死した心はもうそこに残っていないというのに。
肉体の感覚と心とはまったく別個の神経系であることを私は冷静に頭の裏の辺りで実感しながら舌を絡め続けた。
このまま再度深淵に堕ちていけば、1回目とはくらべものにならないほどの深手を負うだろう、もう二度と這い上がってこられないかもしれないことは容易に想像できる。でも肉体は理性を無視して快楽を求める。感情がなかったら悲しみも感じずに済む、心がそこになければ一時の快感だけが残り、それはそれで幸せなことだろう…。
「わかりません」
彼から顔を離し、そう言って私はそこから立ち去った。にこりと笑う余裕さえ、私の心の中では死に絶えていた。
そこから家に帰るまでの間、電車の中で髪をいじり続けた。しばらく伸ばし放題だった髪は傷んでいて、私はざらざらと波打っている毛髪を1本1本抜き続けた。
(創作です。念のため。)