「より深く、より静かに」
西川攻(さいかわおさむ)の小説
「孤高」⑩
--闘うは、われ、ひとりなり--
「より深く、より静かに」
I C Gテストの結果肝機能が著しく低下している事が判明した。
そのため肝臓癌の摘出手術ができず体力との調整をしながらの化学療法が為されていた。
しかし抗がん剤の副作用により白血球が少なくなり、定期的な抗がん剤治療もままならない状況に至っていた。
そこで R F A(ラジオ波焼灼療法)実施のため入院した折、
「先生!いったい余命は率直に言ってどれ位なのですか、このままでは全く計画が立てられません。」
「これからやることが山の如くあるんです、死ぬわけにも参りません!」
体調悪化による3年前の衆院選出馬断念。
爾来、入退院、通院が間断なく続く闘病生活が主体となっていた。
「これではまるで蛇の生殺しに等しい・・・。」と裕樹は思っていた。
実質的に際立った政治活動ができない苛立ちに耐え切れず、このところ執拗に、主治医に質問するようになっていた。
「よく考えてください、あなたはがん患者なのですよ!」との主治医の返答が返って来た。
事実。大腸癌、肺がんの摘出手術そして、当面治療中の肝臓癌の一連の病状の流れ等から類推すれば全身、癌蔓延の予兆真っ只中にあった。
従って、今後さらに他の臓器にも転移が進み、命が絶たれる怖れと危険がいっぱいなのが真相であった。
裕樹には判っていた、
「もう自分には時間が無い・・・。 急がなければ!」
「此の侭だと、何もしない、何もできないままで人生が終わってしまう」
しかし、所期の目的達成のためには、時間的に単なる一議員をこれからやっていたのでは、とても話にならない。
何ひとつもできないことに繫がりかねない。このばに至っては,唯一の解決方途、
「一足飛びに天下を取るには如何にしたらよいものか。」を
真剣に考え始めていた。
折りしも世情は既成の議員と政党の無能と廃頽堕落ぶりに絶望している国民は清新にして逞しい新たに強力なり-ダ-を希求しており、それが原因してか最近、首相公選制がしきりに叫ばれてきた。
しかし裕樹は、従来の如く東京や大阪及び其の近郊都市出身の総理では従来となんら変わりない結末を見るだけだ。
彼らは、真にこれからのアジアの時代に向けて躍進する牽引力とは決してなりえず、パフォ-マンスだけの一過性に終わるに過ぎないとの確信を持っていた。
要するに、これからの日本の表玄関となる日本海沿岸地域で中央の頭脳の手足となって今も負担を強いられている現状を打破できる愛郷無限に燃える政治家でなければ意味がないとの思いを持っていた。
地方の潜在能力を如何なく発掘できる地方出身人物こそ、国民の全体力と活力を育み、日本の根本的変革ができる総理になるべき時代がそこまで来ているのではないか考えていた。
闘病中に病院で自らがしたためた総理に向けての三大国家目標を超える大胆にして壮大なビジョンとこれを実行する上での不屈の魂は己に勝る如何なる者も絶対他に存在しない、との強い自信が漲っていた。
この度の入院の折も裕樹の使命的野心は、何ら萎えることなく、以前にも増して益々燃え盛っていた。
主治医の言葉も含め諸般の状況を考え、裕樹は今後の心組みの結論を導き出した。
ここは焦らず、
「後の先」や
「静かなること、林の如く。動かざること、山の如し。」の時であり、
次の一気呵成に
「風」と「火」如く行動するための、
寧ろ大切な刻であると得心せざるを得なかった。
「段取り八分、仕事二分」との言葉もある事だし、と裕樹は
逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
そして、この期間が実は
とてつもないチャンスを齎し、
夢が現実になる突破口となるとは
其の時裕樹は未だ
ゆめゆめ想像だにしなかった。
次回6月は、
「生きているとは、素晴らしいことだ!」です。
平成24年5月31日
西川攻(さいかわおさむ)でした。
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