時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

台湾でも起きた外国人労働者の暴動

2005年11月07日 | 移民政策を追って

 高雄駅全景

  フランスで移民労働者の暴動が発生する少し前に、台湾でも外国人労働者の暴動が大きな政治的事件となっていた。なぜ、こうした暴動が発生したのか。そこにはある共通の原因が存在していた。今回は台湾の出来事を追ってみよう。

辞任に追い込まれた閣僚
  10月のの台北訪問の時に、ひとつの事件が展開していた。国際会議で基調講演者として予定されていた陳菊労工委員会主任委員(閣僚)が急に出席できなくなってしまった(台湾の人権問題の推移と評価についての講演が予定されており、楽しみにしていたのだが)。

  8月末に高雄で発生した外国籍労働者の暴動発生の責任を取って、謝長廷行政院長、陳菊労工委員会主任委員と陳其邁高雄市代理市長が9月に入って辞任したためである。その後、高雄のMRT工事をめぐるタイ人労働者雇用に関する責任者の贈収賄の疑いなどへも展開し、事態は輻輳した。

  李応元行政院秘書長が労工委員会主任委員に、卓栄泰行政院スポークスマンが行政院秘書長に、行政院スポークスマンは卓栄泰と姚文智新聞局長が兼務するというあわただしい人事異動が行われた。 (余談だが、新労工委員会主任委員は大変若い閣僚で、驚くほど活動的な人である。)

  事態の収拾には、高雄市長の謝長廷,副総統の呂秀蓮などが現場に出向き対応するという異例な事件となった。

事件の経緯 
  8月21日未明、台湾南部の高雄市において、出稼ぎ労働者として滞在していたタイ人労働者約300人が、労働条件と生活水準への不満から暴動を起こした。給与の支払い方法などに不満があったとみられる。 暴動が起こったのは高雄市内でMRT建設にあたる高雄高速交通社であった。21日深夜にタイ人労働者が飲酒、騒音を立てながら賭け事を行っていたことに対して、同社の警備員が注意をしたところ、労働者が警備員に襲いかかったことをきっかけに暴動が起き、社内の設備が破壊された。

  この事件で現地警察および消防署が出動、さらに台北と高雄のタイ労働局の担当者が駆けつけ、経営者と労働者の仲介を行った。この結果、22日の昼には混乱は収まった。タイ人労働者らは、経営者側が定めた規則―特に飲酒・喫煙・賭け事・携帯電話の禁止に対して強い不満を持っていた。給与の支払い方式に関しても、経営側が給与の半額現金支給、残りはクーポンでの支給をしていたことに改善を求めていた。

使用者はなにをしていたか
  今回の交渉によって経営側は、労働者から没収していた携帯電話の返却と、給与の全額現金支給、住宅から現場までのシャトルバスの運行などを約束したという。同社には現在タイ人労働者が2025名勤務しており、主に台湾南部の地下鉄建設工事に従事していた。日本と同様に台湾でも、1980年代後半から不熟練労働者の不足が深刻な課題となっていた。そのため、特定の国家的事業などについては、一定の規制の下に外国人不熟練労働者を受け入れていた。しかし、使用者の専権によるきわめて劣悪な労働条件で働かせられていることも多かった。 出入が厳しく規制されたキャンプのような飯場を見たこともあった。 

  タイから台湾への出稼ぎは1980年代頃から始まった。現在海外で働くタイ人は登録済み労働者で約55万人、不法就労者を含めると約100万人程度とみられている。海外出稼ぎが始まった当初の1980年代は中東のサウジアラビアへの渡航者が多く見られたが、1991年の湾岸戦争以後は、中東行きを忌避した労働者にとって台湾が人気渡航先となっていた。現在台湾で働く外国人労働者は約30万人、そのうちタイ人労働者は3分1を占める約10万人とされている。

  当地ではこれまで外国人労働者に関しての大きな事件がなかったため、現地住民およびタイ・台湾の労働関係者はこの事態を深刻に受け止めている。

台湾側が謝罪 
  台湾の呂秀蓮副総統は24日、TTEOに対して、今回の騒動に関して経営者側がタイ人労働者に対して不当な扱いをしていたことに謝罪の意を表した。呂秀蓮副総統は、現地を視察し、多くの労働者が不適切に狭い部屋に押し込められ、トイレや衛生設備などが極端に不足している状況や、労働者が時折、現場監督から虐待を受けていたという報告を受けたという。

  呂秀蓮副総統は「外国人労働者人権専案小組」と「高雄MRTタイ人労働者事件国選弁護団」を設立し、高雄市市長も今回の事件に対して、謝罪するとともに、市長の任期中に外国人労働者の待遇の改善を全力で取り組むと述べている。

出稼ぎ労働がはらむ危険 
  タイのタクシン首相はこの暴動に関連して、海外出稼ぎ非熟練労働者に対するコメントを発表した。首相は、海外出稼ぎに伴う経営者側の不当な条件や、労働者の脆弱性を指摘、出稼ぎブローカーが謳う高い給与は、高い技能を持ったものに限られていると警告している。一方、タイ経済が好調なことを背景に、国内の労働需要も増加しており、特に東部工業地域(イースタン・シーボード)では3万人以上の求人があることから、「非熟練労働者は外国へ出稼ぎするよりも国内で就業した方が有利である」と述べた。 また、タイの総検察長は官員を台湾に派遣するなどの措置をとった。

  フランスの場合も、台湾の場合も外国人労働者が抱える問題について、う受け入れ側が適切な手を打つことなく放置してきたことが、ある問題を契機に爆発するという展開になっている。フランスの場合は、事態ははるかに深刻であり、長年にわたるアフリカ、イスラム系の外国人労働者の受け入れが、真の「統合」とは程遠いものであったことを示している。

「見えない壁」を作らないために
  問題の根源は、深く根ざした社会的差別の壁への移民や外国人労働者の反抗である。 国境の開放度を広げ、外国人の受け入れを緩やかにしても、国境の内側に「見えない国境」が幾重にも存在している。

  日本も合法・不法を併せて100万人近い外国人労働者を抱えている。しかし、外国人労働者について長期的にいかなる対応をするのか、不透明なままである。現在のような状況を放置しておけば、同様な事態が発生しないという保証はない。この事件を教訓として、外国人労働者の社会的統合のあり方について、徹底した検討と長期的視点に立った方向性を明示すべきである。

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