先週亡くなった友人のご母堂のお葬式に行ってきました。
95歳の大往生
さすがに最後の2、3年は認知症が悪化してしまったものの
身体の方はすこぶる健康で、90代になってからベッドから落ちて
腰骨を折る大怪我をし、年齢のせいでもはや手術はできなかったのに
補助器具を使って歩けるようになるまで復活した、不屈の人でした。
2つの大戦の合間に生まれ、世界大恐慌の中で育ち、ご主人に出会い、
4人の娘を育て上げ、24人の孫、7、8人の曾孫、2人の玄孫を持ち
草木を愛で、NZ原生の木でも園芸店の鉢植えでも
知らないものはないほど植物に詳しく、花を愛でた人だったそうです。
人生の後半はティティランギの風光明媚な高台に居を構え
出かけるたびに何十段もある階段を上り下りした健脚で、
両親とも長寿で健康で、安らかな最期を迎えたそうです。
私は友人からご母堂の話を聞くのが楽しみで、彼女と知り合って7年間も
噂話を耳にしていたことになります。
葬儀中何度も語られたように、ユーモアとファッションのセンスが抜群で
一家の中心となり、まるで友人そのもののような人だったようです。
最期にお会いでき、手を合わせて来られたことは幸いでした。
これからはご主人と一緒にオークランドの西の地に眠ります。
「今は永遠の花園に足を踏み入れた」
と新聞の死亡欄にあったとおり、ここからは常しえの春です。
心からご冥福をお祈りします。
Audrey Olive Floyd
12 Aug 1920 - 14 May 2015
95歳の大往生
さすがに最後の2、3年は認知症が悪化してしまったものの
身体の方はすこぶる健康で、90代になってからベッドから落ちて
腰骨を折る大怪我をし、年齢のせいでもはや手術はできなかったのに
補助器具を使って歩けるようになるまで復活した、不屈の人でした。
2つの大戦の合間に生まれ、世界大恐慌の中で育ち、ご主人に出会い、
4人の娘を育て上げ、24人の孫、7、8人の曾孫、2人の玄孫を持ち
草木を愛で、NZ原生の木でも園芸店の鉢植えでも
知らないものはないほど植物に詳しく、花を愛でた人だったそうです。
人生の後半はティティランギの風光明媚な高台に居を構え
出かけるたびに何十段もある階段を上り下りした健脚で、
両親とも長寿で健康で、安らかな最期を迎えたそうです。
私は友人からご母堂の話を聞くのが楽しみで、彼女と知り合って7年間も
噂話を耳にしていたことになります。
葬儀中何度も語られたように、ユーモアとファッションのセンスが抜群で
一家の中心となり、まるで友人そのもののような人だったようです。
最期にお会いでき、手を合わせて来られたことは幸いでした。
これからはご主人と一緒にオークランドの西の地に眠ります。
「今は永遠の花園に足を踏み入れた」
と新聞の死亡欄にあったとおり、ここからは常しえの春です。
心からご冥福をお祈りします。
Audrey Olive Floyd
12 Aug 1920 - 14 May 2015