思考の踏み込み

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

ねこ3

2014-03-06 12:42:38 | 
タイトルは忘れてしまったが、ジョン
・ウェイン主演の西部劇で、ジョン扮する主人公がネコを飼っているというシーンがあった。

そこでペットか?と問われたときのジョン・ウェインの答えが奮っている。



「いいや、ただの同居者だよ」




世の飼い猫達が口が聞けたらJ・ウェインと同じセリフを皆言う事だろう。

犬はそんな "ネコ派" たちの感覚からすると社会性が強すぎる。

人の心に敏感なその生態は悪くみれば人の顔色をうかがい過ぎていて、騒がしい。
また力関係の序列にも正直で露骨すぎてなんというか、江戸弁で言うところの尻腰(しっこし) がないというやつか。

ネコはそんな事はない。
ネコにとって大事なのは餌をくれる人か可愛がってくれる人かの何れかだけであって、力関係などハナから興味がない。

これが勝手過ぎるとか愛想がないとかに感じるか、その自由さに小気味良さを感じるかの差が ネコ派" と "イヌ派" を分かつ要素の一つだろう。

要するに "イヌ派" は人間の社会性への帰属の欲求の部分を、"ネコ派" はその社会性からの解放という欲求を象徴しているのだと思う。

冒頭で冗談半分にこの世には二種類の人間しかいないといったのは、この故である。

当然だが、双方にバランスよく安定している人間はなかなかいない。
したがって強いて言えば、必ずどちらかに分かれるものだが、この二律背反はなかなか解決が難しい。

あるいは犬も猫も、この人間に近過ぎる生物は、その人間の根本矛盾を癒す為に神が付与した存在かもしれないといったら大袈裟だろうか。