思考の踏み込み

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形影神21

2014-09-30 07:36:16 | 
"感覚" こそ、我らの願いを叶える者…。

ー そう言いながら、あろう事か "影" は涙さえ流していた。

「… !」

皆、驚いた。
影ともあろうほどのモノが涙を流すなどは、一体どういうことなのか。
だが一番驚いていたのは当人であった。



淵明が静かに声をかける。

「なぜ泣くのかね? "影" よ ー 。」

「泣く?この私が?」

そう言いながら彼は、確かに自らが涙を流していることに改めて驚き、同時にその涙の質を考えていた。先程の口をついて出た言葉といい、これもどう考えても身に覚えがない類のものである。

「わからん…。いや、だが考えられる事は、この涙は…。」

「 "闇" が泣いている。"影" の中の闇の記憶が泣いているよ。
私には分かる…。私もまたその "涙" の、その哀しみと願いが、その想いが…。」





"肚" がその、底響きのする特殊な声で影に変わって言った。
そしてやおら立ち上がり、"影" のもとへと行き、酌をした。

「なあ "影" よ…。」

寡黙とか、泰然とか、そういうイメージのある "肚" が ー 実際この酒盛りにおいてもこれまではそのイメージ通りに、じっと "形" の傍らに侍していたモノがここへ来てその重い口を開き始めた。


「 "無" は暗くて寂しい場所。そこから "有" が必要とされたのはごく当然のことだ。だが、そのせっかくの "有" も、それを確かめることのできる、触れることのできる、確かなモノが無ければ意味がないではないか。」

「…それが、"感覚" だと?」

知性が肚に言う。

「そうだ。だが、感覚だけでは足りない。感覚を感覚する能力、即ちそれを "自我" という。
顕在意識君、君の別名だ。」

「ー !」




「…君達もまた ー 無が、そして闇が、その存在が生まれることを願い、待ち望んだ者たちなのだ!
気の遠くなる程の ー 永い時を経て、その哀しみの涙の果てに、祝福されて生まれた者たちなのだよ。」

「あなたはいったい…?」

「私かね?
私は… その涙を受け止め続けてきた者…。」



形影神20

2014-09-29 00:18:27 | 
"直観" が続けた。

「ともかく ー 君の言う人体の研究とは所詮は死体の解剖のことだろう?死体は生体とは別のモノであることに、何故君ほど頭の良いモノが気が付かないのか?
"肚" は確かに生体には実在しているよ。」

「…しかし、それをどうやって証明するのです。」


「僕が知ってるよ!」




「?」


ずっと黙って酒を飲んでいた淵明の膝もとから、小さな声が響いた。

「おお、目が覚めたのか。少年。」


淵明が嬉しそうに言う。


「うん。こんなに大きな声で言い合いしてればね。兄さん、半年ぶりだね。」

「少し、大人っぽくなったな。元気そうで安心したぞ。」

久々の兄との再開に顔をほころばせながら、"感覚" は "知性" に対して向き直り、言った。

「僕は知ってます。"肚" の伯父さんは確かに居るよ。」




「いや…。」

何か知性は言おうとしたが、"影" が遮った。

「もうよい、"知性" よ。その子が "在る" というならばまず間違いはない。
その子は歪んではいない。我々が信用するに足る者だ。
さぞ "形" が良い育て方をしたのだろうて。
この世界において、確かなものはその子の言うこと、感じていること、それだけだ。
その子が正しく育ち、立派に成長する事はこの世界全体の願いなのだ。
我らはずっとその子を待っていた…。」

「待っていた?」

"意識" が問う。

「そうだ。いや、それどころかー 」




「その子の為に "この世界" は創られた!そういっても過言ではない…。」

ー そう、言いながら "影" は内心首をかしげていた。そんなセリフが出ようとは思ってもいなかったからだ。
それはー 、おそらく彼の真の姿たる "闇" が発した言葉ではないか、そう彼は瞬時に感じていた。




形影神19

2014-09-28 00:10:03 | 



「意味と申されましても、それだけのことでそれだけの意味だが…。」


「いや、順逆の問題とはどういうことか、説明を求めているのだ。」


「困ったお方だ…。 説明とは、私の最も嫌いな作業。貴方はいつも私にそれを要求するが、いくら説明したってわからぬ者はいつまでもわからんよ。私はただ、時にスッとこう、一筋の線の様なモノが降りてくることがあって、そのときに感じたことを語っているに過ぎない。」


「それでは間違うことが多いというのです。その線の分析をしなければ、我らは取り返しのつかない過ちさえ起こしかねない!」




"直観" はややうんざりしたように
「分析…。」

「そんなのはあんたがやってくれ。」


「なんだと!」

知性はやや激してきている。

「あなたはいつも…」


「よろしいか!我が言うところの "線" とは常に速度を必要としている。その速度について行くには "分析" などというノロマな事をやっていてはとても追いつけないのだ!」


「ノロマだって!?」

「ならばもっと言おう!私がその本能で感じ、なおかつ我が盟友 "肚" までスッと降りたモノに関して間違うということは基本的にはない。
それが過ちに繋がる時、それは常に君が間に入ってごちゃごちゃ邪魔をする時だ。
君はずいぶんと自分の能力を過信しているようだが、君が支配的になればなるほど、私は我が父の所へ戻る事さえ、億劫になってくるのだよ。」



「肚が盟友?肚なんて機構は我々がどんなに研究したって人体には存在しない!
そんなものは…今もそこに在るようにみえる "肚" なる者は… "観念" が生み出す前時代的な幻想に過ぎない…。」


「待った!兄者、言い過ぎだ!」


"理性" が慌てて "知性" を制止する。
"肚" の方を見ながらその暴言を詫びようとしている。
だがー 。


「よい。続けられよ。」

"肚" はいっこうに動じていない。




形影神18

2014-09-27 00:19:28 | 
おお!父上もござっしゃったか。
ならば心配は無用の事でしたな ー。

"影" の横の "形" を見ながら、そう "直感" は語って慌ただしく駆け寄る "意識" の酌を受けた。

「 "形" 殿もお人が悪い。直観殿に此度の席をお伝えくださらなかったのか。」

意識が冗談半分で言う。



「いや、伝えようにもこのモノばかりは我が子ながら、まるで天馬の如くにて、いつも何処にいるやら所在もしれぬのです。
恥ずかしながら我が手におえる様なものではない。
実際のところ、本当に我が子であろうか、と疑わしい程にて…。」

「父上、ご冗談をー。私はいつもの様に叔父貴の所で遊んでおりました。」

「叔父貴とは?」

興味深そうに意識が聞く。

「かの "無意識" 公にてござる。我が父の兄弟ではないが、親しみを込めて私は叔父と呼ばせて貰っている。」




「貴方は "無意識" の所へ出入りできるのか。これは驚きましたな。」

意識が形を見ながらそう言った。
形は答える。

「というよりも、このモノはほとんどそこで育てられた様なものなのです。
我が子か疑わしいというのもあながち冗談ではない。それほどに、我が手をとうに離れている。まああれは一種の天才だろうと思うております。」

すでに "直観" はそんな話を聞いていない。淵明に気付き、何やら楽しげに会話している。


「直観殿!先程のお言葉はどういうことか?ご説明頂きたい!」

"知性" がやや険しい表情を浮かべて、直観に詰め寄った。



どうやら両者はあまり仲が良くないようでもある。

「先程?なんだっけ?」

「順逆という話である。まさかまた適当な思い付きでご発言されたとは言わないでしょうな。この事、いかが!」

直観は静かに視線だけを知性へと移して、一瞬の "間" を作った。

その一瞬はその場のモノたちを全て引き込むのに十分な密度を有していた。
ちょうど千両役者が次にどんなセリフを言うのか、魅了されて待つ観覧者の様な ー そんな状態に一同が置かれた。







形影神17

2014-09-26 06:35:51 | 
「例えば ー 男" は "女" より性の衝動が頻繁で、且つ波の高まりも速い。しかしこれは我々 "形" の範囲内の出来事であるから良い。

またその行為じたいも度を過ぎず、また上手に行なわば、我々にとっても、また"心" にとっても、本来有益に働くモノである。
それも良い。」

"心" が頷く。

「だがしかし、始末に困るのが事が終わりし後。
"女" はそれほどでもないが、"男" は言い知れぬ堕落感に襲われる。
"堕落" というのは誤解を招く可能性が強いが、他に良い表現も見当たらないので、そう言うしかない。



もちろんこれは子孫を残すという本質とは別の話である。
動物と異なり、人間の性の行為は純粋に生殖の為だけとは限らないから、ごく日常的なその、余録の部分で起こる問題である。」

「それよ。その問題はー 。」

どうやら我々 "心""身" の範囲外で起こっている…。
心が言った ー 。

「それはー 。」

酒盛りの輪の少し外側から声がした。
突如、そういう表現がこれほどピッタリくるのもそうはあるまい、そういうタイミングでの突たる声だった。




「それは偏に "順逆" の問題に過ぎませんな。」

「?」

「貴公は誰か?」

「これは失礼仕りました。我が名は "直感" 。我が愚弟が姿が見えぬによって探しておりました。斯様な所でご一統にご迷惑をお掛けしてるとは恐縮次第にて御座候。

早々に退散仕りまする。何とぞよしなに…。」

「…。」

皆呆気にとられている。
直感の動き、身ごなしはそれほどに素早い。




「お待ち有れ!何もそう急がれる事もあるまい。まずは一献。」

かろうじて "影" が声をかけた…。