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「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
mikunenona@gmail.com

水戸の旅 その2

2021-06-09 07:30:00 | 日記
4月25日に、水戸の奥地の常陸太田市にある星神社古墳の上にある星宮神社で、お参りしました。


大体、古墳はこんもりとした島のように見えますね。





神社でお参りした後に、私が振り子で水戸光圀にどこに行ったらいいかを聞くと、左の方と言われました。

私達が神社の左側に歩いて行くと、そこはこの古墳を守ってきたであろう、鴨志田家のお墓のある場所でした。



まずはここで、ご挨拶をして、水戸光圀に言われたのは、一番右側にあった石でした。



Iさんが祝詞を挙げてくれて、持って行ったお酒を掛けました。



もう、1時近くになっていたので、Iさんが水戸と言えば「アメリカ屋」と言われているらしいステーキ屋さんに連れて行ってくれました。

お店に着いたのは、2時近くだったので、ピークの時間は過ぎていましたが、しっかり満席の人気店でした。





サラダバーも充実していて、メインのお肉が来るまでに結構お腹もいっぱいになってしまう感じでした。







イケメンのお兄さんが、オーダーを聞きに来て、ステーキの焼き方は?と言ったので、私が

普通に。

いくちゃんが、

ほどよく。

と言ったので、Iさんが、

ミディアムとか言えないのか。まったく。
お兄さんが困っているよ。

と、呆れていて、みんなで笑っていました。

ステーキを食べている時に、Iさんとみゆきちゃんは、テーブルのところにキツネさんを感じていたようで、食事が終わった後にIさんが、


もう、一ヶ所笠間稲荷に行こうと思うけど、いいかな?


と言って、笠間稲荷神社に向かうことになりました。

向かっている間の雲が、なんだかスゴくて、みこちゃんが撮った写真の真ん中には、キツネさんの顔が見える感じですよね。



少し雨も降っていましたが、雲が先導するようにずっと前にあり、その下に笠間稲荷はあったようです。





笠間稲荷神社の駐車場で、雨が降りだしていて、傘をそれぞれさすようになったのですが、Iさんが


ねーさん、キツネさんは何が欲しいか聞いて。

栗まんじゅうだって。

栗まんじゅう?わかった。


と言って、参道にあるお店で、栗まんじゅうを探しましたが、どこにもなく、


ねーさん、クルミまんじゅうじゃダメかな。


と、言いながら、どんどん先に歩いて行ったところに、昔ながらの蒸かしまんじゅうを作っているお饅頭屋さんがありお店の人に聞くと、栗まんじゅうは秋の9月から2月までしかないと言われたそうです。

確かに季節物だからそうでしょうね。
でも、そこのお饅頭が気に入ったので、3つ買うことにしました。






続きます。
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水戸の旅

2021-06-07 07:30:00 | 日記
4月25日に水戸に行くことになりましたが、Iさんは前日には用事があって、車で直接水戸に向かうとのことで、その時に写真と📩が送られてきました。




しかし、
たくさんついてきてくれてる。。
下のV字の方々はキツネさん?かな?
なんだろー?


ときたので、私はミクネの神(天之常立之神)に聞いてみました。


ズンドコ節のキツネだよ。


私は、はぁ?と思いましたが、彼にはそのままを伝えました。


やぱーり、キツネさんなのだね。。
ずんどこぶし、、
笠間かな。ふーむ、、、


夜には水戸に着いて、駅前の写真も送られてきました。



みゆきちゃんからは、その日に撮った日輪の写真が、、、



葵のご紋のように見えますね。


Iさんは、前日から駅前のホテルに泊っていて、私達は直接水戸の駅に11時に集合することになりました。

みゆきちゃんが、東京駅から出ている高速バスに乗ると連絡があったので、私も一緒に行くことにして、みこちゃんといくちゃんは、それぞれ電車で向かっていました。

東京駅からの高速バスの出発は9時でした。
みゆきちゃんと並んで座り、しばらくぶりにいろいろ話が出来て良かったです。

やっぱり、不思議な人だと思ったのは、途中で、

筑波山を感じます。

と言って、すぐスマホで地図を調べて、本当に横に筑波山があったことです。
彼女は、よく日輪の写真を送ってくれますが、何かセンサーのようなものがあるのだろうと思いますね。

11時に、駅前のドトールで待ち合わせでしたが、他の三人は既に集まっていて、私とみゆきちゃんは少し遅れました。

笑ってしまったのは、みこちゃんといくちゃんは、特に待ち合わせをしていなかったのに、偶然四人掛けの席に座ったそうですよ。

いくちゃんが気にせずに座ったら、前にいる人がジッと見るので、他に誰か来るのかと立ち上がろうとしてよく見たらみこちゃんだったらしいです。
面白いですね。

水戸の駅前は、とても広くて時計台のところにはこいのぼりが沢山なびいて、華やかでした。





水戸黄門様と助さん格さん。



私達は、Iさんの車で、常陸太田市にある、星神社古墳に向かいました。

大体一時間位で着きましたが、古墳の近くに来た時に、あまり感じない私でも、なんだか頭が重くなりました。
回りは水田で、作業していた男性が私達をいぶかしげに見ていました。




古墳の上には、星宮神社があるということで、まずはご挨拶に行きました。
立看板には、江戸時代に鴨志田家が拝領したと書いてありましたが、とても古い古墳のようでした。



階段の上から見たところです。






続きます。
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水戸光圀の話 その3

2021-06-06 07:30:00 | 日記
4月22日に、水戸光圀が話してきましたが、いきなりでした。


友達は、大事にしたらいいよ。

どなたですか?

スミで消された神達が宣伝しているよ。
私は繋がりのある水戸で待っている光圀だ。

25日に、行こうと思います。

来てくれるのか。
良かったよ。

星神社古墳で、いいのですよね。

星神社の後ろの山の中に門があるのだよ。

どうすればいいですか?

門のところで、祝詞を頼むよ。

他にはありますか?

酒があればいいよ。
徳川の前の話だからな。
カガセオがいた頃の門だよ。
つまり、スミで消された場所だからな。
アトランティスの入口だと教わったが、他の門には門番がいるのに、ここにはいないので閉めておいた方がいいのだよ。

ところで、光圀様は神様になって良かったのですか?

神になって良かったよ。
高みに上がることで、見えない物が見えるようになったからな。
誰でもいいという訳ではないのだからな。
利他の心で頼んだよ。


常陸(ひたち)には、以前に行ったことがありますが、それはカガセオ(ミカボシの神)の話だったと思い出しました。


🐶 ミカボシの神の話 その2


光圀が、「クジ」と言っていた、星神社古墳の辺りは、以前は久慈郡であったこともわかり、古い地名なのだと理解しました。


次に話してきた神様も、いきなりでした。


光圀が話してきたな。

どなたですか?

私は鞍作大郎(くらつくり たいろう)と言われていたイルカの神だよ。

あぁ!お久しぶりですね。

ニビル星に行くという話しがあったが、今は剣山(つるぎさん)から行けるようになったので、試験は無くなったよ。

イルカの神様は、試験官だったので、お暇になってしまいましたか?

暇という訳ではないが、M子は大したものだと思っているよ。
ずいぶん前の話なのに、覚えているから続いていくのだからな。

イランから来たのですよね。

イランから来たのは、馬子(うまこ)と言われていた祖父の時だが、祖父も子供の時だから、記憶にないと思う。
私は、就かれていたからいろいろ出来たのだよ。
神の言葉が聞こえていたからな。
光圀もそうだったと思うよ。
だんだんいなくなっているが、M子の話は正確だからハマる人はいるのだよ。
魂の話は、後の処理が大事だからな。
入り込み過ぎないでいるのが、いいと思うよ。
だから、沢山話してくるのだからな。
背中にいる神達が仲良く話しているのは、居心地がいいということだろうな。
片寄らないというのが、大事だと思うよ。
人に対してもね。
M子は、そのままでいいよ。
誰にも縛られないでいるというのがいいということだな。
来るもの拒まず、去るもの追わずで、友達になったら、大事にしたらいいよ。


蘇我入鹿(そがのいるか)の話も、本当に初期の頃の話でした。
入鹿は祖父の馬子(うまこ)と父の蝦夷(えみし)という名前も後から付けられたと言っていたと思いますが、自分の本当の名前は鞍作大郎(くらつくり たいろう)という名前だったと言っていたのは、記憶していました。

2012,11,24の記事にあったので、抜粋します。



ミクネの神様、律令制は「大化の改新」前からあったのですか?


ミクネの神

忘れていると思うが、(蘇我)入鹿が作ったのだぞ。

名前は入鹿と言ったのですか?

「クラツクリ」と言っていたな。
聖徳太子は入鹿のことだぞ。

M子は、シコツとか、あら神と言われているが、どちらがいいのか?

私はどちらでもいいですよ。

悪かったな。M子という名前があるのに。

大丈夫です。

だから、よかったのだな。魂が悪いと、縛られるから広がらないのだな。


イルカの神

イルカの神だ。

イルカの神様は何階層の神なのですか?

四階層だ。

名前はイルカと言ったのですか?

入鹿というのは、悪い言葉だったな。
イルカの神と言われているだけだ。
私はクラツクリと言った。

聖徳太子は?

聖徳太子は私が作った人だ。
父はエミシという名前ではなかった。
もっといい名前があったな。
お祖父さんもウマコという名前ではなかった。
だんだん思い出しておくぞ。


調べると、蘇我入鹿は本当に鞍作大郎(クラツクリ タイロウ)と言われていたことがわかりました。
鞍作が名で大郎は長男の意味を持つそうです。


🐶 蘇我入鹿の話 その2



私は、イルカの神が言っていたことが、心に沁みました。

「蒼いとびら」にいらっしゃる方は、本当に私のブログをよく読まれて来てくださったりしているので、大変感謝しております。

私の個人的な話もそのままなので、必ず夫のことも心配してくださったりして、心優しい方達と出会わせていただき、ありがたいことですね。

ただ、誰にもわかる話でもないようですので、わかる人だけわかればいいのだと思っています。

これからも、来るもの拒まず、去るもの追わず、利他の心で皆様を大事にして行こうと思います。



北海道帯広在住のOご夫妻のお孫さんの、ゆずちゃんとてんよう君。
ほっこりしますね。


奥さんからの📩です。


私たちの寝室に荒熊さんでいただいたポスターが貼ってあるのですが
これを見た孫のゆずが「かみさまー」って言ってました。
教えた事も他で見た事もないと思うのですがね。
びっくりしました。


続きます。
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水戸光圀の話 その2

2021-06-04 07:30:00 | 日記
みゆきちゃんから📩が来て、水戸光圀と話していたのは、昨年の暮れのことでしたが、その後に私はIさんとSさんと奈良に行ったりしていたし、暮れは何かと忙しく、年は明けましたが2月1日には父が亡くなったり、なかなかこの話の続きにはなりませんでした。

4月の始めに、Iさんから今月中に神様に言われていた場所のどこかに行こうと思うけど、まずはどこがいいかと、みんなの都合を聞いて欲しいと連絡がありました。

まずは、私の筆頭の神様のミクネの神(天之常立之神)に、話を聞いてみることにしました。


ミクネだ。

4月中に行くとしたら、どこに行けばいいですか?

4月中に行くとしたら、水戸だな。
(知多半島の)荒熊神社に行ければ行って欲しい。


と言われ、水戸の場所の特定をしないといけないと思いました。
いろいろと調べていて、久慈市ではありませんが、近くに久慈川が流れている、星神社古墳ではないかと思われました。


そして、Iさんが言っていたみんなとは、6年前の2月1日に出会ったIさん、みこちゃん、いくちゃん、私とその日にがんばって来てくれた富士山の近くのK会長と、みゆきちゃんとSさんなので、全部で7人になります。
今回の話は、みゆきちゃんからの話だったので、子供のあかりちゃんのことを考えると、旦那さんのハッシーの休みの日である日曜日で設定を考えると、K会長とSさんは仕事で都合がつかないので、後の人達の都合のいい日にということになり、4月25日(日)に決定しました。



画像は、4月8日の日輪です。
みこちゃん、みゆきちゃん、Iさん、私、いくちゃんが撮った物ですね。


私は、改めて水戸光圀の神と話しました。


光圀の神だ。

星神社古墳でいいでしょうか。

そこだよ。
わかってくれてありがとう。

4月25日に、行きますね。

25日だな。
わかった。頼むよ。


Iさんに場所の特定をしたことは話しておきました。
そして、4月7日にIさんから📩がきました。


いい匂いがする。
タゴリさんかな。
久しぶり。
気持ち良い。


タゴリヒメは、宗像三女神の二女で私の話の中では、クシナダヒメと仲が良くて、話し方が他の女神様と違うので、すぐわかります。
私は久しぶりにタゴリヒメと
話してみました。


タゴリよ。

Iさんのところに行きましたか?

行ったわよ。
今年もずいぶん経ってしまったわね。
M子は年取っているから、早くいろいろ行かないとね。

水戸に25日に行こうと思います。

水戸は、星神社でいいわよ。
門が開いていると、光圀が言っていたでしょう。

はい。

閉じるには、跡目がいないといけないのよ。

跡目とは、どういうことでしょうか。

跡目とは、光圀の跡目ね。
子供と話したらいいわ。


私は、ここで初めて水戸光圀について、調べてみました。
子供についても全然知らなかったことなので調べてみると、ミクネの神が言っていた、水戸光圀がなかなか神様にならないでいたことが少しわかったような気がしました。


🌟徳川光圀は、常陸水戸藩二代目藩主。
水戸藩初代藩主・徳川頼房の三男。
徳川家康の孫に当たる。
儒学を奨励し、彰考館(しょうこうかん)を設けて『大日本史』を編纂し、水戸学の基礎をつくった。

光圀は、三男なのに自分が藩主になるのは遺憾に思い、長男の頼重の子供を養子にして、自分の子供の松平頼常を頼重の養子にしたそうです。
兄弟で、子供の交換をしていたということですね。

そして、松平頼常は、養父の頼重を継いで四国の高松藩主になったそうで、なぜか、四国に話は繋がるのだと思いました。


私はタゴリヒメに、跡目と言われていたので、またタゴリヒメを呼んでみました。


タゴリよ。

光圀様の息子様は、実子と養子がいることがわかりましたが、どちらと話せばいいのですか?

高松に行った、実子に話を聞いたらいいわよ。
問題ないと思うわ。


私は、松平頼常を呼んでみました。


松平頼常だ。

すみません。
水戸に行くので、タゴリヒメ様が頼常様と、話したらいいと言われたのですが、、、

過去のことなので、覚えていないことだが、私は(香川県の)高松から出ていないので、知らないことだと思うよ。
タゴリヒメは、スサノオノミコトの子供だろう。

はい。そうですね。

「セシボン」と、言いに来たよ。
死が別つまでと言われているIの話も聞いている。
お疲れだが、父の頼みを聞いてやってくれ。
父は神になれたと聞いたよ。
私は生まれ変わって戻って来たのだよ。
だから、神界を目指すよ。
ありがとう。
私のことは知られてないからな。
タゴリヒメのお陰だな。
利他の心で頼んだよ。


松平頼常という人のことを私はタゴリヒメに教えて貰えなければずっと知らないことでした。
そもそも、水戸光圀のことも調べることはなかったので、いつものことですが、ありがたいと思います。

過去記事(2015,5,21と2016,6,21)を探すと、Iさんはいい匂いでタゴリヒメを感じていて、タゴリヒメは「セシボン」が口癖でした。

もう何年も変わらない話ですね。


🐶 アメノウズメ、クシナダヒメ、タゴリヒメの話



🐶 龍神達の話 その2



続きます。
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水戸光圀の話

2021-06-01 07:30:00 | 日記
昨年の12月9日に、みゆきちゃんから📩がきました。


徳川光圀?水戸光圀?
話があるそうなのでよろしくお願いします!


神様のノートは、つい最近NO.98に入りました。
みゆきちゃんが📩をくれて、水戸光圀と話したのは、探してみると、No.95のノートにあることがわかりました。


水戸黄門と言われていた水戸光圀だ。

何かありましたか?

行って欲しいところがある。

どこですか?

とーーーーめーーーーてーーーー(止めて)欲しいのだ。

何をですか?

もーーーーんーーーー(門)があるので、塞いで欲しいのだ。
せーーーーあーーーーかーーーーの門だよ。
クジにある神社だ。
クジだな。
調べてくれ。
クジの古墳だよ。
その門を閉めてくれ。


神様達は、縄文のことを「セアカ」と言う時があるので、古墳かな?と思いましたが、茨城県の久慈市のことかと調べてみると、古墳はあることがわかりましたが、特定は出来ませんでした。


12月12日に、また水戸光圀が話してきました。


水戸光國だ。

光國様は、神様なのですか?

私はやっと今年、神になれたよ。
10月10日の面接が2番目だったのだよ。

おめでとうございます。

おめでたいかどうかは、これからのことだな。


10月10日に、神様になるための面接があるという話は、この頃に行った前玉(さきたま)神社の話の中に出てきました。

静御前(しずかごぜん)が、1番目の面接で、神様になったということで、面接官はイラタの神(天之御中主之神)の指示で、カラツの神がやっていました。


🐶 前玉(さきたま)神社の旅の後に



水戸光圀の話の続きです。


先日言っていた「クジ」は茨城県の久慈ですか?

「クジ」は茨城の久慈だよ。

古墳ですか?

古墳だよ。

どうすれば、いいのですか?

久慈の古墳に行って、門を閉めて欲しいのだ。
前玉神社の古墳は、開けて良かったが、久慈の古墳は、開けてはいけないのだが、開けた人がいるのだよ。
本当にすまないが、閉めて欲しいのだ。
閉めないと、悪い物が出てしまうので。
たーーーーよーーーーりーーーー(頼り)にしているよ。
「時の扉」が開いて1年だから、いろいろ起こるということだな。


また、しばらくした19日に水戸光圀が話してきました。


水戸光圀だ。
神になれて良かったよ。
ずっと、なりたいと申し込んでいたのだが、毎年なる人が多いので、落とされてきたよ。

名前は何と呼べばいいのですか?

神名は、光圀の神でいいよ。
行って欲しいところがあると、言ったよな。

はい。久慈の古墳ですか?

久慈の古墳に行って欲しい。

沢山ありすぎて、わからないのですが、、、
行って、何をすればいいのですか?

門を閉じて欲しいのだ。
今は何とか押さえているが、悪い物が出てしまうからな。

具体的には、何をすればいいのですか?

行ったら教えるよ。
まずは、行けそうか?
Iは忙しそうだな。

12月はいつも忙しいようなので、来年でもいいですか?

来年でもいいよ。
行けそうなら教えてくれ。

わかりました。

すまないな。
助さん格さんの旅が、いまだにみんなに知れ渡っているようだが、私は旅はしてないよ。
茨城の神社の再興は、したけどな。
私も知らせてくれる神がいたのだ。

どの神様が知らせてくれたのですか?

他でもない、天之常立之神(あめのとこたちのかみ)だよ。
菩薩界に行って、わかったことだけどな。
だから、M子とは同じようなものなのだ。


その話を受けて、天之常立之神のミクネの神が話してきました。


ミクネだ。
光圀が言っていたことは、その通りだよ。
私が伝えていたよ。
光圀は、やっと神になれたと言っていたが、つまらない見栄を張っていただけだよ。
まだいいとか言ってね。
私はもういいと言っていたのだが、今年は良かったな。
利他の心は、生きている時からあったからな。
光圀は、大した人だったよ。


厳しいミクネの神も、水戸光國を絶賛していましたね。
確かに茨城県の神社に行くと、必ず水戸光圀の名前が出てくるので、やっぱり大きなパワーの人だったのだと思います。

前回の渋沢栄一の話は、水戸の繋がりは十五代将軍の徳川慶喜ですが、まさに水戸黄門の決まり文句の「先の副将軍水戸光國公」は、昔テレビを観ている人達には刷り込まれていますよね。



続きます。
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