ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

ダニーデン2回目行:オタゴ博物館

2021年06月04日 | 南島:ダニーデン

2018年9~10月のダニーデン
5日目は最終日。飛行機までの
時間にオタゴ大学を出た友人
に薦められたオタゴ博物館へ。


見事な彫刻のマオリのワカ
(カヌー)に迎えられました。



奥がマラエ(マオリの集会場)の
ような造りになっています。



透かし彫りを施した豪華な入口

マオリは昔から高い彫刻技術を
持ち今はその技がタトゥーの彫
り師にも継承されているとか。


オタゴのマオリは3つのグループ
からなり、西暦900年頃にやって
来たと見られる最初のワイタハ。
1575年に北島ホークスベイから
南下したカティマモエ、1750年
に北島からやってきたカイタフ。


入口の飾りは3グループそれぞれ
のワカを模したものなんだそう。



ドキっとするほどよくできた
マオリの子どもの人形
駆け寄って抱っこしたくなる(笑)

肌の色、筋肉の引き締まり具合
丸みと固さがなんとも健康そう。


狩ってきた動物の剥製もリアル

当時の生活感がよく出ています。


マオリは伝統的にパと呼ばれる
集落を築いて集団生活をし、パ
は集落であると同時に城でした。


マポウタヒ・パは18世紀にカイ
タフ族2グループの戦場となり、
攻めいる方は進入路の狭さに手
を焼くものの、夜の奇襲作戦で
難攻不落のパを攻め落とします。



ここは現在もほぼ原形のままだ
そうで、いつか行ってみよう



19世紀前半までオタゴは重要な
捕鯨基地でもあり、こんな小舟
で一攫千金を夢見て荒海に漕ぎ
出す荒くれ男が主に米英豪から
集まりしのぎを削っていました。

ゴールドラッシュ前の姿です。


クジラの歯に彫られた帆船



マッコウクジラの鯨牙彫刻

いずれも鯨漁師の鯨歯工芸


有力捕鯨基地だったモエラキ

当時のモエラキボルダーズ


古い写真も多数ありました。

1903年のマオリの母子


1921年のモエラキ・スクール



見事な年代物の彫刻

ドアの上に掛けるまぐさ
人類の祖先を表したもの 


マオリの祖先とされる父ラン
ギヌイと母パパトゥアヌク
人類でいえばアダムとイブ

彼らがもうけた多数の子の
うち森の神となるタネが両親
を引き離して世界に光をもた
らしたと言われています。


その後、ランギは空、パパは
大地になったと言われます。

これもランギとパパ


初めて知った1874年に創業した
ミルトン陶器の作品

ガラス器のような光沢です。
オタゴの土は陶芸にいいと聞
いていましたが、なるほど


ラグランのトニースライの土も
ダニーデンからでした。



ミルトンはダニーデンの南にある
今では人口2,000人の小さな街で
移住前2002年に訪れていました。
夕暮れのミルトンにて


トイトゥ・オタゴ入植者博物館
が移住者の歴史を、オタゴ博物館
はマオリの歴史を中心に据えてい
るようで、どちらも見終われず💦

また機会を見つけて再訪しよう。



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