時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ジプシーとイタリア

2007年11月18日 | 移民の情景

Jacques Callot. Gypsies(Bohemians) 

  イタリアでジプシー(ロマ)の受け入れ問題が政治論争の的となっている。記事*を読みながら、ジャック・カロのことを思い出した。17世紀ヨーロッパ最高の銅版画家のひとりである。カロは、1592年(ジョルジュ・ド・ラ・トゥール誕生の1年前)ナンシーに生まれた。今日改めてその作品群を見る時、恐らくこの時代のヨーロッパ世界の最も客観的な観察者ではないかと思われる。ヨーロッパ各地の宮廷貴族からジプシーの世界まで、自らの体験を通した確かな目で鋭い観察を残している。

  ナンシーに祖父の代からの下級貴族の子として生まれ、画業を志したが反対され、家や周囲との軋轢を逃れ12歳ころに家出をし、当時芸術家たちの憧れの地イタリアを目指した。途中、所持金を使い果たし、ジプシーの旅芝居一座に入れてもらい、フィレンツェまで行く。そこで一行から分かれてローマまで行くが、ナンシーで顔見知りだった商人に見つけられ、両親が悲嘆にくれているからと、実家に連れ戻された。

  このジプシーとの旅の経験は、カロのその後の作品に見事に結実している。カロの描いたジプシーの一団の旅姿、大樹の下での食事の準備の光景など、体験なしには描けない見事な作品となっている。カロはその後も再び家出同然のイタリア行きを試みている。当時のイタリアの魅力がいかに強かったかを感じさせる。今日とは異なり、イタリアへの行路は決して安全なものではなかった。それだけに個人の旅行者は巡礼や商人などに頼んで一行に入れてもらったりして旅をした。

  ジプシーとイタリアの関係は、今日でも切れることなく続いている。最近のイタリアの政界でひとつの大きな論争の的となっているのが、EU新加盟国ルーマニアからのジプシー(ロマ人)の扱いである。彼らはほとんど定住の地を持つことなく、国境を越えて漂泊の旅を送ってきた。

  移民(外国人労働者)問題にとって、地政学的要因が果たしている役割は想像以上に大きい。隣国と離れた島国であるか、地続きの大陸であるかによって顕著な差異が生まれる。地続きであっても、様相はそれぞれ異なる。

  イタリアはヨーロッパ大陸の南端に位置しているが、地続きの部分の国境線はそれほど長くない。長靴状の国土の北部でフランス、スイス、オーストリアなどと国境を接しているが、アルプス山脈などの自然の要害もあって、他の大陸諸国と比較して国境管理は容易なように見える。しかし、現実には長年にわたり、多くの深刻な問題を抱えてきた。

  イタリアは1960年代までアメリカやヨーロッパの中心部の国へ移民や出稼ぎに出ていた国でもある。その後の経済発展とともに、一転して出稼ぎ労働者の受け入れ側になった。今日の大きな問題は、北アフリカやアドリア海側からの不法入国者の絶えざる流入である。特に、困難さを増しているのは、歴史的には6-7世紀から世界中を移動しているといわれるジプシーの問題である。

  ジプシーは、ルーマニアからの移動、進入が多い。ルーマニアは今年1月EU加盟を認められたが、イタリアは5年前からルーマニアからの入国者には査証免除をしてきた。これまでイタリアではルーマニア人は見慣れた存在であり、言語的にも近く、社会的統合もさほど難しくはないと考えられてきた。しかし、イタリア国内にいるジプシーの生活状況はきわめて劣悪なことが多く、政治問題となるような犯罪の温床にもなってきた。最近では、ある犯罪事件をきっかけにローマ市内のジプシーの居住区をブルトーザーなどを使い、強権で撤去したりしている。

  2004年のEU指令は、「国家の安全保障に脅威となるような場合には、国内にいる移民の退去をさせることができる」としている。最近のイタリアではジプシー流入と社会不安を結びつける非難が増大している。確かに絶対数が多いので、犯罪者なども多いようだ。彼らを国民として統合するのは難しいと考えるイタリア人も増えた。

  他方、イタリアで自分たちは差別されているとするジプシー(ロマ)も多い。彼らは大体バスで国境管理の行われていない地帯からイタリアに入ってくる。イタリアとルーマニア両国首脳は最近、協議の上、ルーマニア警察官の連絡オフィスをイタリア国内の置くことにした。さらに、EU本部に対して「ロマ人種のようなエスニック・グループを含むような移民の困難な状況」に特別の構造基金からの助成増加を求めている。「困ったときには手を出して、金を乞え」というジプシーの慣わしがあるようだが、どうやらイタリアもそれに倣うようだ。もっとも、ジプシーの占い師などから「耳に心地よいことを言われたら、財布に気をつけろ」という言い伝えもあったようだが。


*
“Disharmony and tension” The Economist November
10th 2007.

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