つれづれに 

老いてゆく日々、興味ある出来事に私見を添えた、オールドレディーの雑記帳です。

梓みちよさん逝く!・・・

2020-02-10 | 泣けてきます

  「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などのヒット曲で知られる歌手の梓みちよさんが先月29日に亡くなったという。所属事務所によると昨年末まではとても元気な様子だったというが、心不全による急死とみられるとか。一人暮らしだったそうで、誰にも看取られないまま一人寂しく逝った、いうなれば孤独死である。
 彼女は1943年6月4日生まれの76歳、私は1941年6月14日で丸2歳と10日違い、同年代の懐かしい歌手の一人である。「こんにちは赤ちゃん」が大ヒットしたのは1963年、彼女が20歳の時で、私もよく歌ったものだ。
 彼女は1962年「ボッサ・ノバでキッス」で歌手デビュー。翌年「こんにちは赤ちゃん」がミリオンセールスとなり日本レコード大賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも初出場し、翌1964年には昭和天皇の前でも同曲を歌ったそうである。
 私生活では1971年に俳優和田浩治と結婚し、翌年スピード離婚。子供はなく1人暮らしだったとみられる。近年も美容商品をプロデュースし通販番組に出演するなど、精力的に活動していた。関係者によると、杖をついて歩くことが増えてきたため、最近は歌謡イベントや音楽番組の出演は少なかったという。
 人が生きていくうえで“老い”は避けては通れない。私のようなごく普通のばあさんでさえ、この1年で老いた自分の姿をなかなか受け入れられないのに、華やかなスポットライトを浴びながらカッコよく生きてきた彼女が、杖をついて歩く自分の姿を見てどう思ったか、その心中を思うと胸が痛む。そして死もまた、貧富の差、男女の差、老若の差なく、いずれは必ず訪れるが、華やかな人生の終わりが孤独死とは、これほど侘しい最期は無いだろう。 
 またあの有名な「ザ・ピーナッツ」も私と同年代である。1975年に人気絶頂で引退後、姉妹は一度も表舞台に姿を見せなかった。姉・エミさんは同年に歌手の沢田研二と結婚し、1979年に長男を出産。1987年に姉が離婚後、独身だったユミさんは姉、姉の長男と3人で同居していたという。今は二人ともこの世にはいないが、あの可愛らしい笑顔が今でも目に浮かぶ。
 「浮き沈み七度」という言葉がある。人生は、好調のときもあれば不調のときもある。浮沈盛衰のくり返しこそが、人生だということのようだが、人生の空しさ儚さを感じさせる言葉である。
 若いときがどんなに幸せであっても、華々しい日々であっても「一寸先は闇」だ。彼女たちの人生は順風満帆とは言い難い険しい道のりだったようだが、再度の“浮き”はなかったのか。先のことは分からない、それが人生であるが、あまりに侘しい。
 
 昨今、同年代の有名人の訃報を耳にするたびに「ああ私もそんな年になったか」と思う。と同時に、何となく追い立てられるような気持ちにもなる。おひとり様は孤独死予備軍だというが、私も梓みちよさんのようにひっそりと逝きたいものである。
 余談だが、西行法師の歌に「願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の望月のころ」というのがある。「叶うことならば、春満開の桜の木の下で死にたい。お釈迦様が亡くなられた2月25日、満月が照らす日に…」という意味だとか。西行は生涯に愛した桜の木の下、満月を仰ぎながら釈尊と同じ日に死にたいという想いを歌に込めた。そして、その通りに享年73歳でこの世を去ったという。お釈迦様と同じ日に…とは恐れ多いが、「花の下にて 春死なむ」というのはいいなあ!

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4 コメント

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こんにちわ彼岸への道 (sirousagi gamanoho)
2020-02-10 17:10:59
昨日のBS「梓みちよ」放映ご覧になりましたか?
sirousagiのコーラス仲間(同年代)からオールドレデイさんの記事と全く同じ意見のメールが届き
「人生終盤に向かう人間心理」の共通性に感じいってます。

能天気なsirousagi こんな戯れ歌を作ってみました
  70超えると身に染みる
  明日の我が身の在る所
  おさらばするのに未練はないが
  真っ平ごめん徘徊は
  花の散り際神の技
  人は素直に従って
  現在(いま)を楽しも活き活きと

以前にもかきましたが大伴旅人の名歌
  生ける者(ひと)遂には死ぬるものにあれば
  この世にある間はたのしくをあらな

死は100%、どんなかたちで迎えるのか?
その瞬間までお互いにがんばりましょうね。
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Unknown (オールドレディー)
2020-02-11 09:36:19
★shirousagi gamanohoさま
人間生まれる時は誰かの手によってこの世に生を受けます。が、人生の最期は誰の手を借りなくてもひとりで逝ける。身内や親しい人に囲まれておさらばできるのはどうやらドラマの中だけの話のようです。
shirousagi さんの戯れ歌、まさに私の胸の内と一緒、まさにその通りです。死は100%ならば、最後まで楽しく生きなきゃあ損かと、頑張りましょうね。
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オールドレディさま (suri-riba)
2020-02-11 20:50:58
周りを見て思うのですが、もう「死ぬ時まで一人」は確実に当たり前になっています。
立派な息子、娘がいても遠方。立派なマイホームを建てても独りになった母親を呼び寄せてはくれません。
安否確認の電話を、また訪ねてはくれても「一緒に」とは絶対言わないですね。88歳の母親でも・・。
残った男親ならもっと気の毒。もう親子と言ってもそういう関係になってしまっている。
誰にも看取られず、自然死出来たらそれが一番!とおもっています。
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Unknown (オールドレディー)
2020-02-12 09:41:11
★suri-ribaさま
子どもたちがいてもいなくても、最期はしょせん一人です。むしろ私のように誰もいない方が不満に思わなくていいかと…。
最近はお金さえ出せば、親の「安否確認」をスマホに報告してくれるシステムがたくさんあるようです。「一応気に掛けているよ」という子どもの気持ちでしょうかね。
介護もロボットで、という時代です。感情なんてなくてもいいみたいですね。
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