た・たむ!

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喉の話題

2018年01月12日 | 短編

  年明け早々喉を潰してしまった。例年にない過密スケジュールと年齢と、何より日頃の鍛練不足のせいであろう。声は多彩な表情を見せながら急速に掠れていき、ついには『ゴッド・ファーザー』のドン・コルリオーネ役のマーロン・ブランドのようになった。と、職場で子どもたちに話したが、彼らが『ゴット・ファーザー』を知るべくもなく、反応は薄かった。掠れ声はやがて果てしない咳に変わった。ことに夜、床に入ると激しい咳の一斉射撃に襲われ、『トムとジェリー』のようにぴょんぴょん飛び跳ねて眠るどころではなくなった。

 さすがに音を上げて病院に行き、抗生物質をもらって帰った。三日飲めば六日間効くという。三日飲まないと意味はなく、ということは三日経つまではそのままの状態で待っていろということなのか。ジェリーにいたずらされたトムのように毛布ごと跳びあがっている状態を三日間、我慢しなければならないのか。私はあたかも絶体絶命の窮地に追い込まれた戦国武将が三日後に到着するという援軍だけを頼みに満身創痍で前を向く、そんな悲壮感を漂わせながら残る日数をしのいだ。どうやってしのいだか、ほとんど記憶にないほどである。しかし現代の科学医療の進歩はめざましく、その抗生物質も、三回飲んだらちゃんと効力を発揮した。まさに武田軍の本隊が駆け付けたかのような勢いで悪い奴らを駆逐し、嘘のように咳が出なくなった。まったく出なくなったわけではない。

 武田軍は勢いあまり過ぎたのか、攻撃相手が案外貧弱で手持無沙汰になったのか、私の足の至る所に発疹を作った。副作用というやつであろう。大したことはないが、痒い。病院に問い合わせると、そういうときは薬を飲むのを見合わせるといいが、もう三日分飲んでしまったので仕方ないという。武田の本隊を呼ばなくても、真田軍くらいで事足りたのかも知れない。しかしせっかくならめちゃくちゃにやっつけて欲しかったので、戦勝後の多少の乱暴狼藉は大目に見たい。発疹も午後になったら退けてきた。

 さて今後の課題となる日々の鍛錬についてだが、ストレッチくらいなものでいいのではないかと、はや甘い考えを起こしている。喉元過ぎれば何とやら、である。喉元のことだけに。 

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