2018年2月17日(土)、金ケ崎町、金ケ崎町教育委員会、国指定史跡鳥海柵跡と安倍氏の関連文化財
保存協議会主催の「前九年合戦・安倍氏研究事業 平成29年度・国指定史跡 鳥海柵跡シンポジウム」が
金ケ崎町中央生涯教育センター(金ケ崎町西根南羽沢55)の大ホールで開催されたので、妻と参加しま
した。
シンポジウムの前に行われた奈良大学文学部文化財学科 教授 千田嘉博(せんだ・よしひろ)氏の
「前九年合戦と鳥海柵」という講演を聴きました。演台を離れ、大きな身振り手振りとスライドを沢山
使用した解りやすい説明でした。 (14:00~15:00)
(上)NHK「英雄たちの選択」の井上あさひさん達と一緒の写真。
城郭としての鳥海柵:発掘による成果 扇状地の段丘を利用した防御に適した立地-南西側に防御正面。
(上と下)城郭としての鳥海柵:四面廂建物:それぞれの区域に認められる。櫓-堀や沢に沿った位置
にあって合理的・効果的な配置。
城郭としての鳥海柵:堀と柵-格式の表象ではなく戦いに備えた施設。
(上)「後三年合戦絵巻」G 金沢柵 櫓と出入り口A(東京国立博物館蔵)
絵画資料からの検討(上と下2つ)
●絵画資料から知られる城郭との類似性(「後三年合戦絵巻」)
-切岸(堀)、櫓、柵、板塀。櫓と石落とし。
●同時代の事例との比較(秋田県 大鳥井山遺跡)
-堀、柵、櫓、門:巧妙な城郭としての構造。基本構造に鳥海柵と共通性。
(上)「後三年合戦絵巻」金沢柵 櫓と出入り口B(東京国立博物館蔵)
(上)「後三年合戦絵巻」金沢柵 櫓と出入り口C(東京国立博物館蔵)
(上)鳥海柵復元案
鳥海柵の城郭構造の検討 全体構造の復元:本丸?-航空写真の判読と発掘成果 近世城郭の本丸・二の
丸・三の丸という階層的な城のイメージで捉えてよいか?
鳥海柵の分立的城郭構造:鳥海柵の築城主体は、安倍氏を中心にしつつ、相対的に独立した集団が幾つ
か集まった連合的な構成→安倍氏を考える手がかり。中世期の城郭にも普遍的に見られた城郭構造→
その後の中世城郭が継承した要素。
世界の城から見た鳥海柵:城郭考古学を研究している千田講師は、鳥海柵跡と同時代のドイツやイタリ
アの城を紹介。両方とも中世の特徴である城を中心とした都市形成がなされているとし、「鳥海柵は日
本だけでなく世界史的に見ても古代から中世への転換を示すものだ」と分析した。
(上)ドイツ ホイネブルク(Heuneburg)紀元前7世紀の食い違い出入り口、連続櫓、多聞櫓。
城壁・城門、建物の一部を原位置に原寸大復元、ガイダンス施設、博物館を設置。
(下4つ)CG(コンピュータ・グラフィックス)による全体復元→世界に向けた情報発信。
イタリア ロカ・サンシルベストロ(Rocca San Silvestro):ヨーロッパ11世紀からの中世の城郭
都市形成-インカステラメント(incastellamento)。
●一定の地域の中で、政治・経済・宗教・文化といった中心地機能を発揮したのが「都市」。
●イタリア中・南部をはじめとして、11世紀から封建領主の城を核とした中小都市が一斉に出現。古代
以来の中心地機能が大変化。
●インカステラメントによる中心地の成立によって、城を核とした中心地ネットワークができ、中世的
世界の基盤が形成された。
ドイツローテンブルク(Rothenburg o.d.T)と周辺の紀元後11世紀の城
●ドイツ ローテンブルク周辺に築かれた中世までの城は16カ所。このうち11世紀以降の中心地機能を
備えた3カ所には構造上の特徴を指摘できる。●本丸(Kernburg)+外郭(Vorburg)による組み合わせ。
●一部に石造りの城郭建築をもったが、主体は土づくりの城。●最終的に11世紀末~12世紀初頭に廃絶し、
ローテンブルクが都市機能を吸収。
ドイツ ティレダ(Tilleda)紀元後11世紀後半
●ドイツ ザクセン・アンハルト州にあるティレダ城は、11世紀後半~12世紀前半においてドイツ皇帝
ハインリッヒⅣ世・Ⅴ世の最も重要な王宮。
●石造りの城門・櫓を備えた城壁で防御。本丸(Kernburg)には王宮と教会があり、外郭(Vorburg)
には骨角器職人、銅および青銅職人、鉄器職人、機織り職人、パン職人など、様々な手工業者が集住。
→城を核とした中心地を形成。
おわりに 鳥海柵の歴史的価値
2018年2月20日(火)付「岩手日報」
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