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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

17世紀の色:衣装を描かせたらこの人(7)

2021年11月16日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、《いかさま師》部分

アメリカのメトロポリタン美術館が、ラ・トゥールの世俗画
《占い師》The Fortune Teller を取得、所蔵したことで、前回記したキンベル美術館の《クラブのエースのいかさま師》と併せて、この画家が制作にあたって費やした画材、技法などについての調査・研究は格段に進んだ(《占い師》はこのブログでも何度も登場している。それでも記すべきことは尽きない)。

この画家の卓越した技量は作品を一目見れば明らかだが、なかでも人物の衣装や織物の描写の素晴らしさは多くの人が認めるところだ。描かれた人物のまとう衣装に光が当たる部分の描写などを見ると、画家の絶妙なテクニックの素晴らしさが伝わってくる。


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、《いかさま師》メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

《占い師》の衣装の描写は、フォトワースのキンベル美術館が保有する《クラブのエースのいかさま師》を上回るとされている。今回はその点を少し見てみよう。《占い師》でも《いかさま師》と同様に下地に使われた白いチョークの色は、画面全体の明るい色調を定めている。しかしながら、ラ・トゥールは必要に応じて部分的には明るい灰色を下地の上に付け加えて塗っている。さらに別の箇所、例えば画面左側の黒い髪のジプシー (今はロマと称する)の女の額の部分にはオフ・ホワイトの地塗りが残されている。他方、右側の年とったジプシーの目の部分には、中間色の灰色の下塗りがなされていることが判明している。画家が細部にも多大な注意を払っていることが分かる。

制作にあたっての綿密な準備
さらに《占い師》も《いかさま師》と同様に、周到な検討の上に人物などが配置されているが、《占い師》の場合は特に慎重な配慮の下に製作されたとみられ、 pentiment (描き直し、塗り直し)の跡がほとんどないことが分かっている。


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、《いかさま師》

《占い師》に使われた顔料、絵の具の色も《いかさま師》よりも多く、充実している。仕上げの着色についても、慎重に考えられた配色、筆さばきが感じられる。絵の具を厚塗りし、その上に透明色を重ねるimpasto と言われる技法も各所で使われている。この占い師(右側)の衣装はとりわけ話題となることが多い。厚い布地に施された鳥や動物の刺繍が、糸目まで分かるように描かれている。占いの間にメダルの金鎖りを切り取るジプシーの女たち(左側)の袖口も布地の触感が伝わってくるようだ。

最初に掲げた占いで、まんまと騙される顔立ちはいいが、ボンクラな?貴族の若者の着る柔らかな皮革の上着も見事に描かれている。人工皮革などない時代、これ一着を作るのにどれだけの労力が費やされたことだろう。それに費やされた金の額は言うまでもない。若者の首飾り、ベルトなども見事に描かれている。

この作品を生み出すまでに画家はどれだけの努力、研鑽を積み重ねてきたのだろう。生まれ育った17世紀ロレーヌの時代環境がそこに凝縮されている。作品に登場する人物は決して空想の産物ではない。パン屋の息子から貴族に成り、ルイ13世付きの画家にまでなった画家の生涯の蓄積が作品に結実している。リュネヴィルやヴィックの街中やナンシーやリュネヴィルの宮殿で見かけた光景の一齣なのだ。この画家は人物のモデルをしばしば市井で実際に見た人々に求めた。ジプシーのカモになっている世間知らずの若者も、その中にいたのだろう。17世紀の格差問題が、極めてシニカルに描かれた作品であるともいえる。

ラ・トゥールの作品は宗教画と言われるジャンルが多いが、数少ない農民やジプシー、貴族たちの姿を描いた数少ない世俗画も、興味が尽きない。


Reference
MELANIE GIFFORD et al. "Some observations on George de Latour's Painting Practice,' Georges de La Tour and His World ed. by Philip Conisbee, National Gallery of Art/ Yale University Press, 1997, pp.246^247

続く


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