朝起きたら、雪。
ということで、雪の降る朝に素敵な出会いをするには。
やっぱり何といっても旅館がいい。それも、「はたごや」と呼ぶに相応しい、時代遅れの寂れた小さな宿。浴衣姿のまま朝食を終えた男は、腕組みをして窓の外を見やる。街道は昨日と打って変わった雪景色。その上になお、湿り気のある雪が列を乱しながら舞い降りる。
「参ったな」男は嘆息する。「午後には本社で会議に出る予定だったんだが」
「仕方ないどすえ」と旅館の女将が膳を片付けながらわざとのんびりした声で言う。なぜか京都弁である。「電車もいつ復旧するかわからしまへん。ここは観念して、ゆっくり連泊でもしなはったらどうどす」
男は腕組みをしたまま女将を振り返る。昨晩お酌される時も思ったが、色艶のいい和服の似合う女である。涼しげな眼が訴えるような、からかうような媚びを湛える。
男は再び窓の外に目を向け、舞い落ちる雪を眺めながらいろいろと自問自答する。しかしいかんせん旅先である。浴衣姿である。非日常を演出する雪景色である。どうしても気の緩みがある。
男は腕組みを解き、大きな伸びをする。
「そうか、じゃあ諦めて、もう一晩お世話になろうかな」
「そうしなはれ。朝から雪見酒も風流どすえ」
「朝からかい?」
女将は和服の襟元を指でなぞる。「こんな天気で他にお客さんもいてはらしません。私も付き合わせてもらおうかしら」
男が驚いて女を見つめる。女はじっと男を見上げる。
二人の視線が動かなくなる。
・・・おやおや、朝っぱらから書く話じゃないな。ほら、さっさと外に出て雪かき、雪かき。