鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

冷えてきました、

2013-10-04 16:32:12 | お知らせ

 寒くなってきました。 寒さの苦手な私にとって、住みにくい時期を迎えます。 気分も滅入ってきます。 服を着ればいい、あったかい下着をきればいいと言われるかもしれませんが、そういうことではないんだなあ、これが。 着込まなくてはならないこと自体が嫌なのですから。

 まあ、これから食欲の秋を迎えますし、何と言っても果物は美味しくなります。 そのことは大歓迎なのですが、寒くなる、冷え込むようになるのが耐え難い、耐えなければならないのですが耐え難いと愚痴ばかりこぼすような歳になり時期になってきました。

 そういうわけで笑われるかもしれませんが、今朝お茶の間を冬支度にしました。 そうです、こたつの周りをすっかり冬装備にしました。 スイッチさえ入れれば電気コタツになります。 

 掘りごたつですので、体は楽です。

  

 こたつの周りには二重に厚めのカーペットを敷きました。 これだけでも気分的にはかなり暖かくなったような気がします。 

 さらにこたつの上にも厚手の毛布?を掛けましたので、昼寝も暖かくしてできるようになりました。

        

 

 雲の写真は午前11時頃のものです。 最初が東側の市街地方面

 

 次が東南東方面の様子

 

 最後は西側の空です。

 

 

 そして最後はかくも痩せてしまった広瀬川です。 まるであばら骨が露出しているかのようです。

 

 イギリス海岸もこんな様子です。

 

 上流の分流も心もとない流れとなっています。

 

 その昔もむかし、私が子どもの頃は写真の護岸ブロックというかテトラブロックが見える高さが平水でした。 ブロックの表面が隠れたり隠れなかったりの状態が普通でしたね。 水位がはるかに高かった。 水量がたくさんあったことはあったと思いますが、全体に川底が高かったわけです。

 ブロックの中には当然大小の石が入っていて、そこに魚がいました。 10円で買った長い竹の柄が付いた小さい網で、大きなナマズを掬ったりもしました。 そのことは法的に”老人”となった今も覚えています。

 それから50年以上の広瀬川の流れ、その間何度も大増水したりもしましたし、むかしは川の中に目印となる大きな岩や石があったものです。 いつしかそれらもなくなり、深いトロ場等もなくなり、全体に平坦な流れになってしまいました。

 生きている限りは広瀬川に執着していきたい、それが子どもの頃にお世話になった、その後は鮎釣り等で楽しませていただいている広瀬川に対する敬意であり、感謝のしるしでもあると勝手に思っています。

コメント (4)
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