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ISO成功法

ISOと継続的改善を両立させよう。ISOは継続的改善のための、基盤整備に役立つ。基盤整備と継続的改善のコツを整理したい。

個人目標の設定

2006-04-24 | 高シナジー経営
あなたの仕事の品質はなにか、
顧客は誰で、なにが要求か。

人間は不思議なもので、大抵の場合、自分の実力ほど評価されてないと思っている。
反対に実力以上評価されると、なんでも自分の考えることが正しく、何をしても許されると勘違いする。
実力以下の評価だとひがむし、実力以上だといい気になる。厄介なものだ。

また、まわりの反応も厄介である。
なにが厄介なのか、なぜ厄介なのか。
自分自身を正しく見ることができなくなる。
けなしたり、おだてたりされると、落ち込んだり、自信を持ちすぎて裸の王様になる。

ローマ時代、凱旋将軍が皇帝の前に進むパレードで、将軍のとなりにいる、お付きは、将軍の耳元である言葉を繰り返したそうである。「人々の歓声にだまされてはなりません。人々はあなたの功績に喜んでいるのであって、あなたを褒め称えているのではありません。」

自分が勘違いしないためには、目標をもって自分自身をコントロールできるように心がけるべきだ。
自分なりの目標があれば、自分自身を評価して反省し、修正することが出来る。
これが自主管理であり、PDCAである。

組織も目標を決めなければならない。
組織が成長するためには、方針や目標の設定、展開、管理および継続的改善というPDCAサイクルの実践が必要である。
これが出来てないと組織がどうなるかは、最近の多くの事例(事件)があるので、説明の必要はないだろう。
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品質管理の原点:管理図による工程管理(2)

2006-04-22 | 高シナジー経営
生産準備で品質の作りこみができていること、作業標準が良くできたことを評価するにはどうしたらよいだろうか。コントロールプランを作り、設備を導入し、作業のトレーニングをしっかりやったから間違いないと思いたいが、客観的にも証明できるものがほしい。
そのような時に、管理図を使おう。

完璧な生産準備ができていれば、その工程でとられるデータは、管理状態を示すはずである。
本来、生産準備段階にすることは、
*現在の最高技術を駆使して、設備、材料、人、方法の最適な組み合わせを決めること、
*その組み合わせ(4M)以外の原因による変動を極力おさえること、
*工程管理のためのデータを取リ、ねらいどおりのものができているか確認する。
はじめにしっかりした準備(いわば段取りだが)をしておかないと後で直すのに手間がかかる。品質管理は予防管理である。

また、管理図は一度書いて終わりでなく、維持改善を繰り返す工程の管理に便利な道具である。管理状態で十分に工程能力のある工程では、スピードアップや材料の変更などコストダウンのための対策がとられる。そのような手を打つと工程が管理状態でなくなる恐れがある。そのような工程の改善のために管理図を使う必要もでてくる。

このように維持、改善を繰り返す工程を「生きた工程」というが、このために管理図は必要な道具である。
最近の工程で管理図の活用が不足しているのは、日常での改善が不足しているからである。
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品質管理の原点:管理図による工程管理(1)

2006-04-21 | 高シナジー経営
「品質管理は管理図に始まり管理図に終わる」といわれる。
この品質管理の原理原則を変えたのがISOである。
あまりにも日本的であった品質管理に対抗するための処置と思える。
負けず嫌いな欧米人が日本流品質管理に対抗すべく、別の角度からアプローチして、品質管理を普及させようと試みたのがISOと言ったら、怒られるだろうか。

もうひとつ悪乗りしていうなら、植民地政策に長けた欧米人のすることはすごい、とでもいっておこうか。

けんかを売るつもりは無いが、普遍化と特殊化の違いともいえる。
普遍化を目指すから、誰もが理解できる文書化を中心とする品質管理を作った。
それだけでなく、普遍化にはずみをつけるために、審査の制度を導入した。
ねらいは的中した。

世界3大文明の発祥の地であることの誇りと宗教性に裏づけされたイラクに民主主義を普及しようとするのである。イラクから見れば「土足で人の家に踏み込んできた」としか考えられないだろう。

誤解しないで欲しい。どちらが正しいか、どちらが好きかをいっているのではない。
文明の衝突とはそんなものであるということを、考えたいのだ。

管理図のことである。
シューハート博士の考案した管理図は、工業製品の経済的生産を可能にする革新的ツールである。管理図によらずして「統計的管理状態」を把握することはできない。この管理状態の原因である条件を要求事項(7.5.1)として文書化したのがISOである。

この勝負まだ決着がついてない。
利用者である組織では、良いとこ取りをして使えばよい。
ISOの要求により生産準備して、その結果を管理図で確認すればよい。
管理図についてはいずれまとめたい。
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事例;現場教育

2006-04-20 | 高シナジー経営
(b)3(スリー)ポイント運動
 ある工場を案内してもらった時のことである。
工場長がしきりに作業者に話しかけてほしいと催促する。「あなたの仕事のポイントはなんですか」と聞いてほしいというのである。

作業を中断させてはわるいと思ったが、何人かに聞いてみた。すると誰もが即座に3つのポイントを答えてくれる。しばらく聞いていて共通のパターンに気がついた。

自分の作業の前工程との引継ぎをどうするのか、後工程(次工程)へ何を保証するのか、そのための自工程における仕事のポイントは何かという3ポイントである。これはシステムの基本でもある。あまりにも見事に答えてくれるので、作業の連続する何人かに聞いてみた。

ラインがコンベアでつながっているのはわかるが、ここでは人の気持ちが3ポイントでつながっていて、ラインが活きているように思えた。また、工場長が日頃の教育効果の確認と現場の人の動機づけに外部からきた客をうまく使うことにも感心させられた。補足しておくが、この工場ではQCサークル活動が活発であった。
このような「強い文化」を持つ会社なら当然のことと思える。

(C)現場大学
トヨタ関連の会社では現場での改善や提案活動が活発であることで有名だが、それらのさらなるレベルアップには専門的知識の習得が必要である。そのために、現場大学という特色ある教育のしくみがある。

現場大学では、専門知識や技術が実践的に学べるようになっている。
各コースは、方針、目標、内容の具体性と期待レベルを明確にしている。
また、管理技術のコースがあるのも、固有技術のレベルアップに管理技術が役立つことをS社が良く理解しているからであろう。

入学の資格は、現場の組長やQCサークルの推薦があり、研究テーマと研究目標が明確であるというのも、職場の現状に即した実践的教育といえる。

入学が許可されることは非常に名誉なことであるが、半年ぐらいの一定期間実務からはなれて、勉強する時間が与えられ、卒業のテーマとして改善にも取組むのは当然のことである。

このような余裕があるのはうらやましく思えるが、常日頃の改善教育に対する投資がこの余裕を生んでいるのも事実である。
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事例:現場の能力向上

2006-04-19 | 高シナジー経営
現場の事例を紹介したい。
(a)公開段取
 トヨタ自動車におけるプレス機械の段取り時間の低減はあまりにも有名である。海外より設備を導入し海外の技術者から指導を受けた当時の段取り替えの時間は3~4日かかっていた。それが、シングル段取りといわれる10分以内になり、やがて、フラッシュ段取りといわれるように瞬時の段取りを可能にした。これは単に段取り時間(工数)の低減だけでなく、設備計画から、冶具、工具の管理、設備を中心とした工程(品質)能力研究と保全、内段取りと外段取りの改善等々、総合的な管理によるものである。

さて、機械部品加工会社の公開段取りについて紹介したい。
その会社では建設機械、農業機械、産業機械などの部品を生産しているが、多種小ロット生産のため、生産の切替えが多く、また、品質的にも切替え時に不良が発生する。そこで段取り時間の短縮とともに段取り時の品質の確保をテーマに段取りの改善に着手した。

当初はQCサークル活動による改善を考えたが、段取りの現状把握をするために、何人かが集り、それぞれが自分の担当する機械の段取りを行い、「自分だったらこうしたい」という意見やアイディア、提案などを集めた。これらの経験をもとに、生産技術者の協力を得て自動車会社の事例なども調べ、公開段取を行うこととした。

段取り前に、①段取りの概要、②工夫した事、③寸法精度を出す方法等について説明して段取り作業に入る。それを何人かの作業者が簡単なチェックリストに記入しながらメモをする。中でも一番前で熱心に見ているのは次回の公開段取の予定者である。これを繰り返し計画的に実施するわけである。

さて、これらの成果は大きい。仲間の仕事ぶりをこのようにじっくり見る機会はあまりなかったこともあって、多くのアイディアが次々に出てきた。改善への現場の知恵の出し合いという競争によって、斬新なアイディアをはじめ、成果の水平展開ができた。当然これらの改善は生産技術の協力があって実現することである。しかし、一番大切なことは、まず現状を良くみてから対策を検討することである。何人もの目でお互いの仕事の現状を見ることによって、自分の改善すべき問題の発見ができる。

このように、品質管理は正しい診断の方法を示してくれる。また、正しい診断は他の人の問題を指摘するだけでなく、「人の振り見てわが振り直せ」を自ら実践することにつながる。すなわち、診断はときとして治療を凌駕するものである。
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「作業者から生産技術者へ」

2006-04-18 | 高シナジー経営
ISO/TS 7.5.1.3 作業の立ち上げ、4Mの変更などの時は、段取りの検証をおこなうこと。
7.5.1.4 主要な設備を決めるとともに、予防保全及び予知保全のシステムを開発すること。
7.5.1.5 治工具、ゲージの設計、製作、及び運用管理を行うこと。

すでに40年も前のことであるが、日本の機械メーカでは、作業の自動化、ロボット化により、作業者の仕事が変化した。作業そのものより機械の段取りや故障の対応、保全などの生産技術の能力を必要とするようになった。それに早く気が着いて、教育の長期計画を作り対応した企業があった。

人材育成や教育は将来の人を育てる仕事である。人材育成の長期計画を持たない会社に教育を語る資格は無い。

資源の少ない日本にとって人という資源が重要であることに異議はないであろう。
人の育成というと教育という言葉がすぐ出てくるように、日本では100年も前から初等教育に力を入れ識字能力も高かった。
発展途上であった1910年ごろ、書籍出版の統計によると、出版点数では英国を抜きアメリカの2倍以上であったという。

ノーベル経済学賞のアマルティア・セン博士は、「発展のために何よりも最初になされるべきは、金持ちや地位の高い人々のためにでなく、むしろ貧しい人々のためになるような、人間的発展と学校教育の普及の実現です。」と、教育と人の能力向上が基盤となり、発展がなされることを強調している。

中国が世界の工場といわれるのも、労働人口の教育レベルの高さである。ついで、インドのIT技術が世界で認められているのも、大学での高度な工学的教育に加えて、シリコンバレーですぐ使える言葉の能力であろう。

 さて、本論にもどる。1970年ごろの自動車関連業界では、製造工程の自動化が進み現場の作業者は、設備の段取りやメンテナンスを中心とする生産技術の能力が要求されるようになった。
そのためには教育が必要だが、座学中心の教育だけでなく、OJTといわれる実務を通じての教育が効果的であり、これが日本の製造現場にとりあげられた。
日米の現場の班長や職長を比較して、米は監理・監督者であるが、日本は教育者であるといわれる。
この背景には、全社で体系的に取組む品質管理教育により、改善を身につけ、組織的学習を通じて品質文化が醸成されたことがあるといえよう。
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作業指示書

2006-04-17 | 高シナジー経営
ISOの日本語を読んでいると時々理解できないことが書いてある。
ISOとJISの間に結ばれた翻訳協定の影響で日本語にうまく訳せないのかとも思うが、どうも欧米と日本の品質文化の違いと考えられる。
もっとも最近は日本にも欧米流の品質管理が入ってきたため、品質二流国に成り下がっているのだが。

ISO/TS 7.5.1.2 品質に影響する作業に従事する従業員の作業指示書を作成すること。
職場で利用できること。

作業標準書と作業指示書は同じものではないにしても、「職場で利用できること」はあたりまえのことである。また日本では、作業者の改善が作業標準書の作成に役立っている。少し極端な表現をすれば、作業者が自分の作業標準を作っているから、標準を遵守できるのである。

最近は全てが分化、枝別れしていて、コントロールプランも作業標準書も製造現場で作らず、専門スタッフが作る。
だから、製造現場では積極的にそれらを遵守しようとは思ってない。
これが不良の増えた原因でなければよいのだが。

さて欧米流の品質管理の優れたところは、作業指示や作業標準を作るスタッフの能力の優れていることである。
能力のある連中が作り、それを徹底的に教育する。
日本向けのISO/TSに追加することは、作業指示書をつくるスタッフを徹底的に教育すること、及び作業指示書の現場への教育訓練を徹底することである。

日本がまた品質一流国になるには、欧米流の品質管理を徹底的に勉強してそれ以上になるか、従来の日本の品質管理を取り入れるかどちらかである。
今のような中途半端では、二流国のままである。

最近の製造現場は国際的になり、製造部門に海外労働者や派遣社員が増えた。
これらのメンバーにいかに早く仕事を覚えてもらうか教育訓練する必要があるが、その方法のひとつとして、管理技術である改善を教えることが大切である。
これは、現場第一線から現状の問題点をボトムアップするためにも重要である。
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生産準備段階の品質の作りこみ(補足)

2006-04-14 | 高シナジー経営
製造業におけるISOの運用に対して補足したいのは、生産準備段階の管理である。
日本の製造業再生の大きなポイントであることは、何回もふれた。
ISOは特定の産業に特化しない普遍的な国際規格であるから、生産準備段階の管理についてあまり詳細に記述されていない。この不足はそれぞれの組織で補うべきである。

この不足を補うルールがISOにはあるが、自動車業界では、以前からあった業界規格のQS9000をISO/TS16949に発展させた。
この名称は
「品質マネジメントシステム――自動車生産及び関連サービス部品組織のISO9001:2000適用に関する固有要求事項」である。

7.5.1 製造及びサービス提供の管理には、多くの補足が加えられている。これはISO9001の生産準備段階の不足を補うものといえる。この文書は以下の項目である。
7.5.1.1 コントロールプラン
7.5.1.2 作業指示書
7.5.1.3 作業の段取りの検証
7.5.1.4 予防保全及び予知保全
7.5.1.5 生産治工具の運用管理
7.5.1.6 生産計画
7.5.1.7 サービスからの情報のフィードバック
7.5.1.8 サービスに関する顧客との合意契約

これらの詳細は次回から整理したい。
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製造工程の妥当性確認

2006-04-12 | 高シナジー経営
7.5.2:製造工程がねらい通りの製品の生産が出来ることを確認する。このために、工程のレビュー、承認の基準をあらかじめ決めておいて、その基準で確認(妥当性確認)すること。使用する生産設備の承認をすること。作業員の適格性を確認すること。作業方法や手順を確認すること。製造工程で必要な記録を決めておくこと。

ISOでは、この製造工程の妥当性確認を特殊工程に対して行うよう要求されているが、
7.5.1の管理された状態やそれを具体的に示したコントロールプランに従って製造工程が計画されたかを確認するのは、すべての製造工程で必要なことである。
工程の重要度において管理のきめ細かさを決めるべきであり、必要以外のことを計画に書かないことが技術である。

技術力のある設計者の書いた図面がシンプルであるように、生産技術力のある工程の計画はシンプルであるべきである。

話は横道にそれるが、ISOできめ細かさが求められるあまり、過剰な管理になるのは考え物である。問題指向、重点指向が品質管理の基本である。
最近は図面、コントロールプラン、製造における標準類など全てが、きめ細かいが、素人が作ったように、技術力が反映されてないものが多い。
これでは、経済的生産はむずかしく、品質確保さえ重点が定まらない。

工業生産の基本は、真理の追究にあるのでなく、品質や経済性の追究にあることを、品質に関連する多くの人に教育すべきである。
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みるみるマンダラ

2006-04-11 | 高シナジー経営
問題を発見して、原因を解析し、対策を立てて、良ければ維持管理する。
これは解析のプロセスであるが、このプロセスはお釈迦様の問題解決のプロセスとして法華経の中に書いてあるということを、発想法で有名な中山正和先生の本に書いてある。

この本から示唆をうけて、3×3のマトリックス(マンダラ)を考えた。
右端から、「見る」、現象をみる。「観る」、原因をみる。「診る」、診断により対策を決める。
「看る」、対策の成果をみる。これで8つのみるができたが、それらのセンターに9番目の「みる」がある。トータルに全体を「みる」ことである。

さて「見る」ということはそう簡単なことではない。
当然ものを見るのは、目だけで見ているわけではない。
目は端末器であり、脳に信号を送って見ている。

同じものを見ていても、見る人により見えていることは違う。
「これは問題だ」と見る人もあれば、この程度なら「気にする程でない」と見る人もある。特に統計的データなどは、見方を日頃訓練しておかなければ、正しく見ることはできない。

訓練で思い出したが、以前、友人の画家に誘われて、絵のセミナーに参加したことがある。
僅か2週間の時間であったが、帰りの飛行機の窓から見える景色の美しさを憶えている。
そのセミナーは、夜中のろうそくの光で絵を描いたり、暗闇で描いたり、絵画三昧の毎日だったが、自然との対話、人との対話、自分との対話が隠れたテーマだったように思う。

いまの時代、ゲームなどで、必要以上、端末器である目を酷使している。
いつも曇った目で周りを見ているから、問題が絶えない。

良い指導者のもとでは僅かな時間でも、自分の潜在的目を開かせてくれる。
心の目を開くことを心掛けたい。
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