時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

労働市場流動化の光と影:スペイン

2009年05月16日 | グローバル化の断面

 太陽の光も強いが、影も濃い国スペイン。 
 
 ひとつの興味深い記事*に出会った。過去数年、この国は労働市場の急速な流動化を進め、近年はEUで最も高い経済成長を記録してきた。しかし、グローバル大不況の衝撃からは逃れがたく、昨年秋以降、逆に失業率がEU諸国の中でも急上昇するという「どんでん返し」にあっている(メディアの評価も掌を返したようだ)。スペインの失業率は2007年で8%前後だったが、今年1~3月にはEU平均の倍近い17%に跳ね上がった。

 スペインの労働市場流動化の尺度のひとつとなる有期雇用率は、最近では28%前後と日本並みだが、EU諸国の中ではずば抜けて高い。他方、スペインの2000~07年の労働生産性上昇率は、年平均0.9%とOECD加盟国平均の半分という低位である。

健闘するモンドラゴン
 こうした状況で注目されるのが、世界的によく知られている協同組合COOP、モンドラゴンMondragon の事例である。失業率が急騰する中で、従業員のレイオフを極力抑制して、雇用維持に健闘している特異な存在として注目されている。モンドラゴンは、50年余の年月にわたり、そのユニークな経営思想と良好なパフォーマンスで世界の注目を集めてきた**。日本でも、協同組合関係者、一部の研究者などの間で、強い関心が寄せられてきた。モンドラゴンはバスク第1位、スペイン第7位の産業グループであり、スーパーマーケットから自動車、機械、家電販売、金融活動まで包含している。

組合員にやさしい?組織
 モンドラゴンが目指す協同組合は、公正と民主主義を基調にしてきた。純粋な形態の協同組合は、組合員のすべてがそれぞれの貢献度に応じて株式持分を保有し、仲間から選んだ経営者の下で労働に従事し、成果配分を受けるという形をとる。しかし、経営規模が拡大すると、こうした純粋な形態は採用しがたくなり、主として労働時間と組合出資金持ち分を基準とする正規の組合員(労働者組合員)と非組合員(賃金労働者とパート労働者)の双方が混在する形態になることが多い。前者はいわばコアの従業員であり、経営者も原則その中から選ばれる。後者は資本主義的企業(利潤極大化型企業)の非正規労働者に近い。  

 モンドラゴンは協同組合だが、労働者自主管理企業の一類型と考えられる。協同組合を支える思想は、ラディカルで反資本主義的と考えられてきた。だが、実際には私企業と同じ市場環境で活動している。しかし、設立の思想を継承し、通常の資本主義的企業(利潤極大化型企業)と比較して、構成メンバー(組合員)に手厚く、レイオフも少ないとされてきた。たとえば、モンドラゴンの場合、万一、経営不振で工場閉鎖などを実施する場合、組合員については半径50キロメーター内にグループ企業があるかぎり、かれらを優先雇用することになっている。  

 スペイン労働法の下では、通常の企業はレイオフを実施する場合、労働組合などと団体交渉を行わねばならない。しかしモンドラゴンの場合、変化への対応が迅速で、多くの場合、争議などの紛争なしにレイオフ、時短、賃金カットなどを実施できる。情報が組合メンバー間で共有され、ルールが設定されているので、市場の変化への対応が迅速にできると考えられる。

必要な雇用基盤の充実・安定
 共同組合も規模が大きくなると、構成員のすべてを組合員(コア・メンバー)とすることは難しくなり、非組合員が増加してきた。そうなると、資本主義企業(利潤最大化企業)とあまり変わりなくなってくる。しかし、その理想を保持しようと努力するかぎり、かなり良好なパフォーマンスを発揮することもできるかもしれない。 

 グローバル経済危機の下、セーフティ・ネットの張り直し、充実に向けての議論が盛んだ。それ自体は必要であり、望ましい方向だが、雇用政策の全体のあり方としてみると、重点の置き方が事後的対応に偏っていると思われる。雇用創出というポジティブな対応と比較すると、セーフティ・ネットなど事後的政策には巨額なコストを要するのだ。最重要な課題は、積極的に良質な雇用機会を創出する仕組みを整備し、生まれた雇用をできるだけ維持しうる基盤を維持、充実することだ。セーフティ・ネットに救われる前の段階での雇用の仕組みを、より強固なものとする努力が必要なのだ。労働者派遣法の改正も必要だが、雇用システム全体の視野の中では、その効果は限られたものだ。

乖離する理想と現実
 
 モンドラゴンの場合、設立当初の頃は、ほとんどすべての構成メンバーが組合員であった。彼らは労働サービスへの報酬に加え、出資金の持ち分に応じた配当、利子などを受け取ってきた。しかし、その後の規模拡大と他企業との競争上、労働者の流動化を維持する上でコアとなる組合員以外の労働者が雇用されるようになった。今日では全労働者の半数近くは、非組合員になっている。いわゆる2層構造であり、正社員と非正社員の2グループに近いといえる。不況になると、正組合員ではない労働者からレイオフされる。

 さらに、非組合員が結んでいるテンポラリー契約は更改されない。そのため、モンドラゴンのような場合でも時々は、ストライキや組合問題と無縁ではない。しかし、今のところ協同組合としての創立以来の理念をできるかぎり守ろうとする努力が、他企業よりも良好な雇用維持につながっているようだ。市場原理の冷酷さに安易に屈しない連帯感が組織を支えている。

試行錯誤の積み重ね
 モンドラゴンはその発展の過程で、資本主義的企業に対抗して生き残る仕組みを模索してきた。設立以来、半世紀を超える
試行錯誤の過程を重ねながら、現在のような形態になった。

 モンドラゴン傘下の協同組合企業の中には、正メンバーでない組合員を組合員に組み入れる方向を検討しているものもある。労働時間の長さを尺度として、組合員、非組合員の区分を消滅させようとの検討もなされている。

 モンドラゴンは、かつて経営管理などに当たるマネジャーの俸給を、組合員の最低俸給の3倍に抑えていた。しかし、優秀なマネジャーが外部流出する事態が生まれ、組合員労働者との間で俸給の逆転現象も起きた。そのため、この上限を8倍へ引き上げたが、依然として市場価格から30%近く低いため、他の企業などへ転職する可能性が指摘されている。

 協同組合、労働者自主管理企業などで、株式を所有する労働者(=資本家)が多様化すると、経営は難しくなる。United Airlines は、1994年にお互いに競合する複数の労働組合が大部分の株式を保有する部分的ESOP(従業員持株制度の一類型)を採用していた。しかし、結局従業員株主としての統一した方針を維持できず、破綻してしまう。モンドラゴンは歴史の風雪に耐え、さまざまな試行錯誤を行って、こうした危機に対応してきた。


 仕事の機会の創出、雇用基盤の安定化のためには、セーフティ・ネットの張り直し、強化とは異なる新しい視点が必要だ。最終需要を派生需要としての雇用につなげ、しっかり維持するための方途を確立しなければならない。それには、さまざまな選択経路があり、ほとんど検討されていない課題も多い。緊急雇用創出事業など短期的対策から、より確たる雇用創出・維持の政策への重点移行が必要になっている。事後的・応急的な対応を図る段階から、長期的視点に立った産業・雇用システムを整備・確立する段階に来ていることは疑いない。スペインの事例はやや特殊だが、多くの考えるべき課題を含んでいる。



References

「スペイン「有期雇用」に限界」『朝日新聞』2009年5月15日
 “Corperatives: All in this together”The Economist March 29th 2009.

** 労働者管理企業 Labor Managed Firm(LMF)は、理論上は新古典派経済学の利潤最大化型企業に関する伝統的通念とは大きく対立する「ひねくれた」性質(perversiveness)を内在すると考えられ、興味深い議論が積み重ねられてきた。1990年代、労働市場の規制撤廃以前の日本企業の理念型は、アングロ・サクソン型利潤最大化型企業よりも、むしろLMFの方に近いと筆者は考えてきた。そうした発想の発端は、労働者管理企業に関する先駆的研究者、Y. ヴァネック、W. F. ホワイト、T. ハマーなどから直接、間接に多くを学ぶことができたことにあった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 私の心は虹を見るとおどる | トップ | 風前の灯:「第3イタリア」... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

グローバル化の断面」カテゴリの最新記事