釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

対岸の火事では無くなって来ているのだが

2009-04-30 07:12:33 | 経済
大手の経済情報メディアのブルームバーグ(Bloomberg)によると今月はじめに米労働省の発表した雇用統計による失業率8.5%には職 探しをあきらめ、学校に行くことにした人やパートタイムでしのいでいる人等を含めていないそうだ。そうした人々を含めると実際は失業率は倍の15.6%に達すると言う。米労働長官を務めたロバー ト・ライシュ・カリフォルニア大学教授は、国民のなかの労働人口の割合の低下と長期失業者の記録的な増加は、 雇用パターンの恒久的な変化を示唆すると指摘していると言う。4月に入ってからの米国の株価の上昇は企業の決算方法が変更され債務を隠す言わば粉飾決算まがいの決算報告で見かけ上黒字とされたことによると言う。しかもそれが米政府主導の疑いがあるというのだ。米国経済の現況はむしろ政府が経済実態の数字を隠さなければならないほど厳しくなって来ており、AFP通信によると調査会社ラスムッセン(Rasmussen Reports)が実施した世論調査によると、20%の人たちが社会主義のほうが好ましい経済システムだと回答しているという。資本主義の代表国であった米国でだ。しかも米国人で「資本主義が社会主義より優れている」と信じているのは全体のわずか53%のみだと言う。ホームレスも日本と異なり家族ぐるみのテント暮らしが多いそうだ。住宅ローンの返済が滞り、家を出なければならなくなったことも影響しているのだろうが。日本でも政府が総額14兆円の補正予算を組み国債を11兆円追加発行したため国と地方の長期債務残高は08年度末でGDP(国内総生産)の約1・5倍の787兆円に達しており、今後ますます悪化する国内経済の状況を考えると日本も早晩米国と似た状況に追い込まれるだろう。


釜石駅近くの道路沿いに咲くシャクナゲ

警察とマスコミの異常さに不安を感じる

2009-04-29 08:07:32 | 文化
SMAPの草なぎ剛が去る23日午前3時ころ東京赤坂の檜町公園で裸になって騒いでいたところを、近隣住人からの通報により駆けつけた警察官に注意されたが、聞き入れなかったため公然わいせつ容疑で逮捕された。この件での警察の動きとマスコミの報道にはあまりにも違和感を覚える。まず通報者が当初会社員と報道された後75歳の老人に変わっており夜中の3時に眠れず騒ぎに気付き通報したとのこと。駆けつけた警察官がはじめて裸で騒いでいるのを発見したと言う。酒の勢いで注意を無視したのなら普通なら即逮捕にはならないし、その後家宅捜査までやっていることに異常さを感じる。マスコミ報道もこの件を各局がくどいくらい連日報道しており、この件でマスコミが先ず問題にすべきはむしろ草なぎ剛の行動よりも警察の過剰な行動の方である。草なぎ剛を弁護するつもりはないが、だれでも若い時には酒を飲んで暴言をはいたり、らんちき騒ぎを起こしたことぐらいはあるはず。今時34歳は昔と違ってよく言えば若い感覚がまだそのまま残っている時代だ。最近の東京都の取り締まりぶりを見ているとまるで独裁国家のシンガポールの取り締まりを想起させるのだが、それはともかく有名人としてではなく一個人の飲酒の上で引き起こしたこととして見るとあまりにも異常過ぎる。マスコミの最近の質の低下を考えるとこうした有名人の問題に飛びつくのはある程度理解はできるがその後の連日の報道は異常としか思えない。大げさに言えば警察もマスコミも人の在り方への介入が強過ぎる。夜中の3時に酒を飲んで裸で騒いで近隣に迷惑をかけることはいいことではないが、だからと言って犯罪者扱いをすることには大きな不安を感じる。こうしてますます東京に住む人たちは表面上は行儀正しく、清廉潔白な人々になって行くのだろうか。


木蓮と関山(桜)

新鮮な筍と新鮮な話題

2009-04-28 07:02:22 | 文化
先日匠の方から筍が出たのでお越し下さいとのお誘いを受けた。お邪魔するといままで気付かなかったが匠の方の庭にはこれまで見たこともない花海棠 (はなかいどう)の立派な木が二本もあった。まだ蕾で花は開いていなかったがもうメジロが朝夕にやって来るそうだ。この日は皆さんで通称小屋への通り道を広げる作業をした後だった。早速竹林へ案内していただき少しだけ顔を出した筍を見せていただいた。例年より2週間早いそうだ。匠の方が何本か掘り出したものを刺身や吸い物にしていただいた。刺身は先端部分の一番柔らかいところを最初に食べるのだそうだ。苦みが少しあるのがいいそうだ。匠の方ほど筍のことは知らないのでどの部分もただただ美味しくいただいた。採れたてのこごみも新鮮で美味しく、鹿肉のそぼろも醤油味と味噌味が用意され巨匠が言われたように熱々のご飯にかけて食べると最高だと思われた。手作りのしらすの佃煮も市販もののようなくどさがなくまさに京風しらすといった美味なものだった。関西味に慣れているせいかこちらでいただくものがくどくなく新鮮な食材の元の味を十分生かした調理のされ方にいつも感心させられる。この日は巨匠のご長男ご一家もミニチュア・ピンシャーを連れてこられて、以前から聞いていたそのピンシャーのすばらしいところを見せていただいた。毛の艶や身の締まった体つきもすばらしいし、飼い主の指示にもよく従う。同じ犬を飼うものとして貴重な犬を見せていただいた。4歳の子供さんとも一体になっている様子だった。うれしいことが他にもあって後で家人とも喜んだのだが巨匠が楢の木平に桜を200本植えることを考えておられるという話があった。介護などの福祉関係への協力なども考えておられようだ。さすがに巨匠の考えは並の人では思い及ばないことばかりだ。やはり釜石をどうやれば市民のための釜石にできるかをみんなが考えなければならない。あくまでもこの釜石の豊かな自然をいつまでも残せるものでなければならないのは当然だが。


少しだけ顔を出した筍


匠の方の竹林の一部

ふと温泉のことを考えた

2009-04-27 07:05:29 | 文化
日本三古泉というのがある。道後温泉・有馬温泉・白浜温泉の三つの温泉を言うらしい。いずれも西日本にあって最古泉を争っているそうだが文献的には道後温泉の伊予国風土記逸文にみる景行天皇行幸(71~130) が最も古いということになるようだ。ただ伊予国風土記逸文も江戸時代の成立だし景行天皇行幸というのも疑問がある。各地の風土記に景行天皇はよく出て来る人物ではたしてそのまま受け取ってよいものか史実的に疑問が多い人物なのだ。ただ有馬温泉や白浜温泉は近畿であるところからもどちらかというとやはり道後温泉の方が古いのではないかと思われる。温泉は北は北海道から南は九州、沖縄まで火山列島日本のどこにでもある。岩手県にもたくさんの温泉があるが残念ながら釜石はじめ沿岸部には本格的な温泉がない。地図上では釜石にも温泉があることになっているが実際は廃業してしまっている。お湯は出るようだからもったいない気もするが。家人は非常に温泉が好きだが自分ではあまり好きな方ではない。ただ温泉も立派な建物ではなくごく自然に近い環境にある温泉は好きである。群馬県の宝川温泉の汪泉閣の川を目の前にした大きな露天風呂や北海道知床の幾つかの自然のままの露天風呂などはのんびりと温泉に浸っていられる。昨年の春先に花巻の街外れにある新湯本温泉の美翠館へ行き、人がほとんどいなくて小さめだが露天風呂を一人で味わえたのは久しぶりに気分がよかった。春の暖かい日射しに春の空気を感じながらのんびりと時間を気にせずちょうど良い湯温にのぼせることもなくたっぷりと温泉気分を味わえた。花もそうだが温泉も人が大勢いればのんびりもしていられない。ただ道後温泉は湯上がりに窓を開け放した大広間でのんびりと足を伸ばしてお茶等を飲んでいられるので人が多くても気持ちがよかった。


庭に咲いたシラネアオイ

徒然なるままに

2009-04-26 07:14:19 | 文化
昨日から雨で今日も雨脚は強くなる予想。釜石の街を車で走っていると枝垂れ桜がまだ咲いていて、シャクナゲも咲き、ライラックも咲き始めている。桜も山の裾の斜面には雨の中周囲の若い緑の中で白く浮き上がっている。我が家の庭では昨年遠野の上郷の産直で買った山野草のシラネアオイが二輪咲いた。昨年散った紅葉の木にも若葉が出て来ている。釜石の気候もこうしてみると福島県の花見山同様に花が一斉に咲くように思う。その上、気温のせいで関東以南より長く咲いていてくれる。職場の駐車場に出ると毎日ウグイスが鳴き、アオジやシジュウカラ、ヤマガラが頻繁にやって来る。雪柳の白と山吹の黄色に若葉の緑が鮮やかに目に入って来る。さすがに気温が少し低目になり肌寒く感じるが岩手では雨が降ると山々に霧が立ちそれはそれで風情がある。東北へ来てから興味が引かれるようになった古代史の本を昨夜も読んでいたが古代に目を向けると既存の知識の中で疑問が次々に出て来る。縄文の三内丸山遺跡の人々はどうなったのか、近畿の銅鐸が何故記紀に書かれていないのか、卑弥呼の都は明らかに九州なのにそれを認めようとしないのは何故か。神無月には出雲に神々が集まったのであれば出雲は国の中心であったはずではないのか、中国のその時代に書かれた史書を学会が何故無視するのか、等々。歳とともに諸外国へ出かけて行くことより自分がいるこの日本には知らなかったものがたくさんあることに気付き、花や鳥などの自然と古い歴史に興味が湧いて来る。恐らく大都会で生活していれば周囲の喧騒に巻き込まれてそれどころではなかったのかも知れない。釜石という東北の小都市だからこうした興味が湧出して来るのだろう。世の中では消費者物価指数が漸減しデフレがゆっくりと進行しているが釜石にいるとそうした変化はまだ感じられない。その意味でも釜石はこういう時代の中では幸せな都市なのだろう。


天照皇大神をも祀る釜石八幡宮に咲く山吹

蝦夷以外にも滅ぼされた民はいた

2009-04-25 07:08:22 | 歴史
東北の蝦夷が大和朝廷により徹底的に滅ぼされてしまったが大和朝廷により滅ぼされたのは蝦夷だけではなかった。日本書紀や各地で編纂された諸国風土記に登場する土蜘蛛と蔑称される人々もまた蝦夷と同じ運命をたどった。穴居生活に手足が長いなどと記されているが土蜘蛛の名から尾ひれを付けて記されたものと思われる。東北南部から九州に至る各地に土蜘蛛の存在が認められ、リーダーの多くに何とか姫の名が付いており、女性のリーダーが多かったようだ。いずれもやはりまつろわぬ人々であった。平安時代に入っても京の都近くにも土蜘蛛は出没し、帝の命で源頼光がこの土蜘蛛を退治するという説話が残り、土蜘蛛草紙が記されたり、能、歌舞伎、神楽などにも取り込まれるようになって行く。興味を惹かれるのはその能や歌舞伎の中での土蜘蛛の台詞である。能では 汝知らずや、我れ昔、葛城山に年を経し、土蜘の精魂なり。なお君が代に障りをなさんと、頼光に近づき奉れば、却って命を絶たんとや と唱えられ、歌舞伎では我を知らずや其の昔、葛城山に年経りし、土蜘の精魂なり。此の日の本に天照らす、伊勢の神風吹かざらば、我が眷族の蜘蛛群がり、六十余州へ巣を張りて、疾くに魔界となさんもの。 と唱えられている。武力に敗れた土蜘蛛の朝廷に対する怨念が詠われている。支配者から見た土蜘蛛とは異なった土蜘蛛の姿が描かれている。歌舞伎に言う判官びいきでもあるのだろうが。大和朝廷による統一は決して野蛮な民の征討などと正当化し得るものなどではなくまつろわぬがための先住の民を犠牲にした、彼らの血の上に打ち立てられたものだった。諸外国の先住民の滅亡については触れる歴史書も自国のこうした歴史には触れようとしない。しかしこうしたことも研究されてはじめて真の日本の歴史が明らかになる。歴史は隠蔽するものではなく、明らかにするもののはずななのだから。日本ではまだまだ歴史学は遅れていると言わざるを得ない。


ボケの花は比較的長く咲いてくれる

釜石の再生のための一提案

2009-04-24 07:04:57 | 文化
釜石は梅と桜が終わり、今は桃、雪柳、花海棠、枝垂れ桜が咲いている。山裾には一重の山吹もよく見るようになり、落葉樹にも緑が見え始めた。自然豊かな釜石も街としては何か勢いが見られない。釜石の歴史があまりにも幕末以来の鉄に偏り過ぎていてそれが支えであったために鉄が無くなると鉄からの精神的な脱却ができないでいるように見える。街として相変わらず他所の企業に頼ろうとしている。港湾整備などはそのようにしか見えない。しかし日本の地方の多くで見られるように企業誘致や企業頼みで成功する都市はごく限られる。大半は中途半端に終わっている。先日福島県の三春町を訪れた際郡山からタクシーに乗ったが郡山に住む運転手の話だと今郡山は大変らしい。人口32万に増えたがそれは電気メーカーや自動車関連の工場の進出によるもので昨年以来の解雇の嵐で失業者がたくさん出ているそうだ。企業に頼ると当然企業次第ということになる。東北の小都市では特に伝統や芸能の破壊、自然の破壊にも繋がる。東北の良さはむしろそこにあるにもかかわらず。花や風景の写真を撮るためこれまでも様々なところへ出かけたが花に特徴のあるところは必ず人が集まっている。京都でさえそうだ。三春町など小さな街でもあるため一年に一度の滝桜の観光客だけで町が成り立ち、合併を拒否していると言う。北上の展勝地にしても相当の観光客が訪れるがここはその客を市としての収益にまだ十分つなげていないと思われる。遠野のふるさと村も北上の民俗村も日本人の郷愁を誘う茅葺き屋根の民家が移築されているがあまりリピーターが訪れるとは思えない。飛騨の白川郷は同じ茅葺き屋根でも様々に工夫が凝らされ人が制限されるほどだ。釜石の郷土資料館を見ると釜石にも多くの歴史や伝統がありこれと四季の花や花木を結びつけていつ訪れても違った花でしかも郷愁を誘う景観があり、郷土料理が提供されたり、伝統技術の体験が出来たりすれば多くのリピーターが訪れる。当然関連する宿泊設備も整備されてくる。伝統を上手く残し伝えつつ人を集められれば最高だと思うし、釜石には埋もれたままにしているそうした伝統や技術・芸能がたくさんあり、利用可能な自然も溢れている。ただこうしたことは決して中途半端にやっては失敗する。やるなら市を挙げて取り組む必要がある。住民が参加して初めて強固なものになる。


薬師公園の椿

遠野の桜はまだ早かった

2009-04-23 07:02:42 | 自然
昨年敦盛草の育成に力を入れている住田町の赤羽根の産直で敦盛草を、遠野の上郷の産直で熊谷草を買った。それらがうれしいことに最近芽を出して来た。はじめて育てるので心配していた。花が見られるのはもう少し先になるが楽しみだ。釜石の桜が終わり次は遠野の桜が見られるころなので遠野に出かけることにした。ほんとうは角館の武家屋敷の枝垂れ桜を見たかったがあいにく角館は雨なので今年は角館はあきらめることにした。週末も天気は悪くそのころがもう角館の桜も最後になると思われる。遠野へ行きかけてふと鵜住居の桃源郷を思い出し引き返して鵜住居へ向かった。来てみて良かった。桃はちょうど満開で近くの枝垂桃は三分咲きだった。ここの桃は一本の大きな桃の木から三色の色合いの花が咲きすばらしい春の情景を見せてくれる。昨年職場の方から教えていただき昨年も訪れた。鵜住居から山間の橋野へ向かい、お定まりのどんぐり広場の産直に立ち寄る。産直前の鵜住居川の両岸に大きくはないが染井吉野と枝垂れ桜が何本も咲いており小さな公園が造られていた。橋野から笛吹峠へ向かう途中の農家にはここかしこでやはり桃や枝垂れ桜が見られ、昨年も注目した一軒の立派な農家の前の枝垂れ桜はまだ少し早いようだった。遠野の青笹にある喜清院は小さなお寺だがここにはおそらく遠野一番の枝垂れ桜がある。少し分かりずらいところだが立ち寄るともう枝垂は咲き始めていたが五分咲きといったところだった。街中のちどりやの味噌ラーメンが美味しいと聞いていたのでここで昼の食事を摂った。美味しいが量が多くちょっと食べ過ぎの感じだった。萬福寺、善明寺、対泉院を尋ねた後智恩院のここも少し早い枝垂れ桜を見て鍋倉城趾へ上った。しかしここは全体に桜には早いようだった。遠野は今週末ぐらいがいいのかも知れないが天候は週末は予想ではよくないのが残念だ。


鵜住居の桃源郷

罵り言葉が示すもの

2009-04-22 07:26:58 | 歴史
大阪の朝日放送で探偵ナイトスクープという番組があり、その番組の初代探偵局長であった上岡龍太郎のころに視聴者からの依頼でアホとバカの境界がどこなのか調べて欲しい、ということがあったそうだ。依頼者である夫は大阪生まれで夫婦喧嘩の際に妻に対しアホと言うが、東京生まれの妻は夫に対してバカということがきっかけだと言う。調べたところ大阪と東京の間の名古屋から岐阜ではタワケという言葉が使われていた。このことからこの番組のプロデューサーである松本修氏はさらに全国の罵り言葉を調べ上げて一冊の本にまとめた。それが新潮文庫の『全国アホ・バカ分布考 ーはるかなる言葉の旅路ー』という書籍である。この書籍によると分布には幾つかのパターンがあるが著者の結論は柳田国男の『蝸牛考』(1930)で述べられた方言周圏論に収束しているようだ。つまり方言は京都を中心にして次第に円周状に地方へ伝播されて行ったというものだ。京都を離れれば離れる程かって京都で使われたいわゆる古語が残っているという。東北の「ホンジナシ」と南九州の「ホガネー」はいずれも「本地なし」が訛ったもので、「本地なし」の成立時期は平安時代末期であるという。これは非常に面白い考察で一部は日本方言学会の講演でも披露されたそうだ。ただこの書籍でも解明に歴史的考察が困難なものは意識的にはずされたようだ。高知県の一部では「この唐人!」と言う言葉が使われたり,東北の一部で「このツボケ!」と言われたりすることだ。英国でも「このドルイド!」と言われると言う。これらは先住民を罵る言葉として始まった言葉のようだがその先住民のことが日本では謎のままなので考察を進められないわけだ。現存する方言に隠された歴史が学術的にもっと研究されればとんでもないことがたくさん出て来るかも知れない。一説に古代王朝があったとされる北九州、出雲、吉備、越、近畿、東北などは際立って言葉が異なっていると言う。


職場近くの稲荷神社

渓流のイワナと雪解けの山菜に舌鼓する

2009-04-21 12:54:59 | 文化
先日匠の方からイワナと山菜があるからとお誘いを受けた。若手の匠の方が甥御さんと二人で渓流へ釣りに出向き、20匹近くイワナを釣って来られた。中にはアメマスのかかったものもいた。釣ったイワナを前に本物のイワナと混ざりのあるイワナの違いを教えていただいた。獲れたてのイワナだと刺身で食べると美味しいそうだ。ただ2時間以内に食べる必要があると言う。山菜のメインはタラッポ、つまりタラノメとよもぎ。出たばかりの人の入らない山の一番成りのタラノメと手に入れにくいよもぎ、雪解けから出て来たばかりのよもぎは上に茎の部分が伸びないで葉が横に伸びているそうでこのよもぎが一番上質のものだそうだ。これらを天ぷらにしていただいて御馳走になった。イワナも若手の匠の方の絶妙な焼き方と塩味で生臭くなくかつ美味な味を味合わせていただいた。よく川魚に白くなる程塩を付けたものが売られているがこれは時間がたってかえって生臭さが出たのを隠すためのもので本来の川魚の味が損なわれてしまうそうだ。タラノメも東京などでは料亭の高級料理になるものだがそうしたところでも口にできない最高のタラノメを食べさせていただいた。よもぎの天ぷらもよもぎの香りともっちりとした食感が口の中を伝わり感激するばかりであった。この匠の方のマキストーブのある通称小屋での数々の味は岩手でもそうそう味合える人はいないだろうと思われる。イワナを食べた後のイワナの骨を若手の匠の方が火で焙り、骨酒を造られた。これはまた飲める人にはたまらなく美味い酒になるそうだ。家人も本当に美味そうに飲んでいた。器も暖めた燗酒がコツだそうだ。若手の匠の方も本当に多才で深い知識をもっておられすこぶる貴重な存在で、その才能を考えるといつももったいない気がしてくる。しかし釜石には目立たないこうした才能のある方が多いことにいつも驚かされる。


釣られたイワナ


若手の匠の方の手で焼かれるイワナ