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仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

海ほたるパーキングエリア

2013年12月18日 | おでかけ
木更津人工島】のつづき
"海ほたるパーキングエリア"にはまるでサービスエリアのような施設があり、千葉県の物産販売コーナーもあった。
千葉県に上陸しなくても4kmほど手前の海上で土産物が購入できるわけである。
(^。^)
"海ほたる"という名称は一般公募の結果、決定したらしい。
つづく

木更津人工島

2013年12月18日 | おでかけ
東京湾アクアライン】のつづき
"東京湾アクアライン"は、 神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ全長15.1kmの国道で、川崎側の9.6kmがトンネル(アクアトンネル)、木更津側の4.4kmが橋(アクアブリッジ)になっている。
その境には"木更津人工島"(長さ約650m、幅約100m)が作られていて、同島の"海ほたるパーキングエリア"では両方向へのUターンができるとのことである。
ここにはトンネルの採掘に使用されたシールドマシンの切歯がモニュメントのように展示されていた。
つづく

東京湾アクアライン

2013年12月18日 | おでかけ
国宝鎌倉大仏因由】のつづき
この日は予定より約1時間早く宿泊先を出発したのだが、それはバスガイドさんがしつこく提案してきた"東京湾アクアライン"の通行を目的としたことも理由の一つだった。
おそらく運転手さんも予定時刻ギリギリの空港到着という事態を避けたいと考えていたのだろう。
いくらかでも空港に近い場所でうろうろしていたかったようだ。
(^_^;)
つづく

国宝鎌倉大仏因由

2013年12月17日 | おでかけ
鎌倉大仏近影】のつづき
鎌倉大仏の詳細について記載している表示があった。
読んでみると「初めは木造で、1238(暦仁元)年に着工し6年間で完成したが、1247(宝治元)年に大風で倒れたので再び資金を集め、1252(建長4)年に至って現在の青銅の像を鋳像し大仏殿を作って安置した」等と書かれている。
つづく

鎌倉大仏近影

2013年12月17日 | おでかけ
鎌倉大仏】のつづき
近くに寄って撮影してみた。
大きい。
改めて画像を見直しても、「背景が青空だったら・・・」と残念に思ってしまう曇り空だ。
(^_^;)
ここの大仏が面白いのは、なんとこの体中に入ることが出来るということ(有料)。
「高いお金を出して見るほどの価値はない」等と我々のバスガイドさんが言っていたのだが、近くに行ってみると料金は「20円」だった。
何とも適当でいい加減なバスガイドさんだ。
中に入ると、鋳像の技法等について書かれた説明表示があった。
つづく

鎌倉大仏

2013年12月17日 | おでかけ
高徳院境内図】のつづき
"鎌倉大仏"は阿弥陀如来像であり、国宝である。
これを本尊とする"大異山高徳院清浄泉寺(しょうじょうせんじ)の境内は"鎌倉大仏殿跡"という名称で国の史跡に指定されている(2004年)が、画像の通り、"奈良の大仏"とは違い大仏殿がない。
野ざらしの状態なのである。
修学旅行らしい子供達をはじめ、随分と観光客が多かった。
つづく

大仏前バス停

2013年12月16日 | おでかけ
源氏池のほとりの白い鳥】のつづき
鶴岡八幡宮の鳥さんが狙い通りの昼食にありつけたのかは分からなかったが、我々は豪華な昼食をとった後、鎌倉大仏を見学に向かった。
数日間、常に観光バスでの移動なので無関係だったが、鎌倉大仏周辺を路線バスが通っているらしく、すぐ近くに"大仏前"というバス停があった。
これは分かりやすい。
(^_^)
つづく

源平池

2013年12月04日 | おでかけ
明治天皇鎌倉御野立所の石碑】のつづき
毎年9月16日に"流鏑馬神事"が行われるという流鏑馬馬場を横切り、"源氏池"の前に出た。
鶴岡八幡宮正面の門から入り、本殿に向かって左側にある池が"平家池"で、右側にあるこの池が"源氏池"。
二つを合わせて"源平池"というらしい。
源氏池には三つの島が、平家池には四つの島があるとのことだが、これは源氏の発展を願う"産"と平家の滅亡を願う"死"をかけたものであったといい、「当初島は両方の池に四つずつあったものの、北条政子の命令によって源氏池の島を一つ壊した」と伝えられているらしい。
「滅亡を願う」とは何とも恐ろしい言葉である・・・。
(-_-;)
つづく

明治天皇鎌倉御野立所の石碑

2013年12月04日 | おでかけ
鶴岡八幡宮】のつづき
鶴岡八幡宮の敷地内をうろうろ歩いていると、柵の向こう側に"明治天皇鎌倉御野立所"と書かれた石碑があった。
建てられたのは昭和の時代になってからのようだったし、源氏ゆかりの神社と明治天皇に何の関係があるのか不思議でもあったが、初めて鎌倉に来た時にここで茶でも飲んだのだろうと思っていた。
しかし良く考えてみると、外で茶を飲む【のだて】は、【野点】である。
調べてみると、「大演習などで野外に設けた天皇の休息所。御野立所。のだち」(デジタル大辞泉)を【野立】というらしく、ここの裏山がその場所であるらしい。
まぁ、演習を見ながら茶くらいは飲んだであろうから「当たらずも遠からず」という感じだな。
(^。^)
つづく

鶴岡八幡宮

2013年11月27日 | おでかけ
鶴岡八幡宮の鳥居】のつづき
"舞殿"の後ろにある長い石段を登り、門をくぐると"鶴岡八幡宮本殿"があった。
お参りをした後、その左奥にあった"宝物殿"へ(確か入館料200円)。
館内には国宝や国重要文化財等が多く展示されていたが、おそらく本物はしまいこんであって、ここに出されているのはほとんどが複製品なのだろう。
(^_^;)
つづく

鶴岡八幡宮の鳥居

2013年11月27日 | おでかけ
江の島】のつづき
午後からの予定を前倒しして午前中に"鶴岡八幡宮"(神奈川県鎌倉市)を参拝した。
ここは鎌倉幕府初代将軍源頼朝ゆかりの神社として知られているらしく、境内は国の史跡に指定されている。
敷地はとても広く、鳥居から本殿までは随分と遠かった。
つづく

江の島

2013年11月24日 | おでかけ
芦ノ湖遊覧船】のつづき
箱根湯本(神奈川県箱根町)の某ホテルに宿泊した我々の最終日(4日目)出発時刻は午前9時の予定だったが、交通事情に不安を抱いていた運転手さんの希望で午前8時に変更となった。
出発予定時刻が近くなってきて皆さんが徐々に集まってきたが、バスに乗り込んで座ってしまえば何もすることもないので、会計係の仁左衛門は、直前に済ませた(全員分の)会計のレシートを何となく眺めていたのだが、その時あることに気がつき、驚いてバスを飛び出した。
ここのホテルでは"#○○○"との部屋番号が書かれたカードキー1枚を使って館内すべてのオーダーをし、チェックアウトの際にまとめて支払いをしていたのだが、よく見ると長いレシートの下のほうに身に覚えの無い"#△△△"との番号で1万円強が清算されていたのだ。
慌ててフロントに戻り、間違っていた分を返金してもらったのだが、そういえば会計の際、「これ、返します」とか「これ、預けておきます」とか言いながら、横からカードキーをフロントの会計係の人の前に置き去った知らないジイちゃん達2人がいた。
部屋番号を確認してきたので「#×××は違いますよ」と言った筈だがホテルの人は混乱して間違ってしまったのかもしれない。
おかげで約10分出発が遅れたものの、赤の他人の会計を負担させられるだなんて馬鹿なことにならなくてホッとしたのだった。
(^_^;)
そして、バスは一路江の島へ。
着いたはいいものの、出発時間を繰り上げたものだから多くの土産店やトイレはほぼ準備中。
湘南の海を横に見ながらも、聞こえてくるご高齢バスガイドさんの話は「太平洋戦争中に松並木の松ぼっくりを拾って米を炊いた」というような話で、朝から「今日は何て日だ!!」と叫びたくなった。
つづく

芦ノ湖遊覧船

2013年11月23日 | おでかけ
箱根関所】のつづき
昼食を済ませた我々は遊覧船で芦ノ湖を横断した。
箱根関所跡から湖尻ターミナルまでの所要時間は約40分。
"双胴遊覧船"というのは1961(昭和36)年に日本で初めてこの芦ノ湖で就航したとのことであるが、我々が乗船した"十国丸"という船がその"双胴遊覧船"で、(全長)28.80m、(全幅)11.60m、(総屯数)337.00トン、(速力)11.0ノット、定員700人という船のようだった。
展望デッキにはスタンド席があったのでしばらく座ってみたものの、さすがに寒くなって中の客室に引き上げた。
操舵室がガラス張りになっているので客室から丸見えなのが面白い。
(^_^)
つづく