今日は昨日の午後から引き続き、空が雲に覆われていた。暑さはすっかり消えてしまった。釜石へ引っ越す時に、犬たちは優しい女性の訓練士の開設したばかりの訓練所に預かっていただき、釜石へ先に引っ越してから航空便で送っていただいた。花巻空港へ犬たちを迎えに行く際、職場の方にお手伝いいただいた。その方が先日亡くなった犬のためにわざわざ花をお持ち下さった。ちょうど、今日、お寺で火葬後の納骨があるのでその花を供えさせていただいた。お寺は日蓮宗で、釜石市街地周辺に大小たくさんある谷間の一つの最奥にある。車一台がようやく通れる細道の両側にもいくつも民家が建っている。中に人の住んでいない、一部崩れた古民家が建っていた。以前、境内に咲いた片栗の花を撮りに来たお寺だ。駐車場に車を止めて、車から降りると、ミンミンゼミたちの賑やかな声が耳に飛び込んで来た。坂道を上ると、途中に、「食べ物を残さないで下さい」と書かれていた。熊が食べ物があるとやって来て、墓を荒らしてしまうようだ。墓がたくさん並んでいる中でも比較的目に付く位置に供養塔が建っている。近づくとお寺の方が周辺を片付けておられた。早速、戴いた花を供えさせていただいた。右手にはこちらの家名と犬名の書かれた卒塔婆が立っていた。さらに谷の奥を見ると、今日もペットのための火葬が行なわれているようだった。斎場からはかすかな煙が出ていた。一昨日の夕方、そこへ我が家の愛犬を持ち込んだが、なかなか立派な設備であった。ゆっくりと周辺を見ながら坂を下り、駐車場で車に乗ろうとして、ふと、近くの小高い小さな山と石碑が目に入った。気になったので、そちらへ歩いた。先住民の供養塔や山神の石碑がある。このお寺の開山のために付近を掘った際、縄文時代の遺物が出て、「礼ケ口遺跡」となっており、その縄文時代にこの地に住んでいた人々のための供養塔のようだ。また、江戸時代の地図では、ここは霊廓地となっていると言うことで、神聖な地であったようだ。山神は小さな三角形の山に祀られており、そこは三覚山と名付けられたいる。「この山に登ると人生の甘い、辛い、酸っぱいの三味を覚えることができると言われている」とある。わずかな距離なので、付いている階段に沿って上ってみた。頂上には一本立派な松が立っていた。四方を見渡すことが出来る。確かに縄文期にはここは人々が敬う場所だったかも知れない。縄文時代の特徴である岩もある。縄文時代の遺跡はここだけではなく、釜石市内には何か所かある。最初に東北へやって来た阿蘇部族の一派ではないかと考えている。やがてそれぞれが定着地を見つけて住着き、後に岩手では麁族(あらぞく)となったと思われる。何千年も前からこの地には人が住み続けているのだ。谷間を川も流れ、水が得られる場所であり、山野には豊かな食材が溢れている。東北は書かれた記録がないためにただ野蛮な蝦夷の地とされて来ているが、人々は争いをせず、互いに平和な暮らしを続けていたのだ。争わずとも衣食住に満ちていた。亡くなった犬もこの霊地で古の人々と戯れているのかも知れない。


山神の石碑のある三覚山