釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

釜石の再生のための一提案

2009-04-24 07:04:57 | 文化
釜石は梅と桜が終わり、今は桃、雪柳、花海棠、枝垂れ桜が咲いている。山裾には一重の山吹もよく見るようになり、落葉樹にも緑が見え始めた。自然豊かな釜石も街としては何か勢いが見られない。釜石の歴史があまりにも幕末以来の鉄に偏り過ぎていてそれが支えであったために鉄が無くなると鉄からの精神的な脱却ができないでいるように見える。街として相変わらず他所の企業に頼ろうとしている。港湾整備などはそのようにしか見えない。しかし日本の地方の多くで見られるように企業誘致や企業頼みで成功する都市はごく限られる。大半は中途半端に終わっている。先日福島県の三春町を訪れた際郡山からタクシーに乗ったが郡山に住む運転手の話だと今郡山は大変らしい。人口32万に増えたがそれは電気メーカーや自動車関連の工場の進出によるもので昨年以来の解雇の嵐で失業者がたくさん出ているそうだ。企業に頼ると当然企業次第ということになる。東北の小都市では特に伝統や芸能の破壊、自然の破壊にも繋がる。東北の良さはむしろそこにあるにもかかわらず。花や風景の写真を撮るためこれまでも様々なところへ出かけたが花に特徴のあるところは必ず人が集まっている。京都でさえそうだ。三春町など小さな街でもあるため一年に一度の滝桜の観光客だけで町が成り立ち、合併を拒否していると言う。北上の展勝地にしても相当の観光客が訪れるがここはその客を市としての収益にまだ十分つなげていないと思われる。遠野のふるさと村も北上の民俗村も日本人の郷愁を誘う茅葺き屋根の民家が移築されているがあまりリピーターが訪れるとは思えない。飛騨の白川郷は同じ茅葺き屋根でも様々に工夫が凝らされ人が制限されるほどだ。釜石の郷土資料館を見ると釜石にも多くの歴史や伝統がありこれと四季の花や花木を結びつけていつ訪れても違った花でしかも郷愁を誘う景観があり、郷土料理が提供されたり、伝統技術の体験が出来たりすれば多くのリピーターが訪れる。当然関連する宿泊設備も整備されてくる。伝統を上手く残し伝えつつ人を集められれば最高だと思うし、釜石には埋もれたままにしているそうした伝統や技術・芸能がたくさんあり、利用可能な自然も溢れている。ただこうしたことは決して中途半端にやっては失敗する。やるなら市を挙げて取り組む必要がある。住民が参加して初めて強固なものになる。


薬師公園の椿